2.咲ちゃん




 幼馴染の咲ちゃんが私は大嫌いだった。


 よれよれの洋服は鼻水の乾いた跡。

 いつも同じ格好。

 どうしてかは分からないけど前歯の欠けている顔は、お世辞にも可愛くない。


 そして時々、どこか遠くを見ては笑う姿は気味が悪かった。





 そんな普通だったら絶対に関わりたくないタイプの子。

 でも家が近いせいで嫌でも関わることとなった。

 咲ちゃんのお母さんが私のお母さんに頼んで、一緒にいないと私が怒られてしまうのだ。



 登下校は一緒。

 道端の雑草や飛んでいる虫に気を取られては、どこかに行こうとする咲ちゃんを引っ張るのは体力がいる。


 クラスの子と遊びたいのに、咲ちゃんと一緒じゃそれも無理だ。

 そんな私はだんだんと他の子と距離が出来た。


「あ、あのさ。昼休みに一緒に遊ぼう?」


「咲ちゃん何?用が無いなら私行くね。」


 勇気を振り絞って遊びに誘ってもはぐらかされて終わる。

 誘う私の隣りにいる咲ちゃんを見て、嫌な顔をしているから理由は分かっている。



 特にグループ分けが一番地獄だった。


「四人で一組作れ。」


 そう先生が言うと、みんな一斉に私たちを見る。

 そしてひそひそと相談を始めるのだ。


「どうする?」


「やだよー。咲ちゃんと一緒とか。」


「お前らのとこ入れてやれよ。」


「ふざけんなよ!絶対ヤダ!」



 ひそひそ


 ひそひそ


 いつまでもみんな誰かに押し付けようとする。そうして決まらない。



「満足にグループも作れないのか。じゃあ勝手に決めるからな。」


 最後は先生が呆れた顔で言う。


 そして勝手に決められたグループ。

 机を並べて座ればあからさまに私たちと距離が開いている。


 さらに話にもろくに参加させてもらえず、いない存在として扱われた。



 そんな日々を送る内に、段々と私は怒りを積み重ねていった。





「もう私から離れてよ!!」


 そしてある日の帰り道、ついに私は爆発した。

 いつもの様にふらふらとどこかへ行く咲ちゃんに私は怒鳴ったのだ。


「んん?」


 咲ちゃんはどこか遠くを見て笑う。

 きっと私が何を言っているのか分かっていないのだ。


 いつもならここで諦めてしまう。

 咲ちゃんと話をするのは疲れるからだ。


 だけど怒っている私は咲ちゃんの腕を引っ張って、彼女の注意をこちらに向ける。


「ねえ!聞いてる!?」


 ようやく私を見た咲ちゃんは首を傾げた。


「んんー?はなれるー?はなれるー?」


 首を右に左に動かしながら『はなれる』を繰り返し言う咲ちゃん。


「そう。いつもいつも私に付きまとってさあ。もううんざりなの!!私はみんなと遊びたいの!!だから咲ちゃんとは一緒にいたくない!!」


「そう。」


 伝わるか分からなかったけど、もう怒りで止まらなくて勢いで咲ちゃんに言う。

 するとちゃんと伝わったようで。


 私をじっと真面目な顔で見てきた。


「ほんとうにはなれたい?わたしと。もとのばしょにもどるの?」


 普段とは全く違う話し方。


 私は少しだけ怖くなった。

 でも今までの事を考える。咲ちゃんと一緒にいて良い事なんて一つもなかった。


「うん。……離れたい。」


 私の言葉を聞くと咲ちゃんはいつものしまりない顔に戻った。


「そっかそっかあ、じゃあばいばいだねー。いままでありがとーだねー。」


 そして私に手を振り離れる。



 やった。

 これでやっと私に友達が













 あれ?



 私は離れていく咲ちゃんを見ながらパニックになる。











 体が





 

 私の体が




















 消えていく。









「まって!咲ちゃん!!」


 私は突然の出来事に、咲ちゃんに助けを求めた。


 歩いていた咲ちゃんは振り向く。

 いつもの顔。


 気味の悪い笑顔。


「はなれたいっていたのはあなたでしょー?ばいばーい。」




 そういうと手を振り今度は振り向かなかった。

 私の体は、まるで地面に縫い付けられているように動かない。


 体もだんだんと消えていく。








 足





 腰









 胸







 そしてすべてが消えようとしていく中、私は思い出した。













                  そ






         う











                                  だ




   わ











                               た








             し





















           は









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