13.好青年


 私がよく行くコンビニの店員は、いつでも完璧な姿しか見せない。


 大学生ぐらいだと思うのだが、どんな時間に行っても笑顔が輝いていて、どんなに面倒くさい客に対しても懇切丁寧だった。

 その姿は受付の仕事をしている身としては、とてもお手本になる。


「いらっしゃいませ!!」


 今日も深夜という時間にもかかわらず、疲れを知らない顔で出迎えられる。その笑顔に疲れが癒されるのを感じた。

 最近は用も無いのに、立ち寄ってしまう回数が多くなってしまっている。


 私が来るといつもいるので、余計に行きたくなってしまうのだ。

 別に話しかけはしないが、顔を見るだけで十分満足だった。


 今日はとりあえず何を買おうか。何も買わずに帰るのは、店員にとってはあまり好ましくないだろう。財布には痛いが、これも日々の癒しのためだ。


 私は店内を物色して、新商品のデザートとよく買う紙パックのジュースを手に取った。

 そして彼がいるレジの列に並ぶ。

 私の前には酔っ払っているであろうおじさんが、ぶつぶつと文句を言っていた。


「ちっ、おっせーな。何してんだよ。さっさとしろよ。」


 別にレジの彼は遅いわけではない、むしろ接客の丁寧さから考えればはやい方だ。

 しかしおじさんは並んでいる時点でイライラしていた。

 私は嫌な気持ちになりながらも、黙って後ろに立つ。


 おじさんの番になると、彼はいつも通りに笑みを浮かべて読んだ。


「次の方、どうぞ。」


「おっせーんだよ!いつまで待たせているんだよ!!ちんたらしやがって!!」


「大変申し訳ありませんでした。」


 おじさんは声を荒げて商品を置いた。

 明らかに彼に非は無いのだが、彼は丁寧に対応する。


「大変お待たせしました。ありがとうございました!!」


「ちっ。次はさっさとしろよな。」


 その接客の良さに少し毒気が抜けたのか、おじさんも帰る頃には多少はおとなしくなっていた。

 さすがは彼だな。

 私は心の中で称賛しながら、商品をレジに置く。


「お願いします。」


「大変お待たせしました。」


 彼はおじさんに色々と言われた後なのに、そんな事を感じさせず手際よく会計をする。

 私はその所作に見とれながら、言われたお金を出した。


「はい。ありがとうございました。今日もお仕事お疲れ様です!」


「あ、えっと、どうも。」


 商品の入った袋を渡す時、彼は眩しいぐらいの笑顔で今までに無い言葉を言った。

 私は驚いて裏返った声を出してしまう。恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせてしまうが。彼は気にせず笑顔のままだった。


 初めて彼から声をかけられた。

 その出来事が嬉しくなって帰り道、私は年甲斐もなくスキップをして帰ってしまった。




 それから彼はたびたび私に話しかけてくれるようになる。

 大体がささいな事で、天気とか新商品の事とかそんな感じだ。

 しかし彼との接点が増えただけでも、とても嬉しい。


 私はますます、コンビニに行くのが楽しみになっていた。


 お昼休憩の合間に、今日もコンビニに来てしまった。


「いらっしゃいませー。」


 変わらない笑顔で出迎えてくれる彼の姿に、いつもの様に癒される。

 昼ご飯を買いに来たので、がっつりとしたお弁当を選んだ。レジに出すと彼は話しかけてくる。


「今日も寒いですねー。」


「はい。」


「風邪に気を付けてくださいね。ここで働いている俺が言うのもなんですが、コンビニのものばっかり食べるのは体に悪いですよ。」


「気を付けます。」


 緊張して返事はそっけないものになってしまうけど、彼は嬉しそうにしている。

 私も自然と笑みを浮かべてしまう。


「本当、最近コンビニのもの食べ過ぎですよ。心配になります。」


「大丈夫ですよ。」


 彼は演技ではなく本当に心配そうだった。

 そこまで私の事を気にかけてくれているなんて。


 コンビニをホクホクしつつ出ていったが、そんなにコンビニで買いすぎたかなと不思議に思った。





 最近なんだか彼の様子がおかしい。

 接客が、ではない。

 あまりにもなれなれしくなってきたような気がするのだ。


「あ。涼子さん。今日も新商品はいっていますよ。」


「そう、なんですね。見てみます。」


 一度、公共料金の支払いの時に名前を見られてから、下の名前で勝手に呼ばれる。


「今日も会うなんてすごい偶然ですね。本当涼子さん来すぎですよ。」


「あ、はは。」


 笑いながらも失礼な事を言うようになった。

 それでも笑顔は変わらないので、私は一応癒されている。






 今日もまたコンビニに来てしまった。

 本当だったら来る気はなかったのだが、どうしても今買わなきゃいけないから渋々だ。


 少し小走りで自動ドアの所に行くと、ガラス越しに彼と目が合った。


「……いらっしゃいませ。」


 自動ドアが開いた途端に聞こえると思った彼の快活な声が、今日はとても沈んだものだった。

 風邪気味なのかなと思ったが、私は気にしている余裕がなく目当ての所に一直線に向かい、商品を手に取ると急いでレジに行く。


「お預かりします。」


 やっぱり変だ。

 彼の顔に笑みが無い。

 なにかあったのだろうかと心配になってしまう。


「100円のお返しです。……ありがとうございました。」


「あ、あの。大丈夫ですか?今日、元気が無い気がするんですけど。」


 あまりにもな態度に私は我慢できず、話しかけた。

 そうすると彼の眉間にしわが寄る。


「あの、他のバイトの子に聞いたんですけど。あんた俺がシフトに入っている時にしか来ないらしいですね。いつもいつも気持ち悪いと思っていたんですけど。さすがに迷惑です。」


「……は?」


 彼の口から出た信じられない言葉に、私はあっけにとられてしまう。

 意味が、よく分からない。


「最初はそんなものかなと思ってたけど、俺が入っている時はほぼ来るって、ストーカーじゃないですか。」


 一方的に言うと、半ば押し付けるように彼は袋を渡してきた。

 それを反射的に受け取った私は、少し固まってしまう。彼がさらに眉間のしわを深くする。


「何ですか。買ったんならさっさと帰ってくださいよ。」


 私は彼のそんな顔を目の当たりにして、頭が真っ白になった。

 そして、






「ふざけんじゃないわよ。」


「は?」


「ふざけんじゃないって言ってんのよ。あんた客商売でしょ。だったらどんな時でも笑顔でいなさいよ。今日私は馬鹿な後輩のミスのせいで、こんなに急いで買い出しに行かされてるの。お前のせいでさらにイライラさせてるんじゃないよ。」


「な。な。」


 私は淡々と彼に言う。

 彼は口をパクパクとさせて驚いているようだ。


 大人しそうな見た目だから、言い返すとは思っていなかったんだろう。


「まずさっきの態度は何?こっちはお客様なのよ。良いのよ?ここの店員はそんな接客しかしないって広めたって。だって本当の事だからね。そうよね?」


 私の言葉に彼は顔を青ざめさせる。


「す、すみませっ。」


「今更遅い。怒られたから謝るって、気持ちこもってないよね。」


「本当、申し訳ありません。だから許してください。」


 彼は他に客がいないからか、別に頼んでいないのに土下座をした。

 私はそれを冷めた目で見る。


「許してほしいんなら、笑いなさいよ。」


「へ。」


 彼は呆けた顔をした。

 私はその顎を掴み顔を近づける。


「私、お前の笑顔に癒されてたのよね。今のイライラした気持ちも癒してみせなさいよ。」


「は、はい。」


 彼は無理やり、ひきつった笑顔を見せた。


 違う。

 私が求めているのとは全然違う。


「接客なめてるの?全然違う。いつもみたいに笑いなさいよ。ほら。」


「すみ、すみませっ。もう許してっ。」


 彼を掴む力を強くすれば、彼は笑顔ではなく怯えた顔しか見せなくなった。


 だから違うと言っているのに。


「違う。笑えって言ってんの。笑え。」


「ひいっ!」


「わーらーえ。ほら。わーらーえ。」


 このやりとりは、次の客が姿を見せるまで延々と続いた。

















 次にコンビニに言った時、彼の姿は無かった。

 店員に聞いてみたら諸事情で辞めてしまったらしい。


 私はそれを聞いてがっかりした。




 彼も私の理想とはかけ離れていた。

 少し期待していたのだが、とても残念だ。



 本当、最近の子はすぐ辞めればいいと思っているし、それで全てが解決すると楽観的に考えている。


 ネットが発達している今、何をするにも簡単に出来るのに。それを分かっていない。




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