67.差し入れ




 私の職場では繁忙期に残業をする時は、必ず誰かが差し入れをしに来てくれる。

 大体が上司なのだが、たまに同僚や部下も持って来る。


 今日は後者のパターンだったようで。


「みなさーん。お疲れ様でーす!」


「おお、瑞希ちゃん。ありがとう!」


 有名なケーキ屋の箱を片手に、後輩の瑞希ちゃんがねぎらいに来てくれた。

 残っていた私達は、疲れと空腹から彼女が天使に見える。


「ありがたやーありがたやー。ところでその箱には何が入っているのかな?」


 拝みながらも中身が気になる。

 匂いを嗅いでみるが、分かるわけもなく。

 そわそわと箱を見てしまう。


「えーっと。皆さんの好みがあると思ったので、無難にシュークリームです!」


 可愛らしく笑う姿に、拝むのを止められない。


「やったあ!ありがとう!」


 シュークリームとの情報に、場が一気ににぎやかになる。

 みんなが瑞希ちゃんの周りにわらわらと集まり始めた。


「1人1個ですからねー。ちゃんと守ってくださいよ!」


 瑞希ちゃんは注意をしつつ、箱を開ける。

 中にはぎっしりと、シュークリームが綺麗に並んで入っていた。


「美味しそう!」


「私、ここの店気になっていたんだよね!」


 それぞれ色んな所から手をのばし、シュークリームを手に取る。


「いただきまーす。」


「どうぞどうぞ。」


 一口食べると、みんなの顔がほころんだ。


「美味しい!」


「良かったです。」


 その様子に瑞希ちゃんは本当に嬉しそうに笑う。





 大きめのシュークリームだったが、すぐに食べ終わってしまった。

 私もそうだが、みんな名残惜し気にケーキの箱を見る。


「本当に美味しかった。瑞希ちゃん、ありがとう。」


「いえいえ。良いんですよ。」


 これで残りの仕事も頑張れる。

 先程よりも元気になりながら、それぞれ席に戻っていく。


 しかし私は気になる事があって、その場にとどまった。


「どうしたんですか?先輩?」


 片付けをしていた瑞希ちゃんは、首を傾げて見てくる。

 私は少し言うのを迷って、結局口を開いた。



「あ、あのさ。今まで瑞希ちゃんずっと休んでいたけど、今日来て大丈夫なの?だって、」



「仕事を辞めさせられたのに、ですか?」



 彼女がこの場に来た時から、ずっと言いたかった。

 それでも周りの目を気にして、言わないでいた。



 瑞希ちゃんはくすくすと笑う。

 可愛らしいと思っていたが、何だか怖くなってくる。



「そ、そうだけど。」



「ねえ、先輩。シュークリーム美味しかったですか?持ってくるの苦労したんですよ。……でも皆さんに食べていただきたかっらから、頑張ったんです。ふふふ。」




 彼女は一部の女子にいじめられて、職場に来なくなった。

 そして、今日いるメンバーはそれをやっていた人達。


 理解した途端、段々と視界がぼやけてくる。

 きっと何かが、あのシュークリームに入っていたのだ。



 後ろでバタバタと倒れる音。

 苦しみを訴える声。

 それを聞きながら、私の体も傾く。


 意識が途切れる前に見えた顔は、とても醜く歪んでいた。





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