夏の終わり (中編)
扉を開くと、そこは町がひろがっていた。ひとはだれもいない。生き物の気配もない。公園が近くにあって、近づくとクマやライオンの遊具が置かれていた。その公園のとなりの坂を行く。丘のうえには太陽が輝いていた。電信柱でセミがはりついている。肌を刺す光を感じたが、暑いとは思わなかった。それを感じる機能は、いまのところない。二人で丘の上へと足を運び続けるが、どこまで行っても、住宅だった。
彼は、ぽつりと言った。
「若者は、みな、あの戦争でいなくなってしまった」
「―――戦争?」
それは、わたしの記憶巣にはなかった。
「遠い昔のことさ……」
彼は、唇をかみしめた。
わたしは、周囲をみまわした。戦争があったとは思えない、りっぱな造りの町だった。
いったい、自分はいつ作られたのか、知りたいと思ったが、彼の青ざめた表情は、その問いを拒否していた。戦争で若者は死んだ。しかしいま現在、少なくとも、流通業者や、ロボット産業は生きているはずだ。わたしの姉妹だってどこかで稼働しているだろう。誘惑は大きかったが、わたしには、連絡を取る手段はなかった。わたしはオーダーメイドなのだ。アンドロイドどうしの通信は、想定されていない。その意味では、彼も同じだった。彼は孤独な独り身の老人で、だれも相手にしてくれないからアンドロイドを購入したのだ。それを思うと、わたしは少し、悲しくなった。なぜ、そんな気持ちになるのかわからなかった。
「この近所のコンビニは、ぜんぶAIが占拠してる。若者がいなくなったから、オートメーションが進んだわけだ」
なぜか楽しそうに、彼はそのコンビニを指さした。
「行ってみるかい」
「悪趣味です」
わたしは、無表情にそう言った。
「どのみち、昼食を買わねばならんのだ。連れて行っておくれ」
命令とあれば、しかたない。わたしは丁寧に彼の手を取って、そのコンビニに近づいた。
コンビニの自動ドアが開くと、いかにもマシンの筐体(きょうたい)をしたロボットがレジに立っていた。昼食を買うと、「唐揚げもいかがですか?」と聞いてきたので、無視して外へ出て行く。自分とは別の機種とはいえ仲間があんな無骨だなんて、と思うと、いままで感じたことのない感情がこころの中を乱舞した。
「梅おにぎりか。この暑いなか、なかなかの選択だな」
彼がそう褒めてくれる。
「人間は、あなただけなのですか? まるでひとを見かけません」
わたしが言うと、彼は肩をすくめて、
「来いよ。いいところへ連れてってやる」
おにぎりを食べながら、彼は歩き出した。年をとっているとは思えない、かくしゃくとした歩き方だ。さっきまでよろめいていたのが嘘みたいだ。
「腹が減ると、歩くのは大変だ」
わたしの疑問を彼は一蹴して、どんどん先へ歩いて行く。わたしはあとをついていった。
細い路地を右に曲がると、おおきな広場に出た。ずらりと灰色の石が並んでいる。
「根の国への通路さ」
彼は、少しの間、石を眺めていた。
わたしは、頭のなかでインターネットを検索した。根の国とは、あの世のことであるという。あるいは、新しい惑星を示す言葉でもあるという。もしかしたら、戦争で死んだ若者たちは、この石の下に葬られているのだろうか。彼はどうして、わたしを購入したのだろう。
散歩が終わると、彼はソファに身体を横たえた。
「思い出だ」
彼は、リビングの写真に目をやった。わたしそっくりの若い女性と子供が、無邪気に笑っている写真立てだ。
「取り戻せない過去だ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
わたしは、小首をかしげる。
彼は、この写真の人物が自分の家族で、若者だけを殺す細菌戦争で死んだことを告げた。
そのかわりにわたしがいます。と、口にしかけたが、声に出なかった。
たかが機械人間のわたしが、家族になれるだろうか。
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