90.カウンセラー





 学校でのいじめが原因で、私は心に大きな傷を負った。

 そのせいで今は外に出る事も怖くなっている。


 しかし親の強い勧めで、月に2回カウンセラーと会いにいかなければならなかった。





「こんにちは。今日もよろしくね。」


「はい。」


 私の少し前に座って、微笑む男性。

 名前は楠木先生。

 それ以外の情報を、私は興味がないから知らない。



 この人の事がどうも苦手だった。




 見た目も態度も好青年、という感じである。

 そのため、親からの評判もとても良い。


 しかし私はその好青年というものが、どこか信じきれない。

 だからいつも当たり障りなく、私はその時間をやり過ごしていた。



「まだ学校に行くのは怖いかい?」


「そう、ですね。家を出るのは、嫌いです。」



 毎回、似たような質問。

 それに対して、よくありそうな答えを返す。


 30分という時間、それを繰り返すのだ。

 神経を使うので終わった後は、疲れてしまう。





「はい、じゃあ今日はこれでおしまい。次は2週間後だね。」


「ありがとうございました。」



 今日もやっと終わった。

 私は小さく息を吐くと、席を立つ。


 楠木先生は笑みを浮かべながら、私の元へと近づいてきた。



「そうそう。最近聞いたんだけど、君の学校の近くで事件が起こったらしいね。」


「え。」



 何だろうと構えていたら、言われた話題に頭の中が?マークで埋め尽くされる。

 学校に行っていない私に、話す内容なのだろうか。


 どういう答えを返せばいいか分からず、私はとりあえず聞く体制に入った。



「何でもある女の子が行方不明だとか。いや、家出なのかな。」


「あやふやな情報ですね。」



 話としては、あまりにも雑すぎる。

 一体、何のつもりでこの話をしようと思ったのか。



「つまらない話でごめんね。でも、こういった事をきっかけに学校に興味を持ってくれたら良いなと思って。」


「そうですか。」



 いつも変な人だと思っているが、今日は特に嫌な感じだ。

 私はさっさと話しを終わらせようと、適当な返事をする。


 そうすれば察したのか、楠木先生は肩をすくめて苦笑した。



「まあ、記憶の片隅にでもおいてくれれば。じゃあ、また今度。」


「さようなら。」



 今日はよく絡んでくるな。

 そんな感想を抱きながらも、私は特に何も言わなかった。

 そして一度軽く礼をすると、部屋をあとにする。






 何で私は学校に行けなくなってしまったのか。

 この頃、よく考えるようになった。


 いじめが原因だとずっと思っていたけど、果たして本当にそうだったろうか。



 誰に、何で、どうやって。

 全く思い出せない。


 それでも恐ろしい事が起こって、外に出られなくなったのは確かだ。




 親は知らない。

 私にとって、本当に恐ろしいと思った事。

 一体何だったのだろう?





「それがいくら考えても思い出せないんです。」


「恐ろしい事、ね。」



 相談できる相手というのが、私にとって限られているために仕方なく楠木先生に話をしている。


 聞き終えた先生は、腕を組んで深く考え込んだ。



「僕も君のご両親から、いじめが原因だと聞いているからね。でも君がそう言うんなら、それで間違いは無いのかな。」


「思い出せない限り、私は一生外に出られないかも。」



 私は自身の体を抱きしめて、震えを抑える。



「それは大変だ。じゃあ僕の知っているやり方で、思い出させてあげようか?」


「お願い、します。」



 楠木先生は冗談で言ったのかもしれない。

 しかし私は即答した。



「じゃあリラックスして……椅子に深く寄りかかってごらん。」


「はい。」



 そこから先生はまたたく間に、場のセッティングをした。

 私がただ見ているだけだったのにも関わらず、5分ぐらいで始められるようになる。



 今、先生の言う通りにリラックスした状態を心がけた。

 そうすれば先生の声が、まるで子守歌のように私の耳に優しく滑り込んでくる。



「君は僕の言う通りに、昔へと旅立てる。君は最後に学校に行った日にいる。そこで何を見て、何をしたか説明して。」


「あ。えっと、私は……」



 先生の言葉通り、今の私はあの日にいる。

 そして見たまま、したままを口に出した。



「クラスメイトの1人が一緒に帰ろうって、帰っている。そこで近道だから公園の中に入った。進んで、進んで、明日の授業の話をして。」


「それで?」



 順調に思い出していたはずなのに、そこで靄がかかったように何も見えなくなった。

 私は不安になり、先生に助けを求める。



「わからない。いない。みえない。」


「思い出して、そこで君は何をして、何があったんだ。」



 先生の声も切羽詰まっている。

 私の肩を掴み、揺さぶりながら続きを促してきた。


 必死に思い出そうと頭を抱えていると、突然映像が目の前に飛び込んできた。




 公園の砂場に立つ私。

 その足元には、


「あ。ああ。わたし、わたしわたし、ころした?あのこのくびをしめて、それですなばにうめた。あ、ああ、ああああああああああ!!」



 耐えきれなくなった私は頭をかきむしる。

 それに慌てた先生が近づいてきて、首元に何か鋭いものを刺した。



 その瞬間、私の意識は途絶える。



















 モニターで様子を眺めていた白衣を着た人々は、顔を見合わせて笑った。



「実験は成功ですな。」


「はい。完璧です。長い時間、暗示をかけていれば記憶を作り出すことは出来る。あのマウスは予測通りに、自分が人を殺したと思っている。」



「これで次の段階に、やっと進められるな。……おい、あれは処分しておけよ。」


「はい。」



 1人が傍らにいた人に命令すると、モニターの画面が消される。



 そして後は興味を失われ、みんな他の事に集中し始めた。





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