7.ヒーロー


 ヒーローはいつも、私の事を助けてくれる。


「あ、定期忘れちゃった。」


 例えば駅で忘れ物をした時。


「えーっと、定期を、忘れちゃいました、と。」


 メールをすれば、すぐに取りに帰ってくれる。


 他にも道で苦手な犬に出会ってしまった時。


「た、助けてください。」


 恐怖から小さくなってしまった声。

 しかしそれを聞きつけて犬を排除してくれる。




 ヒーローはこんな風に、日常のささいな問題をすぐに解決してくれるのだ。

 最初は、勝手に出てくるヒーローに私は恐怖していた。


 だけど私がピンチの時はなんでもしてくれる事に、だんだんと心を許していった。



 今では頼りきりになっているところが多々ある。

 こんな私を友達は心配する。


「大丈夫?」

「最近、なんかおかしいよ。」


 友達の言うことも分かる。

 本当ならばしかるべきところで対処しなきゃいけない問題だ。


 それでも未だ何もしようとしないのは、この関係がとても心地よいから。

 だって今まで私はこういう風に誰かに守ってもらったり、助けてもらったことが無かったのだ。


 それが今では騎士かというぐらい私に付き添う存在がいる。

 こんなに優しくしてくれるのに、どうして邪険にできるというのか。


 というわけで私はその存在を認めて過ごしている。

 私は今、とても幸せで平和だからそっとしておいてほしいのだ。




 それでもやはりおせっかいな人というのは存在するわけで。


「それ、おかしいよ。絶対何とかしたほうがいいよ。」


 おしゃれなカフェ。

 何が入っているかよくわからない飲み物(名前もよく分からない)を手にしながら、私はそっとため息をついた。


 目の前で鼻息荒くつめよる彼女を、私はよく知らない。

 しかし彼女は私を知っていたようで、学校の校門でがしりと腕を掴まれてここまで連行された。


 私はヒーローを呼ぼうか一瞬迷ったけど、害は無さそうなので止めておいた。

 初めて来たカフェは注文の仕方が分からず同じものを頼んだけど、


 甘ったるい。

 生クリームやらチョコソース、色々甘いものを入れ過ぎだと思う。


 私は胸やけを感じながらも、もったいないので我慢して飲んでいく。


「で、良い!?」

「え……あぁ、うん。」


 このまま全部飲んだら糖尿病になりそう。

 それでもあと少しだ。


 と思っていたところで急に大きな声を出され、驚く。

 ついでに返事もしてしまう。


「本当!?じゃあ今度の金曜日、学校終わったら迎え行くから!!」


「へ。えっちょっ……。」


「私、用事あるからまたね!!」


 言いたいことだけ言って、嵐のように去ってしまった彼女。

 私が引き止める間もなく何かを勝手に決めて行ってしまった。


「えー。」


 一人取り残された店内。

 私はオシャレな雰囲気の中で、1人でいるのにいたたまれなくなってヒーローを呼んだ。


「すみません、お願いします。」


 小さく呟けば、残っている飲み物をヒーローは飲んでくれた。

 あんなに甘いのに一気飲みするとは凄い。







 あぁ、帰りたい。

 よく分からない屋敷の椅子に座る私はげんなりとしていた。


 名も知らない子に勝手に取り付けられた約束の日。

 逃げようとしていた私をすさまじい嗅覚で捕まえた彼女は、


「ここで待ってて。」


 この部屋まで無理やり連れてくると、そう言ってどこかへ行ってしまった。

 ここはどこなのか教えてもらっていない。

 ここで何をするのかも全く説明されていない。


 これは誘拐といっても過言じゃない気がする。しかし帰り道が分からないから、とりあえずは待つ。



 それから結構な時間放置されたので、ヒーローを呼んでもう帰ろうと思ったころ部屋の扉が開いた。


「待たせてごめんね。」


 へらりと笑って入ってきた男性は、私を上から下まで見た。


「これはまた……面白い子が来たね。」


 男性は目を輝かせる。


「どうも。」


 褒められているのか微妙だったので、てきとうに返事をした。


「あはは。じゃあさっそく話を聞かせてもらおうかな。」


 強引に話を進めた男性に、不思議と嫌悪の感情は抱かなかった。

 男性の雰囲気のせいか。


 そこから結構な時間、男性の質問に答えたり話をした。

 男性は私の話を興味津々に聞くので、私は色々と話してしまった。


「なるほどなるほど。」


 話がひと段落すると、男性は腕を組んでうなずいた。


「なかなか興味深かったよ。……それで君はどうしてもらいたいのかな?」


 そして私を楽しそうに見る。



「……あなたはどうするつもりですか?」


 私は質問に質問をするという無礼な返しをした。


 しかし男性は別に気分を害した様子無く、むしろ嬉しそうに笑う。


「んー、そうだねー。君が望まない限りは、僕は何もしないよ。僕もまだ命が惜しいからね。」


 男性は全てを理解しているのだと、私はその言葉を聞いて分かった。

 だからそのまま当たり障りのない会話を少しして男性とは別れた。






「えー!?何もしなかったのー!?」


 朝から耳がキーンとする。

 目の前にいるのに大声を出され、私は顔をしかめた。


 男性と別れた次の日、大学に来た私を朝一番に捕まえた彼女。

 昨日あったことを素直に話せば怒鳴られた。


「何で!?ちゃんと説明したんだよね!?」


 大声を出さなくても聞こえるのにわざわざうるさい。

 私は自然と距離を開けた。


 そんな私の様子に全く気付かない彼女は、また自らの中で勝手に話を進める。


「分かった!! あの人、面倒くさがったんでしょ!!まったく……私から言うから、明日また行こう!!」


 私の話は完全無視。

 ここまで来たらいっそわざとなのかと思ってしまう。



 私はため息をついた。



 未だ声を荒げる彼女を見る。


 べらべら


 ぎゃーぎゃー


 その口から出るのはもはや騒音。


 もう無理だな。

 唐突にそう思った。


 彼女をこのままにしておいて、私の平穏な日々は望めない。






 ……それならばもう


「助けて……。」


 私の小さな呟きは、目の前から出される大声にすぐにかき消されてしまう。

 しかし別に構わない。


 ちゃんとヒーローには届くのだから。


「……ふふ、じゃあね。」

「えっ、ちょっ、まだ話は!!」


 彼女にもう用はないので、私はその場から離れる。

 背中に向かって、尚もわめく声は聞こえてくる。

 私はそれを右から左に流しながら笑った。




「さようなら。」












 また、は無い。






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