100.百物語




『そしてそれが、私達の存在を確固たるものにするのだ。』





 キーボードで最後の1文を打ち込み終えると、私は軽く伸びをした。


「うわー。やっと終わった。」


 長時間パソコンの画面を見たせいで、目がしょぼしょぼとしている。

 私は常備している目薬を取り出してさした。その瞬間、潤い生き返ったような気分になった。


「そうとは言っても、あと1話書かなきゃいけないけどね。」


 私1人しかいない部屋で、寂しく笑う。





 今、百物語の99話まで書き終えているなんて、少し前の自分だったら絶対に信じない。

 飽き性で、熱しやすく冷めやすい。

 そんな性格の私がここまで書けたのは、本当に珍しい。


 読んで感想をくれる人がいるのが、こんなにも心強いとは思わなかった。

 その期待に応えられるものが書けているかは不安だが、まあこれが今の私の精一杯だというわけで。



 それはそれでしょうがない。

 しかし問題は、他にあるのだ。



「ひゃ、100話目って何書こう。」



 何の準備も計画も立てずに、勢いのまま書いていたツケは最後に回ってきた。

 私はここ数日ほど、ずっと悩んでいる。



 まず何を書けばいいのか。

 それすらもまともに決まっていない今の状況。


 リアルの知り合いに、小説を書いている事を教えていないのがあだになった。

 誰にも相談できず、自分一人でどうにかするしかない。


 今の所、何も浮かんでいないピンチである。



「100話書いたら良くない事が起こるっていって、99話で止める?いやいや、それは駄目だ。そうかといって、いつも通りの話っていうのも味気ない気がするし。」



 暇さえあれば、ブツブツと呟きながら考えている。

 その様子に一緒に住んでいる母は、心配そうな目で見てくる。


 決して頭がおかしくなったわけではないと、説明するのは骨が折れた。




 それからまた数日が経ったが、一向にアイデアは出て来ない。

 早くしないと、毎日更新がストップしてしまう。


 私はとてつもなく焦っていた。


「何か面白い事、起きろ。夢でもいい。どんな事でも今なら膨らませに膨らませて1話書ける。」


 最近では血走った目で、周りを見るようになった。

 職場の人にも、怖い顔をしていると言われるのだから相当だ。



「もう山田とか、蓮杖ちゃんとか私の元へ会いに来てくれないかな。もう何でも良いよ。愛の重いストーカーの方々でもどんと来いだ。」



 少し頭のねじが取れたのか、どんどんおかしくなっている。

 それでも100話目を書くという事を、諦めるという選択肢は無かった。


 ここまで来たら完結させなくては。


 その気持ちだけで動いていると言っても、過言ではない。

 だからこそこんな状態になりながら、私はネタを探しているのだ。





 そしてついに、見つけた。

 100話目にふさわしい、とても良いネタを。


 もうそれの事しか考えられなくなり、私は寝る間も惜しんでパソコンに向かった。

 さすがに仕事を休むまではいかないが、帰ってきたらまずはパソコンを起動させる日々。


 そうしていれば、さすがに終わりは来る。



「おわ、終わった。書けた。書けちゃったよ。」



 最後まで書き終えた話を前にして、私は不覚にも泣きそうになっていた。


 完結。

 その言葉は今の私にとって、とても重い。


 どんなに下手なものでも、終わらせるのは大変だ。

 しかも行き当たりばったりな私にとっては、余計だった。


 しかし、終わらせられた。



 私はデータが消えない様に保存を何度もすると、震える手を抑えて更新ボタンをクリックする。

 そしてパソコンの電源をおとした。



 これで大丈夫。

 本当に終わったのだ。

 椅子に深く腰を掛けて、私は大きく息を吐いた。






 もう思い残す事は無い。


 私は小さな声で呟く。



「これで百物語は完成した、か。さて何が起きるのやら。」



 昔から100話目を話した後、何かが起きると言われている。

 一体、私には何が起こるのか。


 緊張しながら辺りを見回す。

 しかしこれと言って、変わった事は無い。

 何かが出てきているわけでもないし、変な音も声もしない。



「ま、現実はそんなものだよね。何かが起きる方がおかしいか。」



 私は安堵して、更に深く腰掛ける。


 何も起こらなかったとしても、百物語の怖さを読んでいる人に届けられただけで、良い収穫だったか。




 そう考えていると、寝不足の体が急に訴えだす。

 特にもう何も無いので、私はもう寝る事にする。



 そしてふらふらと歩きながら、寝室へと向かった。























 誰もいなくなった部屋。

 電源を落としたはずのパソコンの画面が光る。


 そしてカーソルとキーボードが勝手に動き出し、とある画面を映し出した。

 それは小説に対する、感想が見れるページだった。


 リロードボタンが1回押される。

 ちょうど新しい感想が投稿されたようだ。





『おめでとうございます!完結しましたね!

 前から気になって読んでいました。

 はやいですね。もう終わりなんですか……。

 この小説に出会えてよかったです!

 ろくな感想も書けず本当にすみません。

 すばらしい作品に感謝感謝です!

 見る事が出来て幸せでした。

 たのしくて、終わらないでほしかったです。

 人生で1番好きな作品になりました。

 もう、今まで本当にお疲れ様です。

 なんだか寂しいですが、頑張ってください。』




 もう一度、リロードボタンが押される。

 それは、消えてしまった。







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百の物語 瀬川 @segawa08

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