12.看板
5年生の7月に転校した僕は、新しい学校で未だに友達が出来ていなかった。
こんなにも中途半端な時期だとクラスではもうグループが出来ていて、そこに入るのはなかなか難しいのだ。人見知りの僕にはなおさら無理だった。
だから僕は今日も1人さみしく帰り道を歩いている。
「何で僕ばっかり。」
お母さんはお父さんの仕事の都合だから仕方ないと言っていたが、だからといってどうして僕がこんな気持ちを感じなきゃならないのか。大人というのは勝手だ。
「みんな嫌いだ。」
僕は足元にあった石を軽く蹴る。ころころと前に転がる石を、歩きつつまた蹴った。
今日の帰り道の暇つぶしは、この石を家まで運べるかにしよう。
1人の時間が長すぎて考える遊びもくだらないものになっているが、それでもうつむいて帰るよりはまだましだ。
僕はひたすら上手く帰る方向に石を飛ばすのに集中する。
しかしだんだんと石を蹴る事だけに夢中になってしまった。
そのせいで気が付けば見知らぬ道に僕はいた。
「ここ、どこ?」
辺りを見回すが、全く知らない場所だ。目印になるようなものも無い。
僕は途端に怖くなった。
知り合いもいない、どこだかも分からない。連絡する手段もない。
お母さんとお父さんは帰ってくるのが遅いから、僕がいないことをすぐには気づいてくれない。
助けを求めるにも人の姿は無いし、どう話しかけていいか分からない。
だから今の僕に出来るのは、ただ立ち止まっている事だけ。
不安にならないわけがない。
「お父さん。お母さん。」
僕はどんどん怖くなって、涙が勝手に出てきてしまう。そしてどこに行けばいいか分からないけど、とりあえず歩き出した。
しかし最近まで住んでいた所は都会だったのに比べて、ここは田舎で田んぼと畑と山というどこまでも続く同じ景色。
歩いている途中も1台しか車とすれ違わないほどだ。
こんな感じで帰る事は出来るのだろうか。
諦めかけそうになるが、諦めたところで状況は変わるわけではない。
僕は人がいないのをいいことに、ボロボロと涙を流しながら歩く。
そのまま、あまり変わる事が無い景色の中を進んでいると、僕は道の突き当たりに変なものを発見した。
「何、あれ?」
気になって僕が近づくと、それは木で出来た看板だった。マンガやゲームなどでよくあるような、シンプルなやつで僕の胸ぐらいの大きさがありそうだ。
近づくにつれて看板に何か文字が書いてあるのが見えたので、僕はそれを読む。
「えっと、迷子は右へ進め?」
印刷されたかのような字で、たったこれだけ書かれている。僕は看板の前で首を傾げた。
「変な看板。」
誰が何のためにここに置いたのか。そしてどうしてこんな事が書いてあるのか。
不思議だった。
しかし一番不思議だったのは、僕がその看板に書かれている通りに右へと進もうとしている事だ。
普通だったら怪しすぎる。
怪しいとは思っているけど何だか抗えない不思議な魅力があって、僕は右へと進んでしまう。
「駄目そうだったら元に戻ればいいんだ。」
そう考えて歩く。
しばらく歩いている内に、見覚えのある風景になってきた。
これだったら家に帰れそうだ。
僕の足取りはどんどん軽やかになっていく。
あの看板の書いてある通りに進んでよかった。
かなり変な体験だったが僕は帰った後、誰にもその話をしないでおいた。
言ったら駄目なような、そんな気がしたのだ。
その次に看板に出会ったのは、大事なものを落としたせいでお母さんに怒られた時だった。
「なくしちゃ駄目だってあんなに言ったでしょ!!」
「……ごめんなさい。探してきます。」
僕は家にいるのが嫌で、その場の勢いで外へと出た。
探すとは言ったが、どこをどう探したらいいか見当もつかない。
「……。」
下を見ながら歩くが見つかるわけもなく。
そのまま歩いていると、またこの前と同じ看板が道の先に見えた。
「もしかしたら。」
僕は希望を感じて、看板の元へと駆け寄る。
看板にはやはり文字が書かれていて。
「……落し物は、ここから斜め左に50歩進めば見つかる。」
僕は深く考える事無く斜め左に走る。
「1、2、3、4、5、…………50!!」
50歩目を数え終えると、僕は地面を見渡した。
探し物はすぐに見つかる。
「あった!!良かった!!」
僕は安心して、腰が抜けてしまう。
見つからなかったら本当にどうしようかと思った。
僕は拾ったものを大事に抱え込んで、家へと帰る。
「ただいま。」
「おかえり。何していたの?こんな暗くなるまで危ないでしょ。」
「これ、探してた。」
見つけて来たものを見せれば、お母さんは驚いた顔を浮かべた。
「あら!これを見つけるために!?どこにあったの?」
「道に。」
「そう。良かったわね、見つかって。」
僕はやっぱり看板の事を言わなかった。言ってもきっと信じてくれないだろう。そうだったら言わない方がましだ。
それ以降、何度も看板と僕は出会う事となった。
大体、僕が何かを困った時で。
そして看板のおかげでいつも解決する。
看板は僕にとっての救世主だった。
書かれていることは絶対。僕がそう考えるようになるのも当然だ。
そんなある日。
僕はお父さんにひどく怒られた。
理由は本当に小さな事で。
ここまで酷く怒られるほどのものでは決してなかった。
「しばらく頭を冷やしてろ!!」
僕は家を追い出され、玄関の前で途方に暮れる。
ずっとここにいると、お父さんの機嫌はきっと悪くなりそうだ。
そう考えて歩き始める。
頭の中で考えているのは、たった一つだけ。
「今日はどこに看板があるのかな。」
僕は看板を探す。
看板は案外、早く見つかった。
僕は駆け寄って、書いてある文字を見る。
「怒られた子は、右へとずっと進んだ森の中へ行け。中に入ったら自分の思うままに1000数え終えるまで進め。」
今回の看板はいつもとは違っていた。
看板に書かれている森とは、学校でも有名なお化けの森と呼ばれる所だ。
そんな所に、あと少しで暗くなりそうな時に行くのはとても怖い。
しかし、看板に書かれている事は絶対だ。
僕はふらふらと、まるで操られるかのように看板の言う通りに進む。
森へと入った後も、心の中で数を数えて歩きながらどんどん進んでいく。
すでに自分がどこにいるか分かっていないのに、僕はどんどんどんどん歩いた。
1000数えるまでは進まなくては。
ただ、そう考えて。
「上手くいったようね。あなた。」
「ああ。」
少年の親である夫婦は、あたりが暗くなっているのにも関わらず少年の姿が見当たらないのに、ほのぼのとリビングでくつろいでいた。
むしろその顔はとても嬉しそうだった。
「時間はかかったけど、ようやくあれを始末出来たわね。ここまで計画通りに行くなんて、本当に良かった。」
「こんな田舎に引っ越しまでする事になったが、その分満足できる結果だな。これなら俺達に過失はあまりないだろう。」
2人は顔を見合わせて笑う。
「それにしても看板を使って操るなんて、あなたも悪知恵が働くわよね。」
「上手くいくかは微妙だったけどな。看板も外してきたし、俺達に繋がる証拠は何もない。あとは少し経ったら、交番にあれがいない事を訴えれば完璧だ。」
「悲しそうな演技、頑張るわ。ここら辺の人が集まって探したとしても、あの森には近づかないから無事に保護されることはないし、子供が行方不明になったかわいそうな母親になりきらなきゃ。」
「あと少しの辛抱だな。そうしたら、すぐにでもこんな所からは出ていこう。」
「ええ。」
計画を再確認すると、2人は立ち上がる。
その足取りはとても軽やかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます