35.準備



 昔から、思いつくままに行動することが全く出来なかった。


 ちょっと出かける用事だとしても、秒刻みのスケジュールを組んで、綿密な計画を立てなくては怖くて外に出られない。

 友達はそんな私に、その場でなるようになればいいじゃん。とか、急になにか起こったらどうするんだ。と言う。

 しかし私はそれに、その場しのぎの行動は後々面倒な事になるし、急になにか起こった際の対処法も、ちゃんと何パターンも考えていると返す。


 そうすると引きつった顔をされて、話を終了されるのだ。


 私からすれば、何の準備も無しに行動を起こそうという心理の方が分からない。

 計画を立てていれば、スムーズに進める事が出来る。

 そうすれば時間も無駄にならない。メリットが多いと思う。


 こう思っているから、私は周りから何を言われても止めようとはしなかった。





 今日から2泊3日の修学旅行。

 浮足立つ同級生に囲まれ、私は少し憂鬱な気持ちになっていた。


 今回、2泊3日の計画を立てたのだが、上手くまとめきれなかった。

 もう少し時間があれば完璧な計画になっていたのに。

 修学旅行の前にあった定期テストが恨めしい。


 私は寝不足の頭を抱えて、バスに乗っていた。


 このバスは何度かの休憩をはさみつつ、目的地へと向かっている。

 何分かの時間のずれも想定しているが、こういう大人数の動きの把握は結構難しい。

 何事もなく、3日が終わってほしいと思う。


「ねーねー。着いたらまずどこに行く?」


「自由行動?それならこの前、計画したでしょ。」


「えー。ちょっと別に気になる場所があるんだけど!良いじゃん別に。時間までに帰ればいいんでしょ?」


「まあ、それもそうか。」


 さっそくすぐ近くの席に座っている人達が、不穏な事を言っている。

 声から同じ班ではない。それは良かったけど、こういう事に振り回されるのはごめんだ。

 私はスマホのアプリでまとめておいた予定を見る。


 スクロールすると、下までいくのに随分かかるがこれでも全然足りないぐらいだった。

 これの通りにいけるかは、私の手腕にかかっているというわけか。

 終わった後、とても疲れそうだがやるしかない。


 私はため息をついた。


「梨沙子ちゃん?大丈夫?眉間にしわが寄っているよ。」


 そうすると隣りに座っていた友達の久美子が、心配そうに話しかけてくる。


「いや、別に。気にしないで?ちょっと寝不足なだけ。」


「そう。それなら少し寝ていれば?着くまではまだまだ時間があるし、言ってくれた時間に起こすよ。」


「うん、じゃあお願い。30分したら起こして。」


 久美子の厚意に甘えて、私は目を閉じた。

 30分といえば、彼女はその通りに起こしてくれるのでとても助かる。


 すぐに眠気はやってきて、自然と寝てしまっていた。



「梨沙子ちゃん、梨沙子ちゃん。起きて。」


「う。んん。うう。」


 久美子の声と共に体を揺すられる。

 私は唸りながらも、意識を覚醒させた。


「起きた?30分経ったよ。それにそろそろ着くみたい。」


「……そう。ありがとう。」


 ぐっすりと眠っていたようで、少し頭が軽くなった。

 私はスマホを確認すると、大きく伸びをする。


「はー。これから大変だわ。」


「梨沙子ちゃん、何言っているの?これから楽しくなるんでしょう!」


 久美子は眉を下げながら笑っている。

 しかし私はそれに同意は出来ない。


 私は窓の外の景色を眺めた。

 流れていく道。それはなじみのない田舎の風景。


 あまりの緑の多さに目を細めた。


「どうしたの?何か変だよ。梨沙子ちゃん。もっと笑って笑って!」


「気にしないで。少し考えているだけだから。」


 私は口角を意識して上げる。安心させようとしたのだが、久美子の顔からすると上手くいかなかったようだ。

 しかしフォローをする気になれず、私は椅子に深く座り込む。


「ねえ。」


「何?梨沙子ちゃん?」


「目的地に来る予定時間って、何時?」


「えーっと、あとちょっとって言ってたよ。10分ぐらいじゃないかな?」


「そう。」


 私は目を閉じた。

 10分の間に何か出来るとは思えない。


 それならこのまま、時間を過ごしていた方がいいだろう。


「また寝るの?梨沙子ちゃん?」


「……大丈夫起きているから。それとも何かあった?」


 隣りの久美子の様子が少しおかしい。

 声色がいつもと違う。

 私は目を開けて、彼女の方を見た。


「えっと。あるような無いような?私もよく分かんなくて。」


「……。」


 とても困った様子で、考え込む久美子。

 私はそれをじっと見つめる。


「うーんと、うーんと。ねえ梨沙子ちゃん。」


「何?」


「……。」


 久美子は黙り込んでしまった。

 しばらく待って、今度は私が話し始める。


「ねえ、久美子。……このバスってどこまで行くのかな?」


「え。」


「随分と走っているよね。私の予定と大幅にずれている。何でかな?」


「……。」


 私はスマホの画面を見た。

 そこに書かれている予定と、今の時間は全く合わない。

 いくら寝ていたとしてもこれはおかしい。


「私が寝ている間に何があったの?」


「……梨沙子ちゃん。ごめん、なさい。ごめんなさい。」


 私が優しく微笑んだら、久美子は泣き出してしまった。

 やはり予想通りか。

 彼女の様子を眺めて、冷静に分析する。


「私は、どうすればいい?久美子はどうするの?」


「……梨沙子ちゃんは大丈夫。ごめんね。私は、私は、お別れだね。バイバイ。」


 久美子は泣きながら笑っていた。

 私はその顔に胸が痛くなったが、それでも心を鬼にする。


「そう。じゃあね。」





















 私は目覚めた。

 体が思うように動かない。

 目の前には白い天井と、驚いている両親。


「……先生!先生!梨沙子が目を覚ましました!」


 頭は何とか動かせたので、周りを見回した。

 どうやらここは病院のようだ。



 そうか、私は生きていたのか。


 私はぼんやりと実感した。




 私達の乗っていたバスは、途中で崖から転落したらしい。

 覚えていないのは、それは寝ている時に起こった事だから。


 結局、私以外の全員が亡くなった。

 もちろん久美子もその中に入っている。



 久美子のお葬式で、私は彼女の遺影に向かって深く手を合わせた。

 彼女がいなければ、今ここにいられなかったのかもしれない。


 優しい久美子だったから、一緒に連れていこうとはせずに助けてくれた。

 感謝してもしきれない。







 帰り道、私はアプリを起動した。

 修学旅行の予定がまだ残っていて、その画面をスクロールする。


 そして目的の欄で指を止めた。


「やっぱり、準備って大事じゃない。」


 私は画面を見て笑う。

 そこには『緊急事態・もしも事故にあったら』と書かれていた。




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