第1話 出会い
ろうそくの火を消すように、ふっと息を吐いたと同時に、目の前に赤が飛んで滲む。今年で18歳を迎える新島隼人は、無表情でそれを見ていた。さっきまで綺麗に白かった壁がもったいなく感じる。まだ生活感のある空間に漂う、それにそぐわない鉄の匂いとグロテスクな死体は、もう見慣れてしまった。
「ええと…こいつはc-0085…だったか?」
一見野蛮にも見える目付きでこちらを見たのは、隼人の上司であり、お世話係でもある竹本康史だ。歳は、詳しくは聞いたことがないが、30代後半だろう。奥さんも子供もいるらしく、携帯の待受画面は笑った二人の顔写真だ。正直に言うと、怖い顔をしている竹本が家族を大切にしているのだと気づいたときは安心した。
「自分で確認してくださいよ…俺達の班は、もうこれで終わりですね。たぶん一番乗りですよ。」
俺達は、第二楽団と呼ばれる班に所属している。もちろん音楽をする団体というわけではない。どうして楽団と呼ぶのかは分からないが、初代から呼び方は変わっていないらしい。楽団は全部で6組あり、第一楽団から順に重要な仕事を任されていく。つまり、第一楽団が1番偉いってわけだ。俺ら第二楽団だって、別に位が低いわけじゃないし、どちらかといえば高いほうだろう。でも、第一楽団とは任される仕事内容が全然違う。第二楽団から第五楽団までの仕事は基本同じだ。NCG処理義務執行班、つまり簡単に言うと「ゴミ捨て係」ってやつだ。それに対して第一楽団は「ゴミ管理班」、第六楽団は「ゴミ集計班」というやつだろう。第一楽団はただ画面とにらめっこしてNCGの数を確認し、AIからどこで捨てるのが適切かの指示を受け、それを俺達に伝える役目を担っている。第六楽団は、俺らが捨てたゴミをまとめ、NCG数の確認と最後の処理を行う。第一楽団も第六楽団もきっと俺には向いていないだろう。
「じゃあ帰るか。あ、そーいや、今日新入りが入るって言ってなかったか?」
「ああ、たしかそうでしたね」
ゴミ収集社に就職できるのは、毎年ひとりだけ、全国の高校3年生の中で選ばれた者だけだ。条件は「精神・体力ともにそれに向いている者」という単純なもの。
「国も、めんどくさい決まりを作ったもんですね」
「そうしなきゃ、誰もこんなとこになんて入ってこないからだろ」
まあ、その言葉には納得がいく。俺だって、別に入りたくて入ったわけじゃない。みんな感覚が狂ってるんだ。「ゴミを捨てる」なんて名目で、そんなのただの人殺しじゃないか。これから来る子も可哀想だ、そう思った時、
「あ、あの、こ、ここのお掃除に来たんですが…」
少し暗めの短い茶髪に、まだ初々しく俺らを見る目。ああ、もしかして
「新入り…か?」
竹本が声をかけると、びくっと肩を震わせて慌てて話しだした。
「あ、は、はい!!えっと…だ、第二楽団に入らせて頂けることになりました、鮎川桜です!!よろしくお願いします!」
鮎川は勢いよく頭を下げ、続けて力を込めて顔を上げた。女の子か…最初、男の子かとも思ったが、「桜」という名前なら女の子だろう。それに、よく見たら目もぱっちりとしていて、女の子顔だ。
「じゃあ、これ、掃除してもらえるかな」
新島はそう言いながら、血しぶきを浴びた白い壁を指さした。
「ひっ」
鮎川は、また小さく肩を震わせると顔を青白くさせた。
「は、はい…わかりました…」
とぼとぼと掃除道具を持って歩いていく彼女の後ろ姿を横目に、新島は竹下に話しかけた。
「あの…あの子、大丈夫なんですかね?あんなおどおどしている子なんて初めて見ましたけど」
「選ばれたっつうんだから、大丈夫だろ。AIが間違えるなんてこたあねぇよ、人間じゃあるまいし」
そうだ、選んでるのは人じゃない。AIだ。この国は、AIに支配されてしまった。
人ゴミ 花畑るん @rnrn775
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人ゴミの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます