5.まじない
そのまじないは、急に私の学校ではやりだした。
いつ、誰から発信されたかなんて分からない。
だけどそれは一気に学校中に広まった。
内容は結構くだらない。
夜、好きな人の写真に向かって名前を言い、それを枕の下に入れて寝る。
そうすると両想いになるという嘘くさいもの。
だから最初はみんな信じていなかった。
でも、どこかの学年の誰かさんが成功したという話が出てからみんな食いついた。
思春期まっさかりの私達は、少しでも望みがあるならかけたいのだ。
しかも用意するのは写真だけでいい。
手軽だったからさらにやりやすかったのだろう。
「ねえねえ。5組の○○さん、△△君と付き合ったらしいよ。しかもあれやってすぐに!」
「そういえば□□先輩と××もあれで付き合ったって言ってたね。」
さらにほぼ100%が付き合っている。
結果、様々な人が血まなこになって好きな人の写真を手に入れる事態となった。
私は最初、そういう人達を馬鹿にする立場にいた。
こんな幼稚な噂を信じるなんて。
そう思っていたはずなのにある日の夜。
私はベッドの上で1枚の写真を持っていた。
「とりあえず試すだけ。ダメでもともと。」
誰に向けているわけでもなく言い訳が口から出る。
私は深呼吸をした。
そして写真を見つめ思いを込めて名前を呼ぶ。
「田中……悠人。」
呼んだ瞬間、胸がきゅっと痛くなる。
私はその思いのまま写真にキスをした。
「あー!!恥ずかしい!!」
一人だけの空間だがなんだかむずがゆくなって、私は急いで写真を枕元に入れて寝ることにする。
「本当なら良いなあ……。」
目を閉じながら言った言葉は誰にも届くことなく消えた。
次の日
私はドキドキしながら学校に行った。
思いを寄せている人は同じクラスなのだ。
しかも席が隣同士。
これでドキドキしないでいつするのか。
私は少しにやけそうになる顔を押さえて、教室の扉を開けた。
「おはよー。」
「おはよー。」
……まだ、来てないか。
空いている席を残念に思いながら席に着く。
荷物を置き一息つけば、前の席の子が勢いよくこちらを振り向いた。
「おはよー。聞いたー?」
「おはよう。何を?」
別に、特に仲が良いわけではない子。
それなのに話しかけてきたという事は、よほど何かを話したいのだろう。
興味なかったが、とりあえず聞くことにした。
「あのまじないあったじゃん。」
彼女の口から、急にそのワードが出てきて心臓が止まるかと思った。
まさかばれた?
私が彼のことを好きだとバレるのは、少し恥ずかしい。冷や汗が流れるが彼女の話は違った。
「あれさー。両想いになるにはお互いにやらなきゃ効果が無いらしいんだよね。それじゃあ、やる前から両想いってことじゃん。」
彼女の言葉に私は高揚していた気分が一気に落ちた。
彼女の話が本当だったら望みがないや。
田中君とは席が隣同士だが、これといった接点がない。
話はするが遊ぶほどでもないし、きっと彼の中の私は印象が薄いだろう。
私はそっとため息をつく。
今はいない隣の席が逆にありがたい。
今日、顔を合わせるのは辛いな。
そう思ってしまったからだろうか。
「みんなに話がある。田中悠人が昨夜……亡くなったそうだ。」
先生の言った言葉が理解できない。
顔色悪く教室に入ってきた先生に嫌な予感がしたのは確かだった。
だけどこんなことってない。
何で?
どうして?
考えがあふれ出して気持ち悪い。
もう倒れかけそうなのに、先生の言葉を律儀に耳が拾う。
「昨日、部活の時も家でも変わりなかったらしい。しかし今日の朝……。詳しいことは言えんが本当の事だ。このクラスみんなで田中の通夜に行く予定だからな。」
話を聞きながら、田中君って部活やってたんだ。
何部だろう?
と関係のない事を考える。
それほど彼の死を受け入れられなかった。
それからどう過ごしたのか覚えていないが、きづいたら放課後になっていた。
周りには誰もいない。
置いて行かれたようだ。
我に返った私は慌てて荷物をまとめる。
でも焦りすぎたせいでカバンを倒し、中身が飛び出てしまった。
その中に、昨晩まじないに使った写真を見つけた。
修学旅行の集合写真なので田中君の顔は小さい。
もっと田中君がちゃんと写っているものがあれば良かったのに。
でも田中君の写真を私はこれしか持っていなかった。
だから昨晩、突然まじないをやろうと思った時、アルバムをあさる羽目になった。
私がまじないをしていた時間、もしかしたら田中君はもう……
急に寒気がした。
嫌な気配を感じたのだ。
私は耳を澄ます。
それは廊下にいた。
ズル……
ズル……
ズル……
だんだんと近づいてくる気配。
「ひっ!」
私は漏れ出そうになる悲鳴を手で押さえる。
本能でそれに居場所がばれてはいけないと思ったのだ。
怖い。
それはゆっくりと私のいる教室に来ていた。
近づくにつれ引きずる音以外にも何か聞こえてくる。
ズル
ズルル
「―――――。」
ズルルルルル
「伊藤ききさん。」
「ひいっ!?」
それは名前だった。
とても聞き覚えのある私の名前。
今度こそ私の口から悲鳴が出てしまった。
慌てて口を押さえたが、もう遅い。
それはものすごいスピードで扉の前まで来た。
閉められたドアの曇りガラスの向こう側。
うごめく黒い影。
「ひ、ひ。」
それがドアを開けるのを、私はただ見ている事しか出来なかった。
それはもう私の目の前にいた。
うごめく気持ち悪い物体。
私の体にそれがまとわりつき
そして私は……
「いやっ、いやあっ。」
「いとうききさん。」
「ムカエニキタヨ。」
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