68.先輩
私の学校にはみんなに有名な先輩がいる。
容姿が良いわけでも、勉強や運動が凄いわけでもない。
ただただ、性格が良いだけなのだ。
先輩の事を知らない人に言うと、それだけ?と変な顔をするが、彼は度合いが違う。
いっそおかしいぐらいだ。
例を挙げるとしたら、この前こんな事があった。
ある1人の子が財布を忘れてしまい、購買でパンが買えずに困り果てていた。
その時ちょうどそこに通りかかった先輩は、その子に対してお金を貸してあげたらしい。
しかもどんなパンをどれだけ買うか分からないから、自分の持っている全てのお金を。
その子が何年生の誰かも分からないのに、ただ困っていたというだけで快く貸す。
あとは自転車のカギをなくして困っていた人の為に、土砂降りの中傘もささずにずっと探して、その結果風邪を引いてしばらくの間休んでいた。
いくら何でも人が良すぎる。
だからこそ先輩の事は、大げさではなく全校生徒が知っていた。
そんな先輩と、ある日話す機会が訪れる。
私は同じ美化委員会に所属していて、校庭の掃除当番で一緒になったのだ。
最初はぎこちない挨拶しか出来なかったのだが、時間が経つにつれて和やかに話をしていた。
「先輩がこんなにノリのいい人だとは思っていませんでした。」
「そうかな。いつもこんな感じだよ。」
少し砕けた話し方をしても、先輩は全く気にした様子もなく笑っている。
それを見て、私は前々から思っていた少し失礼かもしれない質問をしようと思った。
「あの。先輩って、どうしてそんなに優しいんですか?」
みんなが気になっていても、聞けなかった質問。
とても良い機会だから、聞いてみたのだが先輩が急に黙ってしまい後悔してしまう。
「す、すみません。変な質問をしてっ。」
慌てて謝ると、先輩は少し考え込んでそして口を開いた。
「優しい、か。確かに君の言う通り、僕はどんな人にでも惜しみなく手を貸している。」
「でもね、それは100%の善意じゃない。ちゃんと打算的な考えもあって、そうしているんだ。」
「打算的な考えって?」
私は先輩の言葉を遮って聞く。
先輩は特に気分を害した様子もなく笑った。
「そうだね。僕は昔からずっと思っている事があってね。僕は人の記憶に残る人になりたいんだ。」
先輩は生えている雑草を引っこ抜く。
さすがに何年もやっているだけあって馴れている動きに、私もそれにならって雑草抜きを始めた。
「人の記憶に残るって大変だよね。インパクトが必要で、一回だけじゃあ覚えてもらえない。それで僕は考えた。どうしたらいいのか?その結果が今の僕さ。」
あらかた綺麗に抜き終えると、先輩は立ち上がりのびをする。
その姿が何だか大きく見えた。
「先輩、頑張ってください。」
何と言えば良いか正解か分からなくて、私は月並みな言葉しかかけられなかった。
「うん。ありがとう。」
それでも先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
先輩は翌年の3月に卒業した。
彼の周りにはたくさんの人が集まって、別れを惜しんだ。
それは先輩の願い通りになった証だと、私は遠くから見てその時は思った。
しかしそれから何ヶ月もの月日が経つと、先輩の話がされる事は無くなる。
そして今はもう、誰も先輩の事を覚えていない。
私は時々彼の事を思いだすが、いつも何とも言えない気分になってしまう。
きっとその内、私も忘れてしまうのだろう。
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