6.呪い




 それは運命の出会いだった。


「初めまして。」


 そう言ってほほ笑んだ彼女に、僕は恋をした。





「とは言ってもなあ……。」


 僕は帰り道で、1人ため息をつく。


 彼女と出会ってから数カ月が経った。

 でもいまだに進展はない。

 席が隣りという好条件を手にしているのに、朝の挨拶や事務的な会話ぐらいしかしたことが無い。


 これじゃあ距離が近づくわけがない。

 僕はまた、ため息をつく。


 ……しかも彼女、他に好きな人がいる気がするんだよなあ……。

 14歳なんて恋に恋するぐらい恋愛に敏感だ。

 気になる人がいても不思議じゃない。

 でも彼女の見ている先から、それは確実に僕ではないのだ。


「はあ……。彼女の気持ちを変える方法があればなあ……なんて。」



「あるよー。」


「!?」


 ため息とともに出した切実な思いは1人だからこそ言ったものだった。

 だけどそれに返事があり、僕は驚いてそちらを見る。


「どーもー。悩める青少年よ。」


 そこには1人の男が立っていた。

 片手を上げて知り合いの様に話しかけてくる男は、はっきり言って不審者だった。


 ぼさぼさの髪、ずれた大きな眼鏡、ひょろりとした見た目。


 怪しすぎる。


 一瞬走って逃げようと思ったけど、男が言った言葉が気になって踏みとどまった。


「あの……あるとは?」

「だーかーらー、君の大好きな子を振り向かせる方法。」


 僕を指さして堂々と笑う男はうさんくさい。

 このまま高い壺やブレスレットの紹介をされたとしても不思議じゃない。

 でもそれ以上に、男には信じたくなるような何かがあった。


「ぼ、僕にそれ教えてもらえませんか!?」


 だから僕はわらにもすがる思いで男に頼み込んだ。


「ははは若いっていいねー。」


 男はへらりと笑った。


 その顔に選択を間違えたかと不安になる。

 それでも僕は帰ろうとは思わなかった。


「じゃあ教えてあげよう。恋する君は確実に好きな子の写真を持っているだろう。それを寝る前に用意して、写真に向かって好きな子の名前を呼ぶ。あとは枕の下に写真を入れて寝るだけ。どうだい、簡単だろう?」


 腰に手を当ててふんぞり返る男はとても偉そうだ。


 僕はといえば、その顔を殴りたい衝動に襲われていた。

 男が言った方法で人の気持ちが変えられるのならば、みんながこぞって試すに決まっている。そして周りはカップルばかりになるはずだ。


 馬鹿にされた。

 表には出さなかったけど、僕は怒りに満ち溢れている。

 そんな僕の事をあえてスルーしているのか、男はさらに嬉しそうに続ける。


「あー、でも注意してほしい事が2つあるんだー。1つ目は、まず周りにこれを広めてからやる事。そうすれば人の信じる力がプラスされて、このまじないがより強いものになるからー。」


 人差し指を立てて男は笑う。


「でー、2つ目が大事。相手にもし他に好きな人がいたら注意する事。まじないで人の行為を変えるって結構大変な事でね。それをやったらちょっと面倒な事態になる可能性が高いんだ。」


 中指を立てた男が眉を下げて笑う。


「面倒な事態って?」


 僕は気になって聞いた。

 もうここまで来たら最後まで付き合おうと思ったのだ。


「えーっとねー。例えば……君の好きな子の好きな人が足に怪我をしていたとする。もう一生、動かせないぐらい重い。そんな時、君がこのまじないをする。そうしたらねえ……まじないの副作用なのか君の足もその人と同じ様に傷を負っちゃう。」


 男性は失敗しちゃったんだと笑った。


「だからもしやるとしたら気を付けるんだよ。青少年。じゃあね!」

「あ、ちょっ!」


 僕が男性の言葉を整理している内に、話すだけ話して満足した男はその場を後にした。

 残された僕は狐につままれた様な気分を味わいながら、それを見送る。


 なんだか今の出来事は夢なのかと思うぐらい実感がわかなかった。


「帰ろ。」


 分からなかったけど、僕は帰り道に誰に話せばまじないが広まるか考えていた。





 男の話は本当だった。


 周りにあふれる幸せオーラに僕は内心でガッツポーズする。

 男と会った次の日、僕は噂好きの友達に話をした(もちろん僕が発信源だとわからないようにして)。


 そうすれば、徐々に徐々に話は広まった。

 今では学校で知らない人はいないぐらいだ。

 そして、みんながみんな好きな人とくっついている。


 計画は完璧。

 次は僕の番だ。

 ベッドの上、僕は彼女の写真を前に正座をしていた。


 先ほどから何度もやろうと思っているのだが、なかなか実行に移せない。

 それでもやはり彼女の事を考えると、止めるという選択肢はなかった。


「ふぅーーーーー。……伊藤ききさん。」


 ようやく彼女の名前を言った僕は、写真の中にいる彼女にキスをした。


「っあー!もう寝る!!」


 我に返って恥ずかしくなり、悶えながら写真を枕の下に入れて寝る事にした。


 これで明日学校に行けば……。

 自然とにやける顔を引き締め、僕は眠りについた。






 苦しい


 苦しい


 息が






 出来ない?


「!?」


 僕は息苦しさから目を覚ました。

 そしてすぐに声にならない悲鳴を上げる。


 首を、誰かに絞められている?

 のどの圧迫感。

 息を吸おうにも、はくはくと口を動かす事しか出来ない。


「ぐ……が……」


 そうしている間にも、どんどん圧迫する力は強くなる。



 苦しい


 苦しい



 一体どうして?


 僕は暗闇に慣れてようやく見えた、上にのっている黒いもやみたいな奴をにらむ。


 何でこんなことになっている?

 何で僕が?


 どかそうとしても動かないそいつ。


 僕の首はどんどん絞められ、そして……










 最後に彼女のことを思って、僕は。




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