97.ストーカー





 私は彼女のストーカーだ。

 行動は全て把握したいし、交友関係も管理したい。


 同じ性別であるからか、私に全く疑いの目を向けていない彼女を守りたいと思っている。



 今は友達という関係ではあるが、そこから更に特別なものにするのが目標だ。





「海、何見ているの?」


「玲。何も、ただぼーっとしてただけ。」


 私の首に腕を回して抱き着いてきた、玲の腕を抱きしめ返す。

 そうすれば後ろでくすくすと笑う声が聞こえてきた。


「ぼーっとしてたって、海はいつもそうだね。何だか猫みたい。」


「そう?それを言うなら玲の方が猫だよ。」


 私は振り返ると笑う。

 そうすれば玲は、さらに目を細めた。


「海はろくな事、考えてなさそう。」


「酷い。」


 くすくすと笑いあいながら、私達はその空間を楽しんでいた。


 この時間が続けば良い。

 そう願いながら。





 しかし、それは突然崩れ去る。


「え。転勤?」


「うん。本社に、だからここから随分遠い。」


 いつもと変わらない日のはずだった。

 部屋で寛いで他愛の無い話をする。

 静かで、穏やかな空間。


 それを壊したのは、玲の一言。

 私は食べていたお菓子を、ぽとりと落とした。


 床に落ちてしまったのを、いつもだったらすぐに拾うはずの玲も真剣な顔で私を見ているだけ。



「い、いつなの?」


「来月。だからもう引越しの準備を始めなきゃいけない。」



 突然すぎて、脳の処理が追い付いてくれない。

 私の頭の中は、ぐるぐると色々な考えが巡って固まってしまう。



「だからね、海。こうやっている事も、今月までなんだ。」


「嘘……。」



 その言葉と共に、私の体から力が抜けた。

 後ろにある壁に寄りかからないと、ちゃんとした姿勢を保っていられないほどだった。


 そんなおかしい私の状態を見ても、玲は心配してくれない。

 その事が、私との距離を示しているみたいで。

 何だか泣きそうだった。



「ごめんね。本当にごめん。」


「いや、いやよ。玲、嘘でしょう?離れるなんて嫌よ。」



 ただただ床を見つめていると、玲が立ち上がる音がする。

 それを聞いても私は動けなかった。


 動く気力が出て来ない。


 そして玄関の扉が開き、そして閉まった。

 私はその瞬間、顔を抑えて涙を流す。



 信じられなかった。

 玲とはこのままの関係が、ずっと続いていくものだと信じていた。

 それなのに玲の方は違ったらしい。



 事実を突きつけられて、私はどうしようもないぐらいの虚無感に襲われていた。

 そのまましばらくの間うずくまり涙を流すと、ゆっくりと顔を上げる。


 私は、もう泣く事は無いだろう。





 決意を固めた後の、私の行動は早かった。

 身辺整理をして、色々な準備をした。


 頭の中は1つの事しか考えていない。



 きっと私は、もう狂っていた。

 それを自覚しながらも、止まれない。



 こんなにも狂わせた、玲が悪いのだ。

 そう思う事にしていた。



「だから、ごめんね。ごめんね。玲、玲、玲、玲。ごめんねえ。」



 そしてついに私は、目的通りに玲を手にかけた。

 私の腕の中で、段々と冷たくなっていく玲。


 その体を抱きしめながら、ポロポロと涙がこぼれていく。



「好き、好きなの。好きだったの。玲、玲が私から離れるなんて、そんなの。そんなの、耐えきれない。」



 誰に聞かせているというわけではない、勝手に出てくる謝罪の言葉。

 それを何度も何度も繰り返しながら、私の意識は段々と途切れていった。


 目が覚めたら、私も一緒に。













 部屋の中で意識を失っている海と、亡くなっている玲さんを1番に発見できたのは偶然だった。

 しかし私はそれを一生の運を使い果たしたぐらい、幸運な事だと思っている。


 前から2人の状況を知っていたから、何が起こったのかすぐに分かった。



 そして私がやる事は1つしかなかった。


 玲さんをどこかに隠し、そして海を救う。



 海が悪いんじゃない。

 純粋な彼女は、玲さんに騙されて捨てられそうになっていた。

 だからこうなってしまったのは、仕方のない事だった。



「大丈夫よ。海。あなたの事は、私が一生面倒を見てあげるから。



 涙のあとが残るその頬に手を当てて、私は軽くキスをした。



 これで彼女と特別な関係になれるはず。

 私の気分は高揚していた。





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