14.カレンダー
「んー?あれ?」
私はリビングにかけられたカレンダーの予定を確認していて、ふと気が付いた。
「こんなの、私書いたっけ?」
日にちの下のちょっとした余白の部分に、見覚えのない文字が書かれていた。
「華とお買い物?いやいやいやそんな約束していないよね。」
予定はありえそうなものだったが、全く知らない。
私はここ最近の事を出来る限り思い出すが、やっぱりそんな約束はしていない。
「俊哉の字でもないし。本当誰が書いたの。怖いんだけど。」
同棲している恋人のいたずらかとも思ったが、彼の字は特徴があるので違うとすぐに分かる。
少し恐怖を覚え始めていたその時、スマホが鳴った。
「うわ!誰だろう。……華だ。」
なんてタイムリーな。
私は顔をひきつらせつつ、電話に出た。
「もしもし。」
「もしもし。優菜?久しぶりー!突然だけど今度買い物行こう!!行きたいところがあってさ!!」
「え。あ、うん。良いけど、いつ?」
「10日はどう?」
テンションの高い様子に少し圧倒される。
いつもこんな感じなので慣れているはずだが、今日は先程までの事があった。その為、返しが戸惑ったものになってしまう。
しかし華は気にせず話を進める。
「10日?本当に?」
「うん。あれ、もしかして用事があった?」
「……ううん。大丈夫、良いよ。」
「良かった!じゃあ今度詳しい話するね。」
電話が終わった後、私はまっさきにカレンダーを見た。
違ってほしいと思ったが、見覚えのない文字が書いてある上の数字は10だった。
「き、気のせいだよね。うん。もしかしたら気づかないうちに書いたのかも!」
私は一気に不安になった気持ちを吹き飛ばそうと、わざと大きな明るい声を出す。
不安はまだ残っていたが、気のせいということで自分を納得させた。
「でも、まさかそれからも続くと思ってなかったの。」
「それでここ最近、元気無かったんだ。」
俊哉は温めたココアを私の前に置くと、頭を撫でた。
「急に変な話をしてごめんね。ただ、どんどん怖くなってきて。」
「確かにまだちょっと信じられないけど、でも優菜は嘘つく時わかりやすいから。多分、本当のことなんだろ。」
私を安心させる為に、いつもよりもさらに穏やかに話す俊哉に泣きそうになってしまいそうになる。
あれから、たびたび書いた覚えのない予定がカレンダーにあるということが続いた。
それは大体、遊びや仕事、お店など予定が書き込まれているだけだったが。
「この前、駅の階段で転んで足をくじいたでしょ。それも少し前に書かれていたの。幾ら何でもおかしいよ。」
「それって……。」
俊哉の顔が強ばった。
私も体が震えるのを抑えるために、自分の体を抱きしめた。
それは、つい一週間前のことだった。
カレンダーのとある日付の下に、いつもの見知らぬ字で、『○○病院10:35〜』と書かれていた。
病院の名前に馴染みがなく不思議に思っていたら、その日に怪我をして駅の近くにあった同じ名前の病院に行ったのだ。
偶然という言葉では、もう片付けられなかった。
「……このまま言ったら、いつかとんでもない事が書いてありそうで怖いの。今までと同じだったら、絶対に避けられないから。」
私はとうとう我慢出来なくて、顔を手で覆いながら泣く。
怖かった。ただただ見知らぬ恐怖が私を襲っている。
「優菜、大丈夫だよ。僕がちゃんと守るから。」
うずくまって泣く私をふわりと俊哉が抱きしめた。
そして背中を一定のリズムで叩く。
「きっと、大丈夫。大丈夫だから。」
全く根拠の無い慰めだったが、私の怯えは薄れていく。
やっぱり俊哉は良い彼氏だ。
私の父が反対していなければ、すぐにでも結婚したいくらい。私を慈しみながら愛してくれている。
彼がいればきっと大丈夫。
そのまま私は泣き疲れたのか、彼に体を預けて眠りに落ちてしまった。
「ねえ、俊哉。何……しているの?」
私はリビングの扉のノブを持ったまま、固まっていた。
目の前には、カレンダーの前でペンを持っている俊哉の姿。
今日はいつもよりも早く仕事が終わった。
その為、彼を驚かせようと計画し、連絡をせず家も静かに入った。
扉の磨りガラス越しに彼の姿を確認し、勢いをつけて扉を開けた私は驚愕する。
俊哉がカレンダーに何かを書いていたからだ。
あんな事があってから、カレンダーには何も書かないようにしようと約束したばかりなのに。
彼は一体何を書いたんだろう。
私は何も言わない俊哉の方へ近づく。
カレンダーを見ると一週間後の日付の下、俊哉の特徴ある字で小さくそれは書かれていた。
『優菜のお父さんの通夜19:00〜』
「ねえ、どういう事?なんでお父さんのっ。本当になったらどうするの!?ねえっ!俊哉!!」
私はその時の意味を理解した瞬間、彼に詰め寄った。
無表情だった俊哉は、ありえない事にこの場にそぐわない穏やかな笑を浮かべる。
その顔に絶句した私を、彼はこの前の様に柔らかく抱きしめると耳元で囁いた。
「安心して。実験してみただけだから。それでもし本当になったとしても、優菜とようやく結婚できるじゃないか。」
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