風の声が聴きたい

めぞうなぎ

風の声が聴きたい

(屋外に男が二人)


「うん、うん、うん……え? おい、ちょ、何だよお前、えーっ!? しゃーねーな、わーったよ――んだよアイツ、直前に予定キャンセルしやがって。お陰で寒空の下、野郎二人じゃねえか」


「なに、小崎来られなくなったの?」


「うん、なんか急に用事入ったんだって。どうすんだよ、折角3人で缶蹴りして遊ぼうっつって公園来たのによ」


「そっかー、夕暮れ時までみっちり遊ぶつもりだったから、今が十三時で――あと五時間はあるな」


「かーっ、どうすっかなー、お前と二人じゃそんなに時間潰せねえだろ」


「あ、じゃあさじゃあさ、暇潰しに俺の特技見るか?」


「お前の特技ってあれだろ、鼻の穴にピーナッツ突っ込んで口から出すってやつだろ。いいよ、もう飽きるほど見てるもん」


「実はもう一つ、とっておきのがあるんだよ」


「え、なになに?」


「なんと俺――風と会話できるんだよ」


「は? 風? この、ぴゅうぴゅう言ってる風か?」


「そう、ウインドの風だ。見てろよ――あ、聞こえる聞こえる。え、そうなの? 病院とか行った方がいいんじゃない?」


「目下、お前の方が病院に行った方がいい奴になってるけどな。虚空に話しかけて気持ち悪い――」


(ひゅぅぅ……)


「風切り羽で切られて痛い? 絆創膏貼ってあげるよ」


「風切り羽ってそういうことじゃないだろ!?」


「お前は風の声が聞こえないからそんなこと言えるのかもしれないけどな、こいつ本当に痛そうだぞ?」


「だから、さっきから痛いのはお前の方だって……」


(ひゅぅぅぅ……)


「えっ、服も破風で破れちゃったのか、大丈夫、俺が繕ってやるよ」


「え――? なに、それほんとなの?」


「だから言ってるだろ、俺は風と会話できるんだって。風用の裁縫セットもあるんだぜ」


「はー、世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいあるんだなー……」


「そういうこと。――はい、治った。これでいいだろ。え、あ、そう、ふーん、それは聞いたことなかったな」


「今度はなんだって?」


「待てよ――」


(ひゅぅぅぅぅ……)


「風が車に乗るのも? 免許がいるの? 風力発電の普及で? 風車がいっぱい建って? 風の雇用が増加、あそう」


「ちょっと、風ひと吹きで語り過ぎじゃない!?」


「こいつ、今年就職したらしいんだけど、周りから先輩風吹かされて困ってるんだって、大変だな。新しい風が吹くことだって必要だよな?」


(ひゅっ)


「えー、そんなことあったんだー。それはキツイわ」


「話変わったの?」


「好きな子に告白しに行ったら、ウインドブレーカー着てたらしい。踏み出す前から拒否されてるとか、そりゃ流体でも凹むわな」


「あー、そう……」


(ひゅーるるるる)


「そっかー、やっぱ風の中でも、春一番ってモテるんだ。女ってほんと、そういう肩書に弱いよな!」


(ひゅんひゅんひゅん)


「ふーん、風の中では、間男に風間かざまってアダ名つけるらしいぞ」


「いや、俺に言われても困るよ?」


(ひゅーぅ)


「風見鶏が風の吹く方向を向くのは、飛んでいく風の女の子のスカートん中覗いてるからなんだって」


「さっきから俺たち人間には実益のない話ばっかだな」


(ひゅるっ、ひゅーぅぅぅぅぅ……)


「あ、今の風の吹き方、今風いまふうらしいよ」


「分っかんねぇ~」


「あのな、お前はもっと風と通じ合う努力をしろ、ツーカーならぬ通風の仲だよ」


「痛風みたいでなんか嫌だな」


(ひゅるんる)


「ほら、風が悪いことしたら風船の中に閉じ込められるらしいぞ、お前も今のままじゃ風船行きだ!」


「説得力のない呼び水を向けられてもなあ……」


(ひゅー! ひゅー!)


「風も、お前は風水的によろしくないって言ってるだろ」


「だから俺には分かんねえんだよ、二人で――この言い方が正しいのか知らねえけど――仲良くやってくれよ」


(ひゅっひゅっひゅ)


「え、やっぱりそうなんだー! 俺も絶対そうだと思ってたんだよー!」


「で? 今のはどんな有り難いお話なんだ?」


「台風って、サングラス外すと意外と可愛い目してるらしい」


「――それはちょっと興味あるな」


(ひゅんひゅるるん、ひゅるるるひゅるる、ひゅるるる)


「ひゅんひゅるるん、ひゅるるるひゅるる、ひゅるるる、だって」


「どういうこと?」


「風物詩らしい」


「俺には分かんなかったけど」


「俺も分かんない」


「芸術って難しいんだな、人風問わず」


「そうだなー」


(ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ)


「へー、俺も今度行ってみようかな」


「今度は一体何だよ?」


「風鈴がいっぱいあるところは、風にとって夏フェスの会場なんだって」


「うん、まあ、高い音とか低い音とかあるからね、そうかもしれないけどね」


(ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ! ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ!)


「え、どうしたの、そんなに急いで?」


(ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ! ひゅひゅひゅひゅひゅひゅ!)


「――なんだって!? おい、風の知らせだ! 風のイタズラで、干してあったかわいこちゃんの下着がさらわれたらしい!」


「なにぃ……? ――よぉーし、探しに行くかぁ! 時間はたっぷりあるからな!」


しずかなること林の如し!」


「侵掠すること火の如し!」


「動かざること山の如し!」



『そしてぇ!』


はやきこと風の如し!』



「待ってろよ!」


「かわいこちゃん!」


「缶なんか蹴ってる場合じゃねえ!」


「急げ! 気風きっぷの良い風の親切を無駄にはできねえぞ!」


――。


かくて男ども、風と共に去りぬ。



************



風の噂によると、こんなことがあったとか。

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風の声が聴きたい めぞうなぎ @mezounagi

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