39.植物



 私の趣味は植物を育てる事だ。


 特に好きなのはサボテン。

 仕事でどうしても出張が多いから、少し放っておいても枯れない所が魅力的だ。


 今、育てているのは金烏帽子キンエボシという種類で、うさぎのような形の平べったいサボテンだ。

 お店で、形に一目ぼれして買ってきた。


 名前を付けようかと迷ったが、今回は止める。


 そうして育ててから数カ月が経ち、サボテンは私の生活にかかせないものになっていた。



 毎日の日課で、夜寝る前に話しかける。


「死ね。クズ。消えろ。馬鹿。いなくなれ。」


 一人暮らしだから気兼ねなく、言いたい放題だ。

 感情をあまり込めないで同じ言葉を繰り返す。


 植物だから当たり前なのだが、サボテンはただ聞いている。

 それをいい事に、私はどんどん続けた。


「死ね。クズ。消えろ。馬鹿。いなくなれ。」


 何度も言う。

 決めた時間まで時計を見ながらやり、ちょうど20分経つと止めた。


「ふぅ。今日の所は終わり。あー、のど乾いた。」


 ずっと言い続けていたから、のどがカラカラだ。

 私は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すと、一気に半分まで飲む。

 のどが潤い私は生き返った気持ちになる。


 毎日の事だが、その内のどに深刻なダメージを負いそうだ。

 しかし好きでやっている事なので、仕方ないかと諦める。


 私はサボテンに少し水をやると、疲れたから寝る事にした。





 育てているサボテンに暴言を吐く。

 それは買ってきてから、すぐに始めた日課だった。


 誰かにやらされているわけではない。

 自分の好きで行っている事だ。



 そうして随分と長い時間、続けてきた。

 しかし私は別にサボテンが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。


 だから、それ以外の世話は完璧に丁寧にしていた。

 その為サボテンはぐんぐん成長している。



 ……予想以上のスピードで。



 サボテンは最近、形を変え始めた。

 前はうさぎみたいだったのだが、今は禍々しい。

 とげも普通だったらあり得ないぐらい、尖ってのびている。


「何だろ。成長期?うかつに触ると、刺さりそう。」


 私は刺さらない様に注意してつつく。

 植物だから、そんな変な事もあるかもしれないな。

 成長を喜びながらも、日課を止めはしなかった。



 それからまた少しの時間が経った。

 植物はとてつもない成長を遂げていた。


「うわっ。気持ち悪い。まじまじと見ると、本当に気持ち悪い。」


 私は水をあげながら、暴言をあびせる。

 今は夜だけでなく、気が付いたら言うようにしている。


 その成果もあって、前よりももっと禍々しい。

 色は緑ではなく、紫に変わっていて。とげは表面が見えなくなるぐらい、びっしりと生えていた。

 それでも私には、育ててきたから可愛い。


「どんなにクズでも、育ててきたからね。最後まで面倒は見てあげるよ。気持ち悪いけどね。」


 とげに気を付けて撫でた。



「!」



 その時、急にのびたサボテンが私の手首に巻き付いてきた。


「い、いたっ。」


 とげが食い込んで痛い。

 血がだらだらと流れている。


 私は腕を振って外そうとするが、がっちりと掴まれていて取れない。


「な、何でっ。はなしてっ。」


 手首も痛くて、何が起こったのか分からなくて、段々と涙が出てくる。サボテンだから相手は何も言ってこない。

 こんな事をされる理由を言わないから、どうしてほしいのか予想がつかない。


 段々と力が強くなってきて、私は痛みに顔をしかめる。


「痛いっ。痛い痛い。痛いっ!何するのよっ!クズがっ!!」


 このままいても何も変わらない。

 そう判断して、私はポケットの中に入れていたチャッカマンを取り出し、植物に火をつけた。


 パチパチという音と、燃える嫌な臭い。

 一瞬で燃え尽きたサボテンは、最後まで何も言う事は無かった。


 少しだけ焦げた床を前にして、ひざまずく。

 そして、すすみたいなものを指でなぞった。






「なーんだ。こんなものか。」


 指に着いた汚れを服で拭うと、雑巾で拭く。

 すぐに汚れは落ち、いつも通りの床に戻った。


「もうちょっとおもしろくなるかと思ったら、期待外れ。もっと頑張んなさいよね。どんだけ手間をかけたと思っているんだか。」


 思っていたよりつまらなかったので、ため息をつく。

 今までかかった費用と手間が、とんだ無駄足になってしまった。


「どうしようかな。次は何をすれば面白くなるだろう?」


 掃除を終えると、私は考え込む。



 すでにサボテンの事など、頭の中からは消えていた。





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