セツトドリンクバー

 残業を終えて重い足取りで歩く男の腹は減っていた。人気のない夜道で男は立ち止まる。


 あれ? あんなところに店なんてあったっけ?


 赤丸に「ゲスト」と白抜きされた文字の看板が煌々と男を誘っている。男は吸い寄せられるようにその店に入っていった。


「イラッシャイマセ」


 なんか上から目線のムカつく顔のロボット店員だな


と男は思ったが、とりあえず腹が減っていたのでロボットの胸パネルに表示されているメニューを見た。


「カツドン、テンドン、ステーキドンと……丼物しかないな……」


 男はパネルをタッチして全ての食事メニューを表示させた。


「全部カタカナで書いてる……怪獣の名前かって言いたくなるな……カタカナばっかりだと……」


 男はブツブツ言いながらメニューを眺めている。


「イマ、カイジュウノナマエカッ! ッテオモッタデショ」


「……」


 男はロボット店員を蹴り飛ばそうかと思ったが、とりあえず腹が減っていたので『テンドン』をポチッとした。


「ゴイッショニドリンクバーハイカガデスカ!」


「うぉい!!」


 男は突然の大音量に体をビクッと引きつらせた。ロボット店員の音声ボリュームの調子が悪いようだ。


「びっくりしたなぁ、何だよもう……。じゃあ、頼もうかな」


「ヘイ! セツトドリンクバーイッチョウ! ハゲミニナリヤース!」


「うぉい!! うっせー! なんかセリフもおかしいぞ……壊れてんのか?」


 男はここで初めて店内を見回した――ホールには誰もいないようだった。


「デハ!!」


 大音量に反応した男は、思わずロボット店員の頭部を叩いた。


「オセキマデゴアンナイシマス。コチラヘドウゾ」


 ロボット店員の音声ボリュームが小さくなり、女性の声へと切り替わった。


「なんだかしおらしくなった感じだな……」


 男は案内され席へ着いた――と同時にロボット店員がロケット噴射をして厨房の方へと飛んで行った。


「ゴホッゴホッ……どうなってんだあのロボット……てかドリンクバーどこだ……」


「セツでございます……」


「うぉい!!」


 男は突然の囁きに体をビクッと引きつらせた。


「セツでございます……」


 男は自分の耳元で白い服の老婆が囁いているのを見てさらに怯えた。


「セツでございます……」


「え? セツさん?」


「セツで……」


「もうわかったから! 耳元で囁かないで!

セツさん、どうしたんですか? てか客いたんだ? ん? 客? それ割烹着? 女将さん??」


「では……お供いたします……」


 老婆は小刻みに震える手を男の腕に掛ける。


「え?」


「お供いたします……」


「え? どこへ?」


「ドリンクバーでございます……」

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