09.ビキニアーマーを着た女戦士はいない


 1


 アルを仲間にした俺たちはその後、当初の予定どおりギルドへ行ってみることにした。やはりティナ以外の仲間がアルだけでは心もとないし、少なくとも自分より頼りになる年長者がパーティに1人は欲しいところだ。

 

「ここか……」


 ティナに案内されて辿り着いたのは、俺の世界でいう古い銀行のような建物だった。

 亮に勧められてプレイしたゲームのイメージのせいか、もっと『○○の酒場』的な場所を想像していたのだが。


 ―― ぎぃぃ……。 ――


 大きな木製のドアを開いて中に入ると、40メートル四方はありそうな広いホールに大勢の人がうろついていた。

 デカいハンマーを担いだおっさんや、ティナと同じ魔法使い風のローブを着たお姉さん、腰のベルトにブーメランを差した人がいるかと思えば、背中に弓を背負った狩人っぽい人もいる。受付は本当に銀行か役所のような感じで、いくつかの窓口にお姉さんが立って利用者たちと何やら話していた。


「さて、仲間の勧誘ってどうすればいいんだ? カウンターにいるお姉さんに手続きしてもらって、あそこのデカいボードに貼り出してある求人票みたいなやつで募集かければいいのか?」


 とりあえず、目についた光景からギルドの利用法を予想してリーリアに訊ねてみる。


「それが正式なやり方ではあるけど、その辺を歩いてる人に直接声をかけたほうが手っ取り早いわよ。あ、でも暑苦しい男は駄目だからね」


「だから見た目で選ぶなって。肝心なのは経験豊富な冒険者かどうかってことだ」


「それなら僕の知り合いなんかどうでしょう? フリージアさんという方なんですが……」


 アルが俺とリーリアの会話に割り込んできた。

 そういえばアルも冒険者の端くれだったか。それならかつて一緒に旅をした仲間の1人や2人はいてもおかしくはない。


「アルの知り合い?」


「はい。今は半分引退されていて、後進の育成活動みたいなことをされているんですけどね。彼女は僕にとっても冒険者としての師匠みたいなものです」


「彼女、ってことは女性か」


「ええ、でも腕はかなり立ちますよ。なにせ現役の頃は『100人斬りの赤鬼』と呼ばれていたそうですから」


「その物騒な異名を聞く限り、頼りにはなりそうだな……。で、その人はどこにいるんだ?」


「ほら、あそこのカウンターで受付をしてる人ですよ。おーい、フリージアさーん!」


 手を振って名前を叫びながら、アルはカウンターにいるお姉さんのほうへと走っていく。

 そこにいたのは、亜麻色あまいろの長い髪をうなじの後ろで束ねたお姉さんだった。

 いかつい異名とは裏腹にかなり美人なうえ、しかも胸がデカい。武術で敵のリーチや体のサイズを見切ることに慣れた俺の観察眼から見て、バスト95はあるだろうか?


「フリージアさん、お久しぶりです」


「あら、アルくんじゃない? 久しぶりねぇ、お父さんは見つかったの?」


 フリージアと呼ばれたお姉さんが明るい口調でアルの挨拶に答えた。ちょっと相手を子供扱いするような声の調子は、彼女が姐御あねご肌の女性であることを感じさせる。


「いえ、まだなんですが……。今日はフリージアさんにお願いがあって来たんです」


「お願いってなあに? また剣の稽古でもつけて欲しいのかしら」


「実は、そこにいるトウマさんという方が……」


 アルはフリージアさんに俺が異世界人であることや、元の世界に戻るために『アウラの涙』を探そうとしていること、旅の仲間を募るためにここを訪れたことを伝えてくれた。

 ここに来るまでの道中に俺が大体の経緯いきさつをアルにも話しておいたのだが、おかげで説明が二度手間にならずに済んだのは正直助かる。


「へぇ、異世界から来た子ねえ……」


「どうも、神代燈真といいます」


「トウマくんね。私はフリージア・テスタロッサ、20歳よ」


 フリージアさんはまるで値踏みするかのように、俺の姿を足元から頭のてっぺんまでジロジロと眺めている。

 俺のほうも負けじとフリージアさんの胸を舐めるように観察したいところだが、女性――特に胸の大きい女性は男の視線に敏感らしいので自重しよう。


「なるほど、戦いの経験はそこそこありそうね。けど冒険に関してはからっきしの素人って感じ」


「…………」


 一言一句彼女の言うとおりなので、特に何も言わずに黙っておく。


「それで、私にコーチを頼みたいってことでいいのかしら?」


「まあ、そういうことですかね。とりあえず、俺が旅に慣れるまでの間だけでも色々と教えていただけると助かります。あ、それと資金調達のための仕事も紹介していただければ……。なにせ俺、この世界の通貨に関しては無一文なもので」


「それならちょうどいい仕事があるわよ。あなたの実力も知りたいし、テスト代わりに請けてみる?」


「それじゃあ、是非お願いします」


「旅の資金といっても、何事も初期費用ってのはかさむものだからね。初心者にはちょっと危険な仕事だけど、これをこなせば旅の道具や装備一式買い揃えるぐらいのお金は十分稼げるわよ」


「……一応どんな仕事か、先に聞かせてもらってもいいでしょうか」


「うふふ……ズバリ、ワーウルフ退治よ。とりあえず今回は私もついて行くから、あなたの仕事ぶりを見て、もしも鍛えがいのありそうな子だと思ったら仲間になる件も考えてあげるわ」


 2


 その日、俺たちはとりあえずアルの泊まっている宿屋で1泊して、ワーウルフ退治には夜が明けてから行こうということになった。すでに昼を回っていたし、冒険の初心者が夜に魔物の巣へ向かうのは危険だとフリージアさんにアドバイスされたからだ。

 そして次の日の早朝――俺たちは町の外に集まっていた。これから町の東にあるという、ワーウルフたちが根城にしている城跡へと向かう。


「トウマくん、アルくん、ティナちゃんにリーリアちゃん。よーし、皆揃ってるわね」


 引率係であるフリージアさんがパーティの点呼をとる。

 今日の彼女はギルドの受付嬢をしていた昨日と違い、ちゃんと旅に相応しい出で立ちをしていた。女戦士というよりは女盗賊といった感じの動きやすそうな服装で、髪が乱れないようバンダナで頭部をすっぽりと覆っている。服は首元のほうこそ少し胸の谷間が覗いているが、よりにもよって一番肝心な部分が弓道で使われるような広い革製の胸当てで隠されていた。


(くそっ、女戦士っていうからビキニアーマーを期待したのに……。やっぱり現実は防御力重視で、肌の露出は少なめかよちくしょう!)


「トウマさん、どうかしたんですか? そんなに拳を握り締めて……」


 アルが不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。お前には分からないのか、男のロマンというものが。


「そういや今日はお前も鎧着てるんだな」


「もちろんです。昨日は買い物に出ただけでしたから普段着でしたけど、町の外に出るときはいつもこの格好ですよ」


 今日のアルは胸から上と肩だけを覆う簡素な鎧を身にまとい、腰には刃渡り70センチほどの細身の剣を帯びていた。馬子にも衣装とはよく言ったものだが、こうしてそれっぽい格好をしてみると、確かに勇者の息子らしく見えなくもない。


「ああ、そういや俺は武器も防具も持ってないんですけど、このままの格好で大丈夫なんですかね?」


 俺は昨日ギルドに行った後、この世界でも浮かない服装にするために古着屋で着ていた服を交換してもらった。高校の制服は布地の質が良かったのか、意外にもナイフで斬られたブレザーまでがそこそこ高値で買い取ってもらえたため、俺が今着ているのはゲームでいう『布の服』ではなく『旅人の服』といったレベルのものだ。

 とはいえ、ほとんど防御力が期待できないのには変わりない。ワーウルフという魔物がどんなのかは知らないが、“ウルフ”というからには牙と爪を持った狼の一種だろう。そんなものと戦うのにこんな格好でいいのかどうか、俺はフリージアさんに訊ねてみた。


「そう言うと思って、ちゃんと持ってきてあげたわよ。はいこれ、革の鎧と剣。剣のほうは私が使ってたお古だけどね」


 フリージアさんが渡してくれたのは、くたびれた革製の鎧と刃の分厚い剣だった。


「へぇ、凄いな」


 鞘から抜いてみると、それはなかなか見事な剣だった。

 これはブロードソードというやつだろうか? 俺はそれほど西洋剣に詳しいわけではないが、つばつかの傷み具合から見てかなり使い込まれているのに、刃の手入れはよく行き届いているのが一目で分かる。

 刃渡りは80センチ、幅は10センチ近くありそうだ。重さは3~4キロといったところだろうか。とりあえず経験しておけと親父に言われて一度だけ巻藁まきわらを斬ってみたことがあるが、そのときに使った日本刀の倍近くは重く感じる。


「おっ、結構重いなこれ」


「あら、男の子ならそんなので重いなんて言ってちゃダメよ。強い冒険者さんなら、その倍はありそうな武器を片手で小枝みたいに振り回すんだからね」


「…………」


 この世界の冒険者というのは、皆『三国志演義』に出てくる豪傑なみの怪力なのだろうか。俺も自分の体重ぐらいはベンチプレスで持ち上げられるし、20キロのバーベルシャフトを振り回せと言われればできなくはないが……。もしかすると、ゲームのように自分の身体能力を強化する魔法でも使っているのか?


「ちなみにこの鎧はどこから? サイズ的にフリージアさんのお古ってわけじゃなさそうですけど」


「ああ、ギルドにあった誰かの忘れ物よ。たぶん新しいのに買い換えて売ろうと思ったんだろうけど、古すぎて買い取ってもらえなかったから捨てていったのかもしれないわね。血の痕もついてないし、きっと死んだ人のとかじゃないから大丈夫よ」


「……だといいんですけど」


 そう言いつつ、俺はフリージアさんが持ってきた革の鎧に袖を通してみた。幸いにもサイズはぴったりで、肩アーマーの部分なども思ったより邪魔にならずに腕が動く。

 しかし1つだけ気に入らない部分もあった。今着ている服に対して絶望的なほど似合わないのだ。特に腰から下の部分についている花びらのようなスカート部分が実にダサく、できれば切り取ってしまいたいぐらいだ。


「これ、服の色と全く合いませんね。それに冒険初心者丸出しというか、すっげえ弱そうに見えちゃってません?」


「実際初心者でしょ。見た目に文句言う前に、まずは生きて帰ることを考えなさい。今回の仕事が成功すれば、ちゃんとした装備だって買えるんだから」


「……まあ、それもそうですね」


 確かにフリージアさんの言うとおりだ。それにリーリアにさんざん見た目で人を判断するなと言っておいて、今さら自分の外見を気にするのも示しがつかない。


「さ、準備できたなら行くわよ。今回の仕事は1つのパーティに限らず自由参加だから、他の冒険者さんたちも来るかもしれないわ。のんびりしてると獲物を取られちゃうかもよ?」


 フリージアさんは何やら色々な荷物の入った大きなリュックを背負うと、自らが先頭に立って歩き始めた。

 そうだな、とりあえず今回はベテラン冒険者である先輩の言うことを素直に聞くことにしよう。

 俺とティナ、そしてアルの3人(+1匹)はフリージアさんの後を追い、東にある城跡を目指して足早に歩いていった。

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