10.年下の少年と年上の女性


「しぃぃっ!」


「ガルルゥア!」


 自分と同じぐらいの体格をした狼の爪が左上段から振り下ろされる。俺は左前方に踏み込み、相手の腋の下に潜り込むようにしてその攻撃をかわすと、すれ違いざまに剣でそいつの右脇腹を斬りつけた。剣道でいう抜き胴だ。


「ガゥァッ!?」


「そぁりゃぁぁっ!」


 ―― どずっ ――


 狼の怪物が腹を抱えてひざまずいたのを見逃さず、さらに背後からその首に向けて刃を振り下ろす。すると堅いカボチャに力づくで包丁を入れたときのような音がして、狼の頭部が草の地面にごろりと転がった。


「はぁっ……はぁっ……」


「はーい、これで5匹目よ。トウマくん、なかなかやるじゃない」


 少し離れた場所で俺とアルの戦いを見物していたフリージアさんがつぶやく。その隣では俺たち2人が危険になった場合に援護するため、ティナがいつでも魔法を発動できるよう備えていた。

 

「ふぅ……剣で戦うのなんて初めてですからね。こんなに疲れるもんだとは思いませんでしたよ」


 襲ってきた集団はとりあえず全て片付いたので、剣を杖代わりにして一息つく。俺たちの周囲には、アルが倒したのも含めて9匹の死体が転がっていた。


「まあ、トウマくんが使ってるのは両手持ち用の剣だからね。威力があるぶん隙も大きいし、そんなふうに必死で振り回してるとすぐに疲れちゃうわよ」


 フリージアさんの指摘は的確だが、俺がここまで疲労したのは敵の戦闘力が思った以上だったのも大きい。このワーウルフというやつ、まさかここまで素早い生物だとは思わなかった。


「それで、どうかしら? ワーウルフと戦ってみた感想は」


「そうですね、やっぱり動きの速さがとんでもないです。ダッシュの速さやジャンプ力が人間以上なのは当然としても、左右に動くときの切り返しの速さが半端じゃない」


 ワーウルフは人間と同じように直立二足歩行するのだが、脚の骨格は本物の狼とほぼ同じ形状である。これでどうしてずっと直立していられるのか不思議だが、とにかくこの脚が生み出すバネは凄まじいものだった。

 今の戦いでも、常に全ての敵を視界に入れておくという集団戦の基本を守るどころじゃなかった。まるで狭い空間で跳ね回るスーパーボールのように動く敵から狙い撃ちされないよう、こちらも常に動き続けている必要があったので余計に疲れたのだ。


「そう、ワーウルフの最大の武器は牙や爪よりも、そのフットワークよ。他に何か危ないと思ったことはある?」


「こいつら脚のほうは狼と同じ形ですけど、腕は人間と同じ関節構造なんですね。だから爪の攻撃は上からの振り下ろしだけじゃなくて、横薙ぎや下からのすくい上げなんかにも注意しないと」


「……ふぅん、相手をよく見てるわねえ。なかなか大事なことよ」


「俺は元々武術の才能なんてありませんからね。それを誤魔化ごまかすために頭を使って戦う必要があったから、そういうのが自然と身についたってだけですよ」


 フリージアさんは褒めてくれたが、俺は正直なところ少しショックを受けていた。敵のあまりの速さに剣が追いつかず、拳での突きやカウンターの蹴りなども食らわせてみたのだが、そっちのほうはそれほど効いていないようだったのだ。

 野生動物というやつは基本的に分厚い筋肉や毛皮に覆われていてタフなものだが、やはり人間とそう変わらないサイズともなると、打撃技ではあまり効果がないらしい。1対1ならばそれでもやりようはあるだろうが、今回のような集団戦だと手の込んだ技を使う隙もない。


「これからもこんなやつらと戦っていくことを考えると、剣技ってやつも学ばないといけませんね。素手の技はほとんど通用しないみたいだし、ちゃんと自分に合った武器も買わないと……」


「そうね。でも、格闘戦の技を活かせる武器もあるわよ。冒険者さんの中にはトゲのついたガントレットとか、鋭い爪なんかを使ってる人もいるし」


 そうか、別にこの世界の武器にこだわる必要もないんだ。空手にだって武器術はあるし、中国武術ならばさらにその種類は多い。武術と組み合わせることのできる武器はいくらでもあるんだから、町に帰ったらそういうのを特注で作ってもらうのもいいかもしれない。


「うーん、9匹だと1万と800ジュダルってとこかな。旅に必要な道具だけならこれでも買えるけど、あなたの武器まで揃えるとなるとちょっと足りないかもしれないわね。どうする? もうちょい狩っとく?」


 俺が武器のことを考えていると、フリージアさんが突然妙なことを言い出した。俺たちは庭をうろついていたやつらを倒したただけで、厳密にはまだ城の外にいる。今回の任務がワーウルフの討伐というなら、建物の中にいる連中も狩り尽くさないと仕事を果たしたとは認められないんじゃないのか?


「あの、ここに巣食ってるワーウルフを全滅させるんじゃないんですか? 放っておいたらまた増えたりして、この城の持ち主が困るんじゃ……」


「やだ、トウマくんったらもしかして、この城からワーウルフを一掃するために倒してると思ってたの? あはは、違うわよぉ。今回の仕事はワーウルフの『毛皮集め』なの」


「ええっ?」


「だから自由参加だって言ったでしょう? この仕事はワーウルフを全滅させたパーティが成功報酬を独占できるんじゃなくて、毛皮を持ってきた枚数に応じて報酬が出るのよ。ほら、ちゃんと毛皮を剥ぐための道具も持ってきてるんだから」


 フリージアさんはそう言うと、そばに置いていたリュックの中身を見せてくれた。明らかに武器ではなく料理に使うようないくつかの刃物と、血を洗うためと思われる水の入った革袋。なるほど、確かに動物を解体するための道具一式だ。


「大体、こんなボロボロの城を取り戻しても仕方ないわよ。それに、ここに住んでいた領主さんはとっくの昔に死んじゃってるし」


「はあ……」


 なんだ、てっきり人間の生活圏を脅かす魔物の討伐任務かと思ってたのに、ゲームでいうところの素材集めだったのか。少し拍子抜けしてしまったな。


「ちょっと待っててね。すぐにこいつらさばいちゃうから、終わったら城の中で狩りを続けましょう。もう外には獲物もいないみたいだし」 


 フリージアさんはそう言うと、その辺に転がっていたワーウルフたちの死体をてきぱきと解体し始めた。馴れた手つきで狼どもの腹を縦に裂き、尻尾から首にかけての皮を手際よく剥いでいく。見た目は綺麗な人なのに、こういう普通の女ならキャアキャアわめくであろう作業に全く躊躇ちゅうちょがないあたり、さすがは経験豊富な冒険者というべきか。


「どうですかトウマさん! 僕もちゃんとお役に立てるでしょう?」


 フリージアさんの手並みを拝見していると、さっきまで剣についた血を拭っていたアルが話しかけてきた。思い切り胸を反らして、「えっへん!」とでも言わんばかりのドヤ顔だ。


「ああ、そうだな。疑って悪かったよ」


 そう言いながら頭をわしゃわしゃと撫でてやると、アルは顔を赤らめて「えへへ……」と笑ってみせた。


(なんだこいつ、ちょっとからかってやるつもりだったのに、妙に可愛いリアクションをするんじゃねえよ)


「あらあら、お兄ちゃんぶっちゃって」


 俺がアルの反応に戸惑っていると、今度はリーリアがニヤニヤしながら俺をからかってきた。


「いいだろ別に。俺には兄弟がいないから、こういうのに憧れてたんだよ。そういやアル、お前って歳はいくつなんだ?」


 俺は話を逸らすため、アルの年齢を聞いてみた。そういえばティナにもまだ歳を聞いていなかったな。


「僕ですか? 13歳ですけど」


「そうか、俺とは3つ違いだな。ティナは?」


「こら! 女性に年齢を聞くなんて失礼よ」


「あ、そうだった……すまん、今のは忘れてくれ」


「いえ、気にしないでください。私はついこの前、17歳になったばかりです」


「ええっ!? まさかの年上?」


 正直驚いた。身長や声のトーンからてっきりティナは俺より2つぐらい年下だと思っていたのに、まさか年長者だったとは。うーむ、今まで子供っぽいと思っていたのに、年上だと分かると急にお姉さんっぽく見えてきたぞ。


「うふふ、私の方がお姉ちゃんですから、甘えてもいいんですよ?」


 ティナが俺の心を見透かしたかのように、悪戯いたずらっぽくにっこりと微笑む。


「いや……さすがにそれは恥ずかしい。っていうか、今までタメ口利いててすいません」


「い、いえ、今のは冗談ですから。お気になさらず、今までどおりにしてください。トウマさんは男の人なんですから」


「ティナがそう言うなら……」


 男だから年下でも偉そうにしていいなんて、ティナはずいぶん古風な考え方を持っているようだ。もしかするとこの世界自体、まだ男尊女卑の思想が根強いのだろうか?


「よし、できたわよ」


 そんなことを考えているうちに、どうやらフリージアさんの解体作業が終わったらしい。彼女は剥いだ毛皮についた血を軽く洗い流すと、よく水を切ってから麻の袋に詰めていった。


「それじゃあ行きましょうか」


「りょーかい」


 さて、俺の好みに合わせた武器を買うためにも、頑張ってもう一稼ぎするとしよう。

 俺たちは城の玄関先まで戻り、正面にある古ぼけた扉を開いて城の中へ入ろうとした。そのとき――


「お待ちなさい!」


 突然、背後から甲高い声が聞こえた。


「!?」


 いきなり声をかけられ、驚いて振り向く。

 そこにはフランス人形のようなドレスを着た少女と、執事服を着たプロレスラーのような2人の男たちがいた。

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