41.大好物



 俺は物心ついた頃から、肉が大好きだった。

 牛、豚、鶏、馬、羊、何でも食べられる。


 少し前にカエルのから揚げも食べてみたが、あれも美味しかった。



 毎日、毎食でも足りないと思ってしまう。

 だからここ最近は、色々な食べ方を楽しむようになった。



 作り方、調味料、食べ合わせ。

 色々試して、そのどれもに満足して更に大好物になっていく。

 その内に、まだ味わった事の無いものが食べたいと思うようになった。


 だからゲテモノと呼ばれるものでも、何でも食べた。



 しかし種類は限られているので、毎食も食べていれば食べた事の無いものなど、思いつかなくなる。

 ネットで調べてみても、食べたものしか見つかない。


「あー。どうするかな。肉料理の種類、少なすぎだろう。」


 ストレスでイライラしてしまい、放課後の教室でついつい愚痴をこぼしてしまった。



「悩んでいるの?土井君。」


「れ、蓮杖さん!?」


 ただの独り言だったはずなのに、背後からくすくすという可愛らしい笑い声と共に、蓮杖さんが覗き込んできた。

 クラスの中で高嶺の花な彼女に話しかけられるなんて、顔が近くてドキドキしてしまう。


 ふわりといい香りがして、そのせいで余計に上手く頭が回らない。だから彼女の言った言葉を、理解してなかった。

 それを察したのか、蓮杖さんはもう一度口を開く。


「悩みがあるなら、私でよければ聞くよ?土井君。」


「え。あっと、うん。えっ?」


 蓮杖さんと話すなんて、考えた事も無かったから、ちゃんとした返事が返せない。

 そんな僕を見て、彼女はまたくすくすと可愛らしく笑う。


「ふふ。面白いね。」


 挙動不審な行動しかしていないが、悪い印象は抱かれなかったようだ。憧れている人に変な人だと思われなくて、ほっとする。

 彼女が目線で促してきたので、ようやく落ち着いた俺は頭の中でまとめながら悩みを打ち明けた。





「まだ食べた事のないお肉を食べたい、ね。」


「うん。しょうもない悩みでごめん。」


 話を終えると、いつの間にか目の前の席に座っていた蓮杖さんが、唇に手を当てて考え込む。

 俺は彼女が下を向いているのをいい事に、その顔を盗み見た。

 こんなに間近で可愛い顔を見られる機会なんて、もう一生来ないかもしれない。

 だから目に焼き付ける為に、僕はまじまじと見てしまう。


「じゃあ。私が何とかしてあげようか?」


「へ。」


 顔を見る事に集中してしまっていて、蓮杖さんが顔を上げた時、間抜けな顔で固まっていた。

 すぐに慌てて顔を引き締めたが、また彼女に笑われてしまう。


「ふふ。土井君の都合のいい時で良いから、うちにおいで。今までに食べた事の無い、お肉料理をごちそうするから。」


「え。あ、うん。……よろしく。」


 俺がぼーっとしている間に、一方的に決めると彼女は荷物を持ってそのまま帰る。

 教室を出ていくまで見ているだけしか出来なかったが、ふと何の為に彼女は教室に戻ってきたのか不思議に思った。





 彼女との約束の日。

 俺はとても緊張して、家の門の前に立っていた。


 来る前までは、彼女の家に行ける事を楽しみにしていたのだが、目の前に広がる家というよりは屋敷に近い外観に、顔が引きつってしまう。


 知らなかったけど、お嬢様だったのか。

 普通の格好で着てしまった事を後悔している。

 しかし約束の時間はもうすぐなので、着替えに帰るわけにもいかない。


 俺は渋々、門の近くにあるインターホンを鳴らした。


『……はい。あ、土井君。待っていたわ。開けるから、入って。』


「あ。お願いします。」


 名乗る前に蓮杖さんの声がして、門が自動で開き始める。

 それにはさすがに開いた口が塞がらない。

 どんだけお金持ちなんだよ。更に緊張度が高まってしまう。


 俺はゆっくりと屋敷のある方向に歩き始めた。

 門から家に着くまでに、ここまでの距離があるなんて普通だったら考えられない。

 俺は屋敷に続く道のわきにある木を見る。

 一定の間隔に綺麗に並んでいる、その途中に小さな人影がいた。


「誰だ、あの子?」


 目を細めて見ると、白いワンピースを着た幼稚園生ぐらいの女の子だった。

 ボールで一人で遊んでいるその子は、俺が近づくとこちらに気が付く。


「おにいちゃん、だれ?」


 その子は純粋な顔で聞いてくる。

 俺は不審者にならない様に、目線を合わせて座った。


「え、えっと俺は、土井って言うんだけど。君のお姉ちゃんに招待されてきたんだ。」


 きっと蓮杖さんの妹さんだろうと、良い印象を持ってもらう為に出来るだけ優しく対応する。


「そうなの。わたしはゆきのです。よろしくおねがいします。」


 少し片言に言った雪乃ちゃんは、深々とお辞儀をした。

 きっと、そういう挨拶の仕方を教育されているんだろう。


「ごめんっ。俺、もう行くね!またね、雪乃ちゃん‼」


 俺はもう少し一緒に話をしてもよかったが、時間が迫っていたので彼女に別れを告げると屋敷へと走った。




「遅くなってごめんねっ。」


「時間通りだから大丈夫だよ。」


 息も切れ切れに俺は、ようやく屋敷の中に着く。

 すでに待っていた蓮杖さんは、くすくすと笑いながら出迎えてくれた。

 黒色の細かい飾りがあるワンピースは、とても似合っていて何だか顔が熱くなってしまう。


「じゃあ早速、行きましょう。」


 俺は顔を冷ましながら、案内をする為に先に歩き出した彼女の後ろを慌ててついていく。





 彼女に案内された大きなテーブルといくつもの椅子がある部屋で、俺はたくさんの肉料理を食べた。

 そのどれもが食べた事のないもので、肉も今までのとは全く違う。


「あー。腹いっぱい。」


「ふふ。それは良かった。満足してもらえたみたいだし。」


「うん。全部食べた事なくて、すっごい上手かった。……これ何なの?」


 俺はまた今の料理を食べたいと思って、蓮杖さんに聞いた。

 彼女はしばらく微笑み、そして隣りに座ってくる。


 ふわりといい匂いが香って、何だかどきどきしてしまう。

 背筋が自然とのびて緊張する。


「……ねえ土井君。家に来る途中、小さい女の子に会わなかった?」


「え?あ、うん。会ったよ。雪乃ちゃんでしょ、蓮杖さんの妹さん。」


 突然、蓮杖さんが口を開き全く違う話を始めた。

 不思議に思いながらも、俺は先ほど見た小さな女の子を思い出す。

 成長したら、蓮杖さんと同じぐらい可愛い子になりそうだ。


 そんな事を思っていたら、蓮杖さんが声を上げて笑い始めた。


「ふふ、うふふ。違うわ。あの子は妹なんかじゃないわ。」


「え……。」


 じゃあ誰だ?

 あんな所にいるなら、この家の子じゃなくてはおかしいだろう。

 納得がいかない気持ちが顔に出てしまう、それを見た蓮杖さんは口に手を当ててまだ笑っている。


「あの子は今日の為だけに用意したの。……ねえ、お肉料理美味しかったでしょ?」


「え。は?……うっ、嘘だろ。」


 俺は彼女の笑みに背筋が寒くなった。

 そして、そして彼女の言葉に、ある想像をしてしまう。


 妹じゃない女の子。

 今日の為だけに用意した。



 ……食べた事のない肉料理。



 俺は口に手をやる。

 腹の中から何かが出てきそうな、そんな感覚が襲い掛かってきた。
















「なんてね。」


 のどの奥からこみ上げてきそうになった時、ぱっと蓮杖さんは手を上げる。


「冗談よ、ごめんね。そんなに本気にするなんて思っていなかったから。」


「……いや、大丈夫。」


 俺は呆気にとられながら、それでも彼女を怒る気にはなれなかった。


「今のお肉は家で生産している新種の牛よ。今回は丁度良かったからモニターになってもらったの。協力してもらえて、本当に助かったわ。」


 何だか脱力してしまい、あとはろくな返事が出来ないまま彼女の家をあとにした。

 そんな俺を、彼女はずっと微笑んだまま見つめていた気がする。










 家に帰った俺は疲れからソファに深く座り込んだ。

 目をつむると思い出すのは、さっきまでの事。


 俺は、蓮杖さんがあれはあの子の肉だとほのめかした時、最初は驚いたが気持ち悪くはなった。




 そしてすぐに、俺は喜びを感じた。

 人の肉を食べられるなんて、そんな機会そうそうない。


 とても素晴らしい体験をしたと思ったのだ。




 今、俺は1つの事を考えている。

 それを実行するには、凄まじい準備が必要だ。


 しかし苦労をするだけの価値はきっとあるだろう。



 想像すると笑いが止まらなくなる。

 全ては、まだ味わった事の無いものを食べる為に。




 時間はどんなにかかってもやろう。

 俺は決心した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る