95.グループ




 会社の飲み会。

 普通だったら上司に気を遣い、あまり楽しめない事が多いが。


 俺の会社は一味違っていた。




「じゃあ今日のグループ分けは、干支で行こうかー。」


 幹事の声と共に、みんなが一斉に動き出す。

 部署の違う人だと、話のきっかけが掴めない。


 そんな悩みを解消する為に、共通点のある人達のグループを作って飲む、というやり方が始まった。



 まだ試している最中なので上手くいかないときもあるが、大体みんな楽しんで飲んでいる。

 そして毎回、グループ分けを決めるのは幹事の仕事だ。

 その采配は、後々の仕事に影響する事もあるらしい。


 幹事に選ばれた人の中には、仕事よりも気を入れて情報収集を頑張る人もいる。



 年に数回のペースで開催される飲み会は、みんなの楽しみになっていた。





 今日はとある大きなプロジェクトが成功したという事で、大盛り上がりだった。


「なあ、今日ってどういうグループ分けなんだろうな?幹事の桶舎の奴が、中々教えてくれないんだよ。」


 隣に座る同期の小相澤が、耳元で囁く。

 俺はビールを一口飲み、大きく息を吐いた。


「はーっ。知らないよ。今回は、桶舎が後で発表するって言ってたんだろう?それなら待ってろよ。」


「えー。気になるじゃん!」


 肩を組んで絡んでくる小相澤は、すでに酔っぱらっているのか顔が赤い。

 彼と一緒のグループにされたという事は、何か共通点があるのか。


 あまり嬉しくはないな。


 俺はビールをあおるように飲む。

 元々、あまり話すのは得意ではない。


 だから共通の話題が見つからない今、ただ酒を飲む事しか出来ない。



 それに何といっても、なぜか俺のいるグループは小相澤とあともう1人しかいないのも嫌だった。


 俺はちらりとそちらを見る。


「……。」


 ボーっとしながら、酒を飲んでいるそいつ。

 長い黒髪には艶が無く、顔は生気が見当たらない。


 大友麻莉恵。

 俺の2個下の後輩であるが、彼女は社内中から嫌われていた。


 暗い、気持ち悪い、何を考えているか分からない。


 そう言って、避けられているのに全く動じていない。

 しかし何故か、俺にはたまに話しかけてくるのだ。

 それは他愛の無い会話だったが、とても苦痛だった。



 だから避けていたのに、まさかこんな所で一緒になってしまうとは。

 見ないようにしていたが、そろそろ限界だ。


 飲み会という場なのだから、少しは歩み寄る努力をしてもいいか。

 酒も程よく入ったし、やってみよう。



「ねえねえ。大友さん、同じグループになったのは初めてだよね。よろしく。」


「……はい。」



 返事がそっけなさ過ぎて、俺は続く言葉が見当たらなくなり会話が終わった。

 またビールに口を付ける。


 苦みをいつもより強く感じた。



「なーにしてんだよ、お前!ナンパかー?それよりもまず共通点を見つけようぜー!」



 そんな事をしていたら、どこかに行っていた小相澤がまた絡んでくる。

 今回は、少し救われた。

 俺は小さく息を吐くと、彼に目を向ける。



「……私、分かって、ますよ……。」



 そんな時に、話が終わっていたと思っていた大友さんが途切れ途切れに言ってきた。



「え?何々?教えて教えて!」



 それに乗ったのは小相澤だった。

 彼も随分と酒を飲んでいるようで、普段だったら絶対に話しかけないのに興味津々に大友さんに近づく。


 俺も興味はあるので、近づきはしないが耳を澄ませる。



「そう、ですね。すぐに教えるのはつまらないですし、私の話を聞いてくれませんか。」


「良いよ良いよ!でも終わったら教えてね。」



 大友さんは少しの間の後、ぽつりぽつりと話し始めた。



「ある人には、どうしても嫌いな人がいました。昔、酷い事をされてからはずっと憎しみを持ち続けていた。」


「へー。大変だねー。」



 突然、重い話が始まる。

 しかし小相澤は楽しそうに相槌を打つ。



「それでも忘れようとして、新しい土地に移ったその人は、一応普通の暮らしを送っていました。」


「おー、良かった良かった。」


「しかしある時、憎んでいた人とふとした拍子で出会ってしまう。そして、憎しみは大きくなった。」


「あらま。」



 何だか小相澤のせいで、話にうまく入り込めない。



「大きくなった憎しみ。募って募って募って募って、そしてとうとう。」



 そこで話は止まった。

 小相澤も真面目な顔になっている。


 僕もいつの間にか、そちらに視線を向けていた。


 大友さんの顔は、いつもと変わらず無表情。



「とうとう?」


「……あれ、思っていたよりも時間が経っていたみたいですね。桶舎さんが言ってくれますよ。」



 続きは聞けなかった。

 その前に、今回の幹事の桶舎が立ち上がり場が盛り上がったからだ。



「あー。えーっとみなさん、楽しんでますか?今回は何のグループ分けか教えないという、前代未聞の試みだったんですけど。ここで今日は何のグループか発表しようと思います。」



 気になりながらも、桶舎の方に俺達は注目する。

 大友さんはとても楽しそうな顔をしていた。


 それをちらりと見てしまって、背筋がぞっとする。



「えーっと、今回のグループ分けは『同じものを背負っている人』です!それは守るべき家族だったり、それぞれ違います!これからの時間は、それを探って下さい!」



 そして俺達は顔を見合わせた。

 言葉は出なかった。


 それでも何を考えているかは分かる。



「おーい。俺も入れてくれ。」



 そんな静かな場の中に、1人割り込んできた。



「お、桶舎。」



 幹事で動き回っていた桶舎は、飲み物を片手に俺達のいるテーブルに座る。

 そして笑う。



「俺もここのグループなんだ。よろしくな。」



 俺達は喜んで、彼を招き入れた。





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