40.仮面
自分ではない別の誰かになってみたい。
私は昔からそう思っていた。
なれるなら何でもよかった。
別に人間でなくてもいい。ただ自分じゃないものになれるならば。
しかしそう簡単に、別の何かになんてなれるわけがない。
私はもどかしい気持ちさを抱えながら、日々を過ごすだけだった。
「そこのお嬢さん。君に良いものがあるんだけど、寄ってかない?」
いつも通り当たり障りない生活して、買い物の帰り。よく通る道にぽつんと屋台があった。
祭りでよく見るお面屋だ。
様々な種類が並べられていて、今流行りのアニメのものが多い。
子供の頃はこういうのが好きだったな。
私は一瞬、懐かしさに目を細めたが、すぐにおかしいと思う。
今の季節は冬。
しかもこんな住宅街にお店を出すなんて、絶対どうかしている。
もしかして不審者なんじゃないか。
屋台の横で小さな折り畳みの椅子に座り、タバコを吸っている男。
私は声をかけられたが、無視をして早歩きで前を通り過ぎようとした。
「あれー?帰っちゃうの。別に良いけど、君の悩みは一生解決しないよ。」
「え。」
しかし男が言った言葉に足が止まる。
私は振り返り、男の顔をまじまじと見た。
いつの間にかタバコを消していたようで、何も持っていない手をひらりと私に向かって振る。
不審者にしか見えない。
見えないはずなのだが、自然と足が勝手に動き男の前に来ていた。
「どうも、どうも。いらっしゃい。」
「……あなたは私の何を知っているんですか?」
緩んだ顔で笑う男に少し後悔してしまいそうになるが、私は心を乱されないように意識して話しかける。
「そうだね。何でも知っているかもしれないし、全く知らないかもしれない。」
「か、からかっているんですか。帰りますよ。」
勇気を出しているのに、意味の分からない言い回しで馬鹿にされた気分になった。
私は顔を赤くさせて脅したが、男は全然焦らない。
きっと帰る気が無いのを見透かされているのだろう。
「大丈夫だよ。知らなかったとしても、君に必要なものは出せるからね。心配しないでいいよ!」
「あ。でも私、今そんなにお金持ってない。」
買い物で持ってきたお金の大半を使ってしまったから、残っているのは小銭ぐらいだった。
いくらお面でも、まあまあの値段はするだろう。
もしかしたら足りないのではないかと、私は不安になった。
「んー。今ポケットの中に入っている193円でいいよ。若くて可愛い子には、サービスしちゃう。」
ポケットの中を漁る前に言われ、ゆっくりと手をつっこみ入ってた金額を確認する。
193円。
ちょうどピッタリ入っていた。
「え。なんで分かったんですか……。」
ありえない事に若干怖くなる。
そんな私を見て男はけらけらと笑いながら、かかっているお面の中から一つを取り外すと、こちらに突き出した。
「企業秘密。」
「は、はあ。」
納得はいかなかったが、私はお金を渡しお面をもらう。
お面は思っていたよりも軽い。
顔を見てみると、可愛らしくデフォルメされた狐だった。
「可愛い。狐好きです。でも、何で?」
「それは君が持つべきものだ。つけたい時につけると良い。」
私はお面をカバンの中にしまう。
今日は大きめのカバンを、持って来ていて良かった。
さすがにお面を持ったまま帰るのは、恥ずかしい。
「あ、えっと。ありがとうございま……あれ?」
カバンにしまいお礼を言おうと、下げていた顔を上げるとそこには何も無かった。つい数秒前まで、確かにそこにあったはずなのに。
私は狸に化かされたかのような気持ちになる。
今までのは夢だったのか、しかし少し重くなったカバンがそれが違うという証拠だ。
首を傾げながら、私はその場を立ち去った。
それから私の生活は一変した。
お面はそれぐらい良い働きをする。
1人の部屋でお面をかぶると、違うものになれるのだ。
楽しくて仕方がない。
私は久しぶりに心から笑っていた。
しかし最近、悩んでいる事がある。
「い、いたた。いたたたた。無理だあ。」
私はお面を引っ張るのを止める。
「何でとれないの?」
長い間つけている内に、いつの間にかお面が外れなくなった。
どんなに引っ張っても、お面との隙間に洗剤や油などを流し込んでも、一向に取れる気配が無い。
まるで、お面と顔が一体化してしまったように。
今までは長期休みに入ってたから、付けたままでもそこまで困らなかった。
しかし今日で休みが終わる。
さすがにお面はまずい。
だから外そうとしている。
それでもまったく外れなかった。
「いやいやいや、まずいまずい。外さなきゃ。」
私は焦り、近くにあった定規を持って隙間に入れた。
てこの原理で何とか出来ないか。
「いー。いぃー。……ふんっ!」
最初はびくともしなかったが、何度も何度も挑戦していると、ベリベリベリという音と共にようやく外れた。
その瞬間、顔全体の皮膚がはがされたかのような痛みが私を襲う。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい‼」
顔をおさえて床を転がる。
そうでもしないと、痛みで頭がおかしくなりそうだ。
しばらくそうしていると、段々痛みが治まってきた。
私は起き上がり、急いで鏡を見に行く。
頭の中では、最悪の想像しか出来ない。
鏡が別の部屋にあるから、壁や物に当たった。
しかしそんな痛みは全く気にならない。
どうなっているのか恐怖しかなかったが、私は鏡を見る。
そこには知らない顔があった。
私では無い。見覚えが無い。
一体誰なのだ。
私が動くと同じ動きをする、鏡に映る人。
……これが私なのか?
私は何度も顔中を触ってみる。
そして結局、目の前の知らない顔が私だと確信した。
あまりの事態に呆然としてしまう。
そして私は、私は、
自分ではない別の誰かになれた事に狂喜した。
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