3.おもいあい




「最近、誰かに見られている気がするの。」


 放課後の教室。

 彼氏と二人きりで残りくだらない話をしていた時、私は言った。


「気のせいじゃねえの?」


 彼は一瞬キョトンとした後、すぐに笑う。

 その顔は私の話を全く信じていない。


「そうかもしれない……けど、なんか気味が悪くて。」


 私は自身の体を抱きしめる。



 作り話ではなく実際に一週間前から視線を感じていた。

 初めは気のせいかと思っていたが、まとわりつくような嫌な感じがあるので恐らく見られている。


 それでも、まだ私の勘違いの可能性はあるが。


「学校とか外だけなら気のせいかもと思ったよ。でも家にいる時も……。」


 私の言葉に彼は目を見開く。


「家?それはやばくないか?」


 驚きから身を乗り出して聞いてくる。どうやら少しは信じてくれたようだ。


「たぶん……だから怖い。」


 抱きしめる力を強める。

 それを見た彼は眉間にしわを寄せた。


「分かった。俺もできるだけ一緒にいて、そいつ見つけてやるよ。」


 震えそうになる私の頭を、安心させる為に彼は撫でる。

 撫でてくれる手の優しい感触に、何だか涙が出そうになった。

 今まで誰にも相談できなかったので、色々たまっていたようだ。


 でも泣くのは恥ずかしくて、私は口をとがらせて手を軽く払った。


「しょうがないからお願いする。」


 言い方が少しぶっきらぼうになってしまったが、長年一緒にいる彼は笑って了承してくれた。





「よし、まずは情報を集めよう。」


 僕、四宮賢人は怒りを胸に感じながら作戦を口にした。


 彼女であるまゆは可愛い子だ。

 だから狙っている男はたくさんいる。

 そいつらを今までけん制していたが、まだ足りなかったようだ。


 まゆの心細げな顔を思い出して唇をかみしめる。


「とにかくまゆの周りに変な男はいないか調べないと。」


 見つけたら許さない。

 僕は拳を握りしめた。





「……ゆ、まゆ大丈夫か?」

「え!あぁ、うん。」


 彼の言葉に私は我に返る。

 考え事をしていたからかぼーっとしていたようだ。


「ごめん。ぼーっとしてた。」


 彼に心配をかけたくなくて私は笑う。

 でも彼は、急に少し怒った顔をした。


「そんな顔するぐらい何かあったんだろう?話せよ。」


 あぁ、やっぱりごまかせないな。

 隠し事がばれてしまったのに私は嬉しさを感じた。ちゃんと彼が心配してくれて、私の事を分かっている事が少し気分を軽くしてくれる。


「……あのね。今日、学校行こうと思ったらポストにこれが入ってて。」


 私はカバンからA4サイズの茶封筒を出した。

 彼はそれを手に取り慎重に中身を取り出す。


 そして目を見開いた。


「なっ!これって!!」


 彼の手には、たくさんの写真。


 その全てに私が写っていた。

 目線はどれもずれていて盗撮だとすぐに分かる。


「こんなのおかしいだろ。警察に相談したほうが。」

「これだけじゃきっと真剣に探してくれないよ。それに相手が逆切れしたらって思うと……怖いよ。」


 私はテレビのニュースを思い出す。ストーカー行為を相談しても、接近禁止命令ぐらいしかしてもらえないと聞いた。

 きっとこれぐらいの事じゃ見つかっても注意ぐらいで終わってしまう。



 そのあとは?



 家まで知られている。

 相手はどこで見ているか分からない。

 誰かなのかも検討が付かない。


 それじゃあ、どうしようも出来ないじゃないか。



「もう少し……もっと証拠がそろったら相談しようと思う……。」


 本当はもう嫌だ。

 怖いし、気持ち悪い。


 でも今は我慢しなくちゃいけない。

 そう思うのだが正直な体はカタカタと震えだす。


 やっぱり怖い。

 家も学校さえも安全じゃないのだ。これ以上何もしない方が、相手を刺激しないかもしれない。


「大丈夫だから。」


 諦めかけていたその時、彼がふわりと私を抱きしめた。

 優しい香り。


 あやすように背中を叩かれれば、私の涙腺は崩壊した。


「ほんとはっこわいっ!」


「うん。」


「でもっ!それじゃだめでっ!」


「うん。」


「だからだから!!」


「うん。」


「大丈夫だから。まゆの事はちゃんと俺が守るから。」


 彼の言葉は私の心を癒していく。

 私はしばらくの間、彼に抱き着きながら子供のように泣いた。





 絶対に許さない。

 まゆをあんなに泣かせるなんて。


 僕は怒りが頂点まで達するのを感じる。

 害がないかと思って放っておいたが、間違いだった。

 自分の愚かさに僕は唇をかむ。


 でも過ぎた事はしょうがない。

 今からどうにかすればいいのだ。


 幸い相手の男の情報は、大体集まった。

 あとは罪を突き付ければいい。


 僕は意気揚々とまゆの元へと向かう。



 まゆは今日もいつもの教室にいた。

 僕を待っている間に疲れたのか、頬杖をついて寝ている。


 危機感が無いのは心配だ。しかしこんな状況だけど、まゆの可愛さについ頬が緩む。

 でもそれはすぐに引き締める事となった。



 あろう事か、教室にいたあのストーカー野郎が僕のまゆに近づいているのだ。

 にやにやと気持ち悪い顔をして、まゆのいる机へと近づく男。


 もちろん僕がそれを許すわけはなく、急いで走った。


「おい!」


 僕が怒鳴るとそいつの歩みは止まる。

 そしてこちらを見て眉を寄せた。


「……何?」


 態度の悪い返事に、ますます僕は怒る。


「ストーカーがまゆに近づくな!」


 そう言えば、男も僕が誰なのか分かったのか、


「てめぇが。」


 呟き睨んでくる。

 普段なら怖いが、今はまゆを助けるため。それなら僕は手段を選ばないと拳を握る。


「んん、うぅ、ん?」



 一触即発


 そんな空気を壊したのはまゆだった。

 騒がしくしすぎたようで、起こしてしまったらしい。


 彼女はしばらくの間、少しぐずると目を開けた。

 そして僕達二人を交互に見る。

 状況が理解できないのか首を傾げて言う。


「……あなた誰?」



 彼女の視線の先には……









 どうしてぼくをそんなめでみるの?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る