69.チョコ




 下駄箱を開けて、ぽとりと落ちてきたそれが何なのか最初は分からなかった。



 可愛らしく包装されているからチョコレートだとすぐに気づいたが、それにしては1日渡すのが遅い。



 もしかして昨日、タイミングが掴めなかったのかな。


 誰が送り主か分からないが、俺はテンションが上がった。



 まだ家族からと明らかな義理チョコしかもらえていない。

 しかし、これはひと目で本命だと分かる。



 俺はしゃがみ込んでチョコを拾った。

 少し軽いが、こんなものだろう。

 全体を調べてみるが、名前も何も書いていない。


 入れた人は相当な恥ずかしがり屋なようだ。



 俺はほくほくしつつ、丁寧にそれをカバンの中に入れた。





 その日は1日中、良い気分だった。

 休み時間、昼休み、授業中もたまにカバンの中を見ては、入っているチョコを確認して嬉しくなる。


 そして家に帰ると真っ先に、チョコを取り出して机の上に恭しく置いた。

 しばらく写真を撮ったり、全体をまんべんなく眺める。

 大体満足すると、恐る恐る封を開けた。

 赤いリボンは丁寧にほどいて取っておき、中の匂いを嗅ぐ。


 紛れもなくチョコだ。



「よっしゃ!」



 カレー粉とかにされてからかわれているという可能性が消えたので、俺は恥ずかしげも無くガッツポーズをする。

 袋から取り出したチョコは4個入っていた。


 大事に大事にしたいが、見た感じ手作りっぽいので早めに食べなくては。


 俺は姉が帰ってこない内に片づけてしまおうと決めた。


「誰だか知らんが、いただきます。」


 一口かじる。


「んん?」


 そしてチョコの中が空洞になっていて、そこに小さな紙が入っているのに気づく。


「何だこれ?」


 小さく折りたたまれた紙を取り出し、俺は広げてみた。



「……好きです、か。」



 可愛らしい文字で書かれていた言葉に、自然と顔がにやけてしまう。

 チョコの中に気持ちを入れているなんて、なんていじらしい子なんだ。


 次は何が入っているのか。

 俺はわくわくしながら次のチョコに手をのばした。


 一口食べると、また中には紙が入っている。

 少し焦りながら開く。



「はあ!?こ、殺したい?」



 しかしあまりにも予想外過ぎる文字に、驚いて変な声を上げてしまった。

 先程の言葉とは正反対すぎる。

 そして殺したいとはどういう意味なのか。


 怖くなって、食べてしまったチョコを吐き出してしまいたくなる。

 それでも残りの2個が気になって、俺は手を伸ばした。



 食べるのは怖いので、それぞれハンマーで叩いて割る。

 どちらにも紙が入っていた。


 とてつもなく開けるのは嫌だが、それでも止めるという選択肢は無い。



 一気に2枚とも見る事にする。




「……何だ。良かった。」


 書かれている文字を見た俺は、安堵から体の力を抜いた。



『冗談です。』


『私の愛を受け止めてください。』



 これをくれた人は、随分と独特のユーモアのセンスがあるらしい。

 それにここまでビビってしまうなんて、ばれたら笑われてしまいそうだ。


 俺は気の抜けた笑いを零しながら、残りのチョコを口に入れた。





「そんな感じの事があってさ。本当、ちょっと怖かった。」


 数十分後に帰ってきた姉に、聞いてほしくて無理やり話をした。

 姉は俺がチョコを貰ったと聞いて、にやにやと笑っていたが話が進む内に眉間にしわが寄り始める。


「どうしたの?変な顔して。」


 いつも明るくて豪快な姉にしてはおかしい態度に、心配になって尋ねた。


「んー。私の思い違いならいいんだけど。」


 神妙な顔に俺は緊張して、息をのむ。


「この手紙ってさ。順番が違ったら、脅迫文にしか見えないんだよね。

『好きです。』『冗談です。』『殺したい。』『私の愛を受け止めてください。』……これだったら、殺したくてチョコに愛という名の良くないものを入れたって事にならない?」


「な、何言ってんだよ。怖いからやめてくれって。」


「あはは。そうだよね。ごめんごめん。」


 姉は怖い顔を止めて、いつもの様に明るく笑ったが、俺は笑えなかった。

 もしも言った通り、脅迫文だったとしたら。



 俺はチョコを全部食べてしまったのだ。





 何だか腹の中がぐるぐると、嫌な感じに動き出している。

 そんな気分になった。





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