85.ひなまつり




 毎年、飾られるおひな様が私は大好きだ。

 現実がどうかは分からないが、小さい頃に遊んでもらった思い出もある。


 一年に一度だけ会える、秘密の友達だった。





 今年ももうすぐひな祭りの季節だ。

 私は楽しみで、そわそわと落ち着きがなくなってくる。


「本当、あんたは好きねえ。でも出すのは今度の日曜日だし、あんたも手伝いなさいよ。」


 母は呆れた顔をしているが、気にせず私は適当に返事をする。

 嫌味など気にならないぐらいに、私は浮かれていた。


 最近は遊ぶ事も話す事もないが、暇な時に見つめているだけで幸せな気持ちになる。



 何故だかは分からないが、ひな祭りの日の夜に片付けられてしまうので少しの間しか見れないのが不満だ。

 前に一回、もっと置いておいてほしいと頼んでも、すぐに駄目だと怒られてしまった。


「あと少し寝たらー、出してもらえるー!!」


 嬉しさを隠し切れず、私は部屋を転がる。

 そんな私を冷たい目で母が見てきたが、全く構わなかった。





 ひな祭り当日。

 ごちそうもひなあられも目にくれず、私はずっとおひな様を眺めていた。


「ひいちゃん。そんなにおひな様を見つめていたら、恥ずかしがっちゃいますよ。」


「そうよ。せっかくおばちゃんが来ているんだから、こっちで一緒にご飯食べなさい。」


 おひな様の前から離れようとしない私に、みんなが話しかけてくる。

 しかし私はそれでも離れようとは思えなかった。


 ずっとずっと見ていたい。




「いいかげんにしなさい!」


 ずっとそうしていたら、母が無理やり私の体を掴み引きはがした。

 その瞬間、何だかぼんやりとした意識が覚醒する。


「ごめん、なさい。ご飯食べるよ。」


 私は頭を振って、母に笑いかけた。

 2人共、少し変な顔をしてこちらを見てくる。


 母は祖母にそっと耳打ちをした。

 あまりにも声が小さすぎて、何を話していたかは分からなかった。

 それでもきっと私の事を話しているんだろうなと、そんな感じがした。





 それから私を置いて、2人はバタバタと何かをし始める。

 特に何も言われないので、私はずっとその間おひな様を見つめていた。

 笑いかけられた気がしたから、笑い返す。


 それを続けていると、いつの間にか誰もいなくなっていた。


「お母さん?おばあちゃん?」


 辺りを見回し、呼びかけるが返事は無い。

 しかし怖いという感じはしない。


 きっと隣に安心できる存在がいるからだ。



「みんないなくなっちゃったね。何しようか?」


 私は声をかける。

 聞こえてはこなかったが、返事をされた気がする。


「そうだね。お話しするだけでいいかあ。」


 棚にもたれかかりながら笑う。

 そうして目をつむれば、小さな笑い声がたくさん私を包み込む。

 それが心地良くて、身をゆだねた。





 随分、長い間寝てしまっていたようだ。

 起きると辺りが暗くなっていた。


 明かりも点いていない部屋を見回す。

 まだ帰ってきていないのか。



 静かな部屋で私は大きなあくびをする。


「ねむい。」


 目をこすってまどろむが、覚醒した。




 おひな様がどこにも無い。

 私はすぐにそれに気が付かなった事に驚きながら、立ち上がる。


 そして探し回ろうとした時、玄関から帰宅を告げる声がした。


「ただいま。ひい?」


 母の声。

 私は探すのを一旦諦めて、玄関に向かった。


「お、お帰りなさい。あのねおひな様が無いの。」


 出迎えてすぐに、知っていそうな2人に聞くと顔を見合わせてため息をつかれる。


「ひい。いい加減にしなさい。おひな様は片付けたわ。もう絶対に出しません。」


「え?何言って……。」


 母が心底うんざりとした顔をして、私に言い放つ。

 それを聞いて私の頭の中は真っ白になった。







「だから、私は包丁を持ち出して、2人を刺しました。」


 真っ白な部屋。

 向かい合って座っている私は、ぼんやりと話す。


 目の前の人達は、ただ黙々と用紙に何かを書き込んでいる。


「何で?そりゃあ私の大事にしているおひな様を隠したから。私が大事にしているって知っていたはずなのに。酷い。……だから何度も何度も何度も刺した。」


 この話をするのは初めてではないので、まるでセリフみたいにすらすらとよどみなく出てくる。

 それでも特にこれといった反応は返されない。


「それで動かなくなったから。私は一応救急車を呼んだ。そして大人がいっぱい来て、それで後はよく覚えていない。気が付いたらここにいた。」


 これで私の言う事は終わり。

 目の前の人達に視線を向ける。


 さらさらと何かを書いていた手をぴたりと止めると、顔を上げた。

 たくさんの視線が私に突き刺さる。


 これもいつもの事なので、私はそれを受け止めながら笑った。



「それにしてもこういうのって、ふつうはそんなに人がいないと思っていた。あなた達、数えてみたら15人もいるのね。そんなに私危ないと思われているのかしら。本当、おかしい。」



 私の笑う声は、真っ白で静かな部屋にむなしく響いた。




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