第7話 松五郎の白玉水
その日は、雲ひとつない冬晴れであった。
穏やかな空気は、真冬とは思えなかった。
松五郎は、血色も良く、朝の粥を全て平らげた。医者の出してくれた薬を飲み、支えられることなしで布団の上に半身を起こして、桃鳥や小典が来るのを待っていた。
小屋の外に吉太郎に支えながら出た。
長椅子が置かれており、松五郎は、そこに座った。周りには、小典、桃鳥、吉太郎、そして、松五郎がいる。何かあるといけないということで、離れたところに江頼屋の奉公人がいつでも医者のところへ行けるように待機していた。
風が優しくながれ、松五郎の頬をなでた。
松五郎の体躯は、はじめて小典が会ったときよりも二回り以上は小さくなっているように感じた。
それでも、今日の松五郎の顔には不思議な微笑が張り付いていた。どこか清廉さすら感じさせる笑みであった。
松五郎が、ふと、天を眺めた。
お天道様の光が一瞬だけ光った、気がした。
その時、庭に気配がした。
ふんどしを締めて、紺色の半被を着て、傘を深くかぶっている人物がいた。その肩には天秤棒を担いでいる。天秤棒には、ふたつの桶と縦長の小箱がついていた。
「あっ……あっ……」
松五郎が驚愕の表情で眺めた。声が出てない。震える手を伸ばして、ヨロヨロと立ち上がってその人物に近づいた。
驚き、支えようとする小典と吉太郎に、桃鳥は手で制した。
松五郎が近づく間、天秤棒の男は、慣れた手つきで陶器の器を出し、桶に水を注ぎ、小箱から砂糖をすくって入れた。最後に、同じ小箱から白玉をすくって器に落とした。
白玉水だ。
それを松五郎の前に差し出した。
松五郎は震える手で受け取ると、器を顔の前にもっていき、しばし、ジッと器の中を眺めた。日光が反射して、キラキラと輝いた。
松五郎は満足そうに頷くと、一口飲んだ。
笑った。
また一口飲んだ。
その顔は、老人のそれではなかった。紛れもなく少年の笑顔そのものであった。
そのまま一気に器の中身を煽ると、最後に白玉を口に含んだ。
瞳を閉じて噛みしめる。嚥下するのがわかる。
「……嗚呼、おいしかった」
松五郎は、消え入りそうな声でそう言うと、ゆっくりと前のめりに倒れた。
天秤棒の男が抱き留める。
唇が動いた気がしたが小典には聞き取れなかった。
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