96.お返し





 バレンタインデーのお返し。

 僕はそれを何にしようか、とても迷っていた。



 1ヶ月前、彼女が僕にくれたとっておきの物。

 その感動を、返せる事は出来るのだろうか。


 ずっと考えていた。





 そして、とうとう今日はホワイトデーだ。

 少し浮足立った学校に、僕は少し憂鬱な気分だった。


 まだ、決まっていないのだ。

 色々と候補は出していたのだが、どれもしっくりと来ない。



「あーあ。どうしようかな?」



 何もしないというのは、絶対に嫌だ。

 今日が終わるまでに、やる事を決めなくては。



「楽しみにしててね。和佳さん。」



 小さな声で僕は決心した。






 こういう時に限って、時間が経つのは早い。

 あっという間に放課後になってしまった。


 しかし僕もただぼんやりしていたわけではない。



「和佳さん。どこかな?」



 お返しは見つけた。

 あとは、和佳さんにそれを渡すだけ。


 僕はクラスの違う彼女を探しに、教室を出た。

 辺りを見回せば、間違えるはずの無い後姿があった。



「わ、わ、和佳さん!!」



 少し距離があったので、走りつつ大声で名前を呼ぶ。

 そうすれば彼女は振り返り、目を見開いた。


 その間に、彼女の前へと着く。



「えっと。何、かな?」


「はあっ、はあっ、あの、ちょっと良いかな?」



 肩で息をしながら、僕は和佳さんに笑いかけた。

 そうすれば緊張した表情になった彼女は、軽くうなずく。



「じゃあ屋上に、行こうか。」



 僕は腕を手に取り、引っ張った。






「そ、それで。こんな所に呼び出して、どうしたの?」


 放課後だからか、屋上には誰もいない。

 僕は掴んでいた腕を放すと、彼女に向き合った。



「あの。この前の、1ヶ月前の。」



 興奮からか、顔が赤くなってしまう。

 そんな僕を見つめながら、彼女は恐る恐る口を開いた。



「えっと。えっと。あの。」



 焦っている。

 きっと思い出しているのだ。あの時の事を。


 僕は彼女と距離を縮める。



「本当驚いたんだよ。まさか君があんな事をしてくれるなんて。」



 うつむいている顔を覗き込めば、顔があからさまに引きつった。



「私、私、あの。本当、ごめん。」


「謝ってほしいわけじゃないんだよ。別に。ただ、僕はお返しがしたいだけ。」


「ごめんなさい。ごめんなさい。」



 もう謝る事しかしなくなった和佳さん。







「別にいいって言っているでしょ。さあ、受け取ってよ。」



 僕は後ろ手に持っていた、お返しを振り上げ彼女に振り下ろした。

 確かな手ごたえと共に、彼女の体が倒れこむ。



 そして動かなくなったのを確認すると、僕はその場から離れた。

 きっとすぐに、バレるのは分かっている。



 しかしどうしても耐えきれなかった。



「お返し、受け取ってもらえて良かった。……良かったんだよね、これで。」



 階段をおりながら、僕は静かに涙を流した。





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