15.おでん



 冬になると食べたくなるものと問われて、私が真っ先に思いつくのがおでんだった。


 コンビニのでもスーパーで具材を買って自分で作ったやつでも何でもいい。とにかくおでんが大好きだ。



 しかし私はここ最近、たった一つのおでんだけにハマっていた。




「こんちゅーん、おでんおでん!お腹減った!!」


「うるさい。騒ぐな、子供か。……二週間連続でよく飽きないね。私は作っているだけで胸焼けがしそうだよ。」


 大親友の紺野ちゆこと、こんちゅんは私の催促に呆れた顔をしながらも、目の前にアツアツのおでんを置いた。

 大根、はんぺん、昆布、こんにゃく、餅巾着と王道のおでんというシンプルなものだが、味は毎日食べても飽きない。


「さっすがー。今日も美味しそう。いただきます‼」


「はいはい。」


 何だかんだ言っても面倒見のいいこんちゅんは、私の前に座って頬杖をついて食べるのを見守る。

 私は一口サイズに大根を箸で切り分けて、口に運んだ。

 熱かったが、やっぱり美味しい。

 顔がだらしなく緩んでしまう。


「相変わらず美味しそうに食べるね。作り甲斐はあるわ。」


「だって美味しいからしょうがないよ。ん、この餅巾着お肉入ってる!最近、色々なのにお肉使っているけど、良いね。すっごく美味しい!!何のお肉?」


「それは良かった。特別なものだよ、秘密のね。」


 昨日は肉団子、一昨日はチャーシューみたいなの。どれも全て美味しかった。

 からしや柚子胡椒など、何にでも合う。

 私が思うがままに言うと、こんちゅんは本当にうれしそうに笑う。


「……でもさ、私は別に構わないけど。良いの?毎日ここに来て。あんた、結婚考えて同棲している男がいたでしょ?」


 こんちゅんの問いに、私は口いっぱいに頬張っていたものを飲み込んで、一息ついた。


「ああ。私の仕事の間に女と浮気三昧だったあいつ?利用できるところだけ利用したら、捨てる予定。」


「あらま。」


 こんちゅんは、やってしまったという顔をした。

 しかしすぐに立ち上がると、冷蔵庫から何かを取り出して私の前に缶ビールを置く。


「ま。そんな最低男は忘れて。飲みな飲みな。」


「ありがとう。……はーっ!美味しい!!そういえばこんちゅんも彼氏いるよね。今更だけど、私邪魔じゃない?」


 ビールを飲んでおでんを食べる。

 至福の時間を堪能していた私は、こんちゅんにもラブラブの彼氏がいたのを思い出した。

 しかしここ二週間、特にその存在が出てきていない。


 何気なく聞いた私は、こんちゅんの顔を見て顔をひきつらせた。

 彼女の顔を一文字であらわすと、鬼だった。


「その話はもうするんじゃないよ。分かった?ほら、お代わりもあるから食べな。」


「は、はいっ!!」


 私はこれ以上刺激しないように、おでんに集中する。

 怒ったこんちゅんの怖さはとてもよく知っているから、この話題を出すのはタブーだと頭の中に刻み込んだ。





「こんちゅーん。最近お肉の量多くない?美味しいけど、お金の方は大丈夫なの?」


 私は今日も今日とて、こんちゅんお手製のおでんに舌鼓を打っていた。


「大丈夫だよ。最近、肉がたくさん調達できてね。1人じゃ食べられない量だから、助かるよ。」


「ふーん。それなら良いけど。美味しいし。」


 そうは言ったが、私は何の種類かも分からないものに、だんだん知りたい気持ちが強くなっている。

 こんちゅんにはお世話になりっぱなしだから、さすがに遠慮しようとも思ってきた。


 こんちゅんがそう言った気持ちを感じさせる暇がないぐらい、世話を焼いてくれるから私もつい甘えてしまった。


 明日、言おう。

 私は自分を甘やかして期限を延ばしつつ、そろそろやめようと決心した。




 次の日。

 こんちゅんから遅くなるから先に部屋でくつろいでいて、とのメールを貰い私は部屋にいた。

 彼女が帰ってくるまでは、まだ時間がある。

 私は暇を持て余していた。


「なんかやる事ないかなー?暇で死にそうだ。」


 テレビにも見飽きてしまい、私は床に寝ころび力を抜く。

 やる事が無くなってから、時間がたつのが遅くなってしまった。

 何か無いか。時間がつぶせそうなもの。


「ああ。そうだ。」


 1つ見つけた。私は勢い良く立ち上がると、冷蔵庫の方へと向かった。


 いつも出されているお肉の正体。こんちゅんは教えてくれないから、自分で調べよう。彼女なら勝手に開けても許してくれるだろう。

 私はワクワクしながら、冷蔵庫を開けた。


 冷蔵庫の中は、こんちゅんの性格を表しているかのように整理されている。


「んー。お肉はどこだー?」


 私は荒らさないように注意しながら、冷蔵庫の中を見た。

 しかし肝心のものが見当たらない。


「お肉お肉ー。……あれ?」


 さらに探して引き出しを開けた時、私は変なものを見つけた。


 それは少し大きめのタッパーなのだが、中身が何だか赤い。

 持ってみると結構な重さだった。


「何、これ?」


 私はそれを上げ下げしたり、揺らしたりしてみる。


「……開けてみるか。」


 気になるものは調べるのみ。

 私はタッパーを開けた。
















「何してんの?」


「!あっ、こんちゅん。」


 私がタッパーを開けたその瞬間、こんちゅんの声がして驚き蓋を落としてしまった。

 コンッと軽い音だったが、静かな空間にはよく響いた。


「勝手に冷蔵庫開けて。」


 こんちゅんはいつもとは違い、とても怖い顔をしている。

 私は怖くなったが、タッパーの中身も気になってそちらを見てみた。


「こ、これって。」


 私は目の前のものが信じられなくて、こんちゅんに説明してもらおうと彼女を窺う。


「見れば分かるだろう。」


 こんちゅんは何でもないように淡々と事実を述べた。




「黒毛和牛。……せっかく驚かせようと思ったのに。台無しだ。」


「でも、どうして。」


 私はもう一度タッパーを見る。

 テレビでよくある、さしがきれいに入っているこのお肉はとても高そうだ。

 何故、こんな高価なものが。


「実家から送られてきたの。なんかの懸賞で当たったらしくて、食べきれないからって。今までの肉もそう。」


「何だーそうだったんだー。」


 私は安堵した。

 そのままへたり込んで、今度はこんちゅんを驚かせてしまった。




「でも良かった。実は危ないお肉を使っているんじゃないかって、少し疑っていたから。」


「あんた、私がそんなことすると思っていたのか。まったく。」


 私はおでんとステーキを食べながらこんちゅんと話す。

 おでんはいつも通り美味しいし、ステーキはさすが良いお肉を使っているからかとても美味しい。


「だってあんなにお肉が出てくるって、結構おかしいでしょ。疑っていてごめんね。」


「別に構わないよ。」


 懐が広いこんちゅんは、大して気分を害している様子もない。

 私も勝手に冷蔵庫を開けたりしてしまったので、怒られなくて本当に良かったと安心した。

 こんちゅんに嫌われるのは、いくらなんでも避けたい。


「そういえば今日は、こんちゅんにおでんを作ってもらうのをそろそろやめてもらおうって言おうと思っていたんだ。」


「おでんを食べながらそれを言うのかい。別にあんたが飽きないなら、私はこれからも構わないけどね。」


「本当っ?こんちゅんにまだまだ甘えてもいいの?」


「私だから良いけど、遠慮は覚えなさいよ。ちゃんと食費はたくさんもらっているからいいよ。飽きたら言いなさい。」


 本当にこんちゅんは優しい。

 その優しさにつけ込む私は、きっと駄目な奴だ。


「ありがとう。こんちゅん。」


「良いよ良いよ。……そういえば、一つ聞きたかったんだけどさ。」


 へらへらと笑っていると、こんちゅんは少し言いづらそうに話しだす。


「なあに?」


「ずっと聞きたかったんだけど。おでんの時にあんたがつけているその赤いのって何?なんかドロドロしているし、生臭いし。本当に美味しいの?それ。」


 こんちゅんはお皿を指す。

 その皿はいつもおでんの時に私が持ってくる、特製のたれが入っていた。


「ああ。これ、普通だったら捨てちゃうものを再利用しているんだ。大丈夫。害は無いものだよ?こんちゅんのおでんによく合うし。あまり作れないから、数年に一度のペースでしか食べられないけど。」


 このたれを作るのは色々と大変だが、美味しいし私にとっても良いことづくめのものだ。


「今年はちょうど材料が上手く手に入ったからね。本当、再利用って大事だよね。」


 私は材料になったものを思い出しながら、笑った。

 今年のおでんは本当に格別である。



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