魔女納め

 世の中が仕事納めで浮かれている中、残業して疲れて帰る男の足取りは重かった。仕事の合間に大掃除に駆り出され、重たい書類の整理もした。


 明日も仕事か……ああ、誰かもう今年を終わらせてくれ……男は人気のない暗い通りをうつむきながら歩いていた。


「終わらせますよ!」


 ん? 占い屋?――男は煌々とした四角い行燈に吸い寄せられるように、声の主の方へと近づいて行った。


 行燈の置かれた簡素なテーブルの向こうには、ショートボブに赤いリボンを付けた若い女の子がセーラー服を着て座っていた――女子高生か?


「あ、このコスチューム気に入っちゃいました? ちなみに占い屋じゃないですよ!」

 女の子は活発な声で男に言った。

「まあ、座って座って!」

 男は促され、置いてあったパイプ椅子に座った。


「占いじゃなくてぇ……終わらせ屋……? 納め屋?? まぁどっちでもいいや! お客さん、もう今年なんて終わっちゃえ~! バイバ~イ! 仕事なんて勝手に納まればいいじゃ~ん! いぇ~い! って思ってたんでしょ?」


 男は、そんなパーティーピープル的な感じなら明日も余裕で仕事が出来そうだと思ったが、今年なんて終わってしまえば良いという自分の考えていることが分かったのは不思議に感じた。まあ、俯いてトボトボと歩いている姿から予想もつくだろう――


「そ・こ・で! んっ……しょっと……」

 女の子は、テーブルの下から四体の魔女のフィギュアを取り出した。


「じゃーん! 魔女納めで~す!」

 男は魔女納めとは何だろうと思ったが、すぐに女の子が説明を始めた。


「魔女納めとはなんだ? なんのことなんだ!? なんだバカヤロー! と思ったそこのあなた! 怒っちゃや~よ……」

 行燈に映し出された女の子の薄っすらと赤くなっている頬を見て、男は夜風の冷たさを感じた。


「コホンっ……せ、説明しよう! この四つの位置にある魔女をどれか一つを選んで、私の足元にある小さな箱に納めて下さい――」


 女の子の説明によると、魔女のフィギュアはそれぞれの位置によって、『やさしい』『ふつう』『むずかしい』『ゲキムズ』と難易度が設定されているという――


「サッサと今年を終わらせたかったら『激』がとってもオススメですよ~!」

 難易度と言っても、単にフィギュアの重さが違うだけだったが、男はオススメの一番重たい『激』を選んだ。


「はい! 魔女の位置『激』で~す!」

 男は『激』の位置にある魔女のフィギュアを掴んだ。


「けっこう重いな……」

「両手でギュッと優しく掴んで下さると魔女も喜ぶと思いますよ~!」


 男はとても片手では持てないと思い、両手で魔女のフィギュアを持った。


「最大の難関は、私のこのスラリと伸びた脚でしょうか~。見とれないでしっかり箱に納めて下さいね~」


 フィギュアを箱に納めようと屈んだ男は、たしかに黒いタイツを履いた女の子の脚から薄っすらのぞく素肌には、魅惑的なものがあると思った。


 男は、女の子の脚から目が離せないまま、なんとか小さな箱に魔女のフィギュアを納めた――と同時に、男は腰に稲妻が走ったような痛みを感じた。


「お、終わった……」

 男は女の子の足元に倒れ込み、そのまま動けなくなった。


「はーい、あなたの『こ』と『し』はもう終わりで~す!」

 女の子の元気な声が、夜の闇へと響き渡っていった。


 ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇

 


 ※ドイツ(欧米?)では、ギックリ腰の事を「魔女の一撃」と言うそうです。

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