いち(森)
鏡を見て制服の乱れがないかを確かめる。よし、何処もおかしくない。
さて、制服は着たしあとは姉さんを起こすだけか。僕は自分の部屋のドアを開け、五歩ぐらい廊下を歩き姉さんの部屋のドアをノックする。
返答なし。まだ寝てるのかな?
「姉さん、入るよー」
念の為、言っておく。そして、ガチャっと姉さんの部屋のドアを開ける。
「姉さん起き──あれ?」
いない。ベッドにいない。
隠れてるのかな? 押入れを開けてみるがいない。姉さんの部屋は内開きのため、ドアの後ろに隠れているのかと思ったが……いない。
「姉さんどこ行った?」
ま、まさか……先に起きて朝ご飯を作っといてくれてるとかぁ!?
僕はその妄想だけで嬉しい気持ちに包まれた。いや、妄想では無いかもしれない。本当に作ってくれているかもしれない。
期待を胸に僕は階段を降る。
「もうはべられない〜」
姉さんの声が聞こえてきた。“もうはべられない”? “もう食べられない”か。何を食べられないんだ?
若干不安が混じりだした。
急いで階段を降りリビングへ続くドアを開ける。
そこには──
「姉さん!? 何してんの!?」
そこにはあずきバーを口にくわえて寝てる僕の姉がいた。
なんでくわえてんの、あずきバーを……
昨晩の記憶を掘り返してみる。確か、昨日は僕が風呂から上がったら姉さんがあずきバーを食べながらテレビを見てたんだよね。それで、早く寝なよって言って自分の部屋に戻った。
うーん、思い当たる節がある。というか、この人は確信犯だ。
テレビ見てそのまま寝たな、姉さん。
僕は姉さんの近くまで行き、揺さぶる。
「姉さんっ! 起きて!」
流石に焦るよこれ。姉が一階であずきバーくわえて寝てたら。しかも、始業式の朝に。
「し〜んー。あいどるは〜。ねてなきゃ〜。だめなんだよ〜」
何を言ってるんだこの姉。ってか!
「姉さんアイドルじゃないじゃん」
去年「あたしは学校のアイドルよ!」なんて言い出したことを思い出す。まだ言ってたんだ。
いや、寝言の可能性がある。未だ寝てるし。
いやいや、それよりも本当の疑問はね……
「あずきバー口に入れたまま寝たの!?」
そうそこだ。
くわえてるのしか見てないけど、あのまま寝たなんて。食べ終わってから寝れば良かったものの。
「ほっへぇー(取ってー)」
ほっへぇー……? 取ってか。自分で取れないのかな?
姉さんの口元のあずきバーに手を伸ばす。
「もう、姉さんは……ふんっ!」
あずきバーに手を添え力ずくで抜こうとする。するとあずきバーはガキンっと音を立てた。あれ? これ抜けなくない……? いや、疑問形にすることもない。断定しよう。抜けない。
これどうしようもないよ。
「……あ、これ取れない」
「うほぉ!?(うそ!?)」
どうやっても取れないよこれ。仕方がない。
僕は心を鬼にするよ、姉さん。
「姉さん。いってきまーす」
リビングのドアに手をかける、すると後ろから凄い目力らしき何かを感じる。ま、まさか……。
振り返ると姉さんは僕を見ながらものすごい力であずきバーを抜こうとしている。
若干怖い……。
「〜〜っ!」
ぴくともしてない。ぴったし歯にハマってる感じがする。
「〜〜っ! 〜〜っ!」
頑張ってる。このまま玄関まで行こうと思ったけど、最後まで見届けよう。
「~〜っ! 〜〜っ! 〜〜っ!」
歯が取れそう。だけど、あの調子なら抜けそう。
そして、七回目にして姉さんの口からあずきバーが離れた。というか、なんだこの時間……。
無駄な時間を過ごした気がする。
その後、僕らは学校へと向かった。それにしても姉さんの着替えの速度に驚いたよ。だって、しわ一つ無く着てきたんだよ? 凄いよね。
しかもボサボサの髪も綺麗にしてきたし、姉さんには驚かされまくりだよ。ったく……。
「学校のアイドル『もりりん』が今来たよ!」
いきなりこんなこと言い出すしまったく……。
だが、いつも通りのことなので僕はツッコミを間髪入れずに入れる。
「姉さん、アイドルじゃないでしょうが」
「細かいことはいいの」
「え、ええ……」
まさかの返しだ。いつもなら「えへへー」と笑って終わるはずなのに。今日はいつにも増してご機嫌だ。
何でだろう? ……まさかとは思うけど、クラス割り?
いやいやいや、んなまさか。僕は頭を横に振りくだらない考えを振り払う。だって、流石の姉さんでも自分の事ぐらい覚えているだろうし……ね。
だけど、僕の予想は的中した。そして、姉さんはバカだった。
「どこどこ! あたしの名前は!」
嘘だろ姉さん。
目の前で小さな身体を上下左右に動かしクラス割りを見ている自分の姉を見て、やはりバカだったか、と悟る。
「あり? ない?」
当たり前である。だって姉さんは──
「姉さん。姉さんは進級出来てないから二年生でしょ?」
「え? …………そっか、二年生だったね!」
──だって姉さんは進級出来てないんだから。
そう、それは昨年度の進級試験の事だ。
あの日、姉さんは余裕の表情で試験に望んだ。そして、試験開始から五分も経たぬうちにコチラをチラリと見て、口パクで「分からない」と泣き目で言ってきたのだ。
そのせいで姉さんは全教科合計で五十点という偉業を成し遂げた。
あの出来事を忘れられるとは、恐るべき姉だ。
「〜♪」
僕が指摘したあと鼻歌をしながら二年生のクラス割り表まで行った。
何故だろう。まだ朝のはずなのに疲れた。
「はぁ〜疲れた」
思わず口を開く。誰にも聞こえてないといいんだけど……。
「ど、どうしたの? 森くん」
ため息と共に崩れ落ちそうな僕の背後から綺麗に透き通った声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、可愛らしい女の子が……って河川ちゃんか。
本名は
「河川ちゃん、僕は君に会えてよかった」
「ふぇ?」
驚いた反応がまた可愛い。うん、天使。僕がこの幸せな一時を楽しんでいると横から声が、
「そいつァよかったな」
む、誰だこの幸せな空間に割り込んで来る不届き者は。
横を見ると燃えるように
レン、本名は
「久しぶりレン」
「おう、久しぶりだな──って春休み中も近くだから充分会ってたろ!」
「え? そう?」
記憶にない。
「水野、こいつァ薄情な男だぜ」
「あ、あははは……」
むっ、失敬な。僕は薄情な男じゃないよまったく……。
レンの一言で心にキズを負いそうになった僕はクラス割りに視線を移す。僕らの学校は一年毎にクラスが変わる。だから始業式の日は昇降口が鯉のエサやりのごとく賑わう。
えっと、僕は……。
「しんしんは俺らと一緒で、二組だぜ」
「え、またなの? って、しんしんって言うな!」
しんしんって言うなよまったくさぁ。
と、いうかレンはさり気なく僕の楽しみを奪ったな。自分のクラスは自分で確かめたいものだ。ほら、良くあるじゃん、始業式にルンルン気分で自分のクラスを探してると横から友達が「お前、俺と同じ三組だぜ」って言ってくること。あの瞬間、一年最初の楽しみを削がれた気がして嫌になる。
その後、話しながら僕らの教室、三年二組に行った。
入った瞬間に目に付いたのは黒板にすごい丸文字で「せきはじゆうです」と書いてあった。
そうか──なんて納得出来るわけがない。いや、納得はしてる。納得してるけど……疑問がある。
「何でひらがな?」
高校教師が全文ひらがなって……。
まあ、好きに座っていいのなら僕はここで。
そうして僕が選んだ位置は窓際の後ろから二番目。二年生の時の位置だ。
心地よい。
僕の隣に河川ちゃんが、後ろにレンが座っている。定位置に真っ先に着くあたり、変わらないなあ。
疲れを取るために仮眠をしよう。と思い机に伏すと後ろからつつかれる。
何だよお……。
「なあしんしん」
「……なに? あとしんしん言うな」
「なんで黒板の字、ひらがななんだ?」
「僕も分からないよ。お茶目……とか?」
適当に返す。取り敢えず僕は寝たい。昨日充分寝たけど寝たい。姉さんとのやり取りで結構疲れた。
僕はまた机に伏す。だが、何者かの陰謀なのかまたも邪魔が入った。
「おー! みなさんそろってますかー?」
唐突だが僕もアニメを見る。アニメでは必ずと言っていいほど小さい女の子が出てくる、可愛らし声でね……。
そんな声が我が教室から聞こえてきた。
好きな声優さんが来たのか、なんて非現実的な妄想をして頭を上げる。
そこに居たのは……なんだ、
「あーいま、しん君“なんだ、萌栞先生か”っておもったでしょ?」
図星だ。なぜ分かる?
「なんで分かるんですか萌栞先生?」
「せんせいにはなんでもおみとおしなのです!」
そう言うと萌栞先生はエッヘンと胸を張った。その様子が可愛らしく、教室にいる生徒達全員が悶絶されていた。
萌栞先生。極小……以上です。だってそれぐらいしか説明出来ない。萌栞先生はホントに小さく、言動も幼いため教師なのにみんなから妹のように見られている。正直言って可愛い。
「“正直言って可愛い”」
「まったく可愛い──ってそこまで読めるんですか!?」
「なんでもおみとおし!」
僕にビシッと指を指し誇らしそうにまた胸を張った。
恐ろしい人だ、だなんて思っていると後ろのレンが口を開いた。
「相変わらずすげぇな、萌栞先生はよ」
「そうだね」
おいこら、感心してる場合じゃないよ。このままでは僕は自由に物事を考えられないじゃないか。いやらしいことを考えるわけではないけど……なんか嫌だ。
「先生〜朝のHRやりましょ〜よ〜」
女子生徒が萌栞先生へ提案した。時計を見てみると八時。他のクラスはきっと朝のHRをしている最中だろう。
それに気づいているだろう萌栞先生は女子生徒に目線を向けて、
「あさのHRはね、めんどくさいからやらないよ?」
こう言ったのだ。なんとマイペースな。
僕の姉さんも姉さんだけど、萌栞先生も萌栞先生ですごいマイペースな人なんだよなあ。
まあ結局あの後朝のHRをやった。それから数分後に始業式が始まり、僕は姉さんが何かしでかすのではないかと心配で仕方なかった。くそ、姉さんのクラスぐらい聞いとくんだった。
今更後悔しても遅いか。
始業式も終わり学活の時間が訪れた。二年生は一応自己紹介をしているんだろうけど、三年も一緒の学校にいれば名前ぐらいは分かる。
ただ、名前しかわからないんだよね。顔は一致しない事の方が多い。
やることも無いし、レンや河川ちゃんはクラスメイトと談笑中だ。……寝るかな。
そう決断し、机に伏す。今日三度目。三度目の正直という言葉が意味を成してくれるのを期待して瞼を閉じる。
あー机の冷たさが心地よい。硬すぎるのがなんだけどね……。このまま寝れる。
そのまま寝ようとして意識を閉じようとしたその時、僕は聞きたくもない噂(?)を聞いた。
「なあ」
「あ? なんだよ?」
「二年二組の教室に変な奴がいるらしいぜ」
「へぇー、どんな」
「自己紹介の時にいきなり「もりりん」とか言い出したらしい」
「もりりん」その単語に僕はいち早く反応した。
ちょっと待て。姉さんは初っ端から飛ばしたというのか?
ちょっと気になってきた。いや、ちょっとじゃない、凄く気になった。
二年二組、去年の僕らの教室。
授業が終わると同時に行くかな、今日はHRも無いし。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを告げるチャイムとともに、机からほっぺたを離し、バックを持って二年の教室へ行こうとする。するとレンが僕に気づいたらしく駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
突然きたから何かの用事?
「林の事なんだが」
その一言でわかった。
「二年二組の?」
「ああ。行くか?」
行くか? だって? 行くに決まってるよ。
姉さんは危険だからね。何が危険かって? 僕の学校生活が! 周りの人達の学校生活が!!
「もちろん行くよ」
僕の反応は予想出来てたようで、レンはバックを背負い河川ちゃんの近くに行く。
「やっぱりな。おーい、河川! お前も行くか?」
河川ちゃんはレンと僕を見てから、
「うん、林ちゃんに会いたいし行くよ」
「んじゃあ行くぞ」
おい、レン。おまえに主導権はないだろ……ないよね?
若干疑問形になりながらも僕はレンあとをついていく。僕らの教室は二階にあり、姉さん達の教室も二階にある。つまり、廊下をまっすぐ行けばいいだけ。
二年二組の前まで来ると、レンが止まり、それに倣い僕らも止まる。
教室のドアから中を覗くと、姉さんが一人の男子生徒喋ってた。ん? でもあの男子って……あれ?
「あれ? あの男子って……」
「なんだ? 知り合いか?」
「知り合いも何も、僕ら絶対に知ってるはずだよ」
レンは僕の言葉が分からなかったのか首をかしげた。それに反して河川ちゃんは僕の言いたいことがわかったようで「アハハ……」と笑っていた。
「あの男子、生徒会の会計じゃん」
火野に答えをあげる。
すると、レンは何かが繋がったように手を叩き中を見る。
「どうする、森。このまま入るか?」
「どうしよかね?」
僕らが悩んでいると、突然会計の男子が困り果てた顔をした。そして会計の男子の視線を追うと姉さんが寝ていた。
その瞬間僕はドアに手を掛け、
「姉さん! また何かかましたの!?」
おもいっきしドアを開けた。
あれ? ぼくなにした?
状況を把握してない僕はレンの方を見る。僕の視線に気づいたレンは口パクで「バカ野郎」と言っていた。
あちゃー、やらかし? しかもどうってことない瞬間に?
バカバカバカ! 僕のバカ!
もう嫌だ。僕はどうでもいい感じに姉さんを見る。すると、姉さんは眠たそうに目を擦り、
「また森〜? もう、お姉ちゃんの眠りを妨げるのそんなに好きなの?」
と言った。
姉さん、貴女には自覚というものがないのでしょうか?
「ち、違うよ
姉さんの言葉を聞き、河川ちゃんが僕をフォローしてくれる。嬉しい、こんなに嬉しいことはない!
だけど姉さんは河川ちゃんの言葉を聞いていないのか、河川ちゃんを見てニッコリと笑い口を開いた。
「お、スイカちゃん! おっ久ー」
スイカちゃん。姉さんが河川ちゃんを呼ぶ時の愛称だ。どうやら、水谷の水をスイと読み河川のカでスイカと呼んでいるっぽい。
こういう感じに姉さんは人に愛称を付けるのが好きだ。僕は気に入ってないが、しんしんと言う愛称はレンが作った。先に作られたことを姉さんは怒ってたけど、どこかで納得したらしくいつものテンションに戻った。
「久しぶり、林ちゃん」
河川ちゃんは気にしていないようで、姉さんに挨拶した。
「おい水谷。お前スイカなんて言われていいのか?」
「うん、林ちゃんが付けてくれたあだ名だもん」
河川ちゃんは“スイカちゃん”って愛称を気に入ってるらしい。僕は……パンダみたいでヤダ。
「おーれんれん! お久ー」
「れんれん言うな! ……ったく、久しぶりだな林」
レンはれんれん。僕は春休み中出かけることが多かったからレンとよく会ったんだよね。だから、レンと姉さんは久しぶりに会う。
と、姉さんと一緒にいた会計の子がおずおずと口を開き、
「あの、皆さんは」
と姉さんに聞いた。
最初姉さんは頭にハテナを浮かべていたが、すぐに合点したように説明しだす。
「えっとね、あの可愛い子がスイカちゃんで、あの怖そうなのがれんれん。二人とも、あたしの友達だよ」
「は、はぇ〜」
適当な説明のはずなのに会計の子は納得したように返事をした。なんでそれで通じるんだ……。
今更だが、何となくでしか伝わらない説明に納得した会計の子の名前を知らないことに気付いた。
なんて名前だっけか……。
僕が考え込んでいるとレンが不機嫌そうに会計の子に話しかける。
「納得すんな!」
いや、怒鳴った。怒鳴られた子はシュンとしてしまう。
流石に今の言い方はキツすぎるでしょ……。
レンの言い方に不満を持った姉さんはムッとした顔でレンに顔を向けて、
「れんれん! 初対面なんだから怒鳴ったらダメだよ」
怒った。姉さんは普段ちゃらんぽらんしてるけど、こういう事には敏感だ。
道で泣いてる子がいれば、一緒にいてあげる。迷子の子がいれば保護者を探してあげる。困った人を放っておけないんだ。そう言われたレンは悔しそうな表情をするが、すぐに自分に非があると思い、申し訳なさそうな顔をする。
「ぬ、ぬぅ。林のくせにまともな事を……」
そんな事を言うレンだけど、レンは人が落ち込む姿を嫌いだ。落ち込んでる人を見ると不器用だけど、励まそうと頑張ったりする。顔が不良っぽいから、小さい子は逃げてっちゃうけどね……。
まあ、僕は姉さんが何も問題を起こしていない事を確認できたからよかった。
「姉さん、帰るよ」
「そうだね、帰ろっか」
姉さんの返事を聞き、レン達に「さよなら」と言って廊下を歩き出そうとする。
だが、後ろに姉さんの気配を感じず、気になって後ろを振り返えると会計の子を見て何かを言っている。
「陽くん、さよなら!」
そう聞こえてきた。
ん? 陽……?
あー!! 陽だ!
黒沢陽。近所に住んでた子だ。やっと、思い出せたよ。
それに心で喜んでいると隣を姉さんが走っていった。
「しんしん、早く帰るよー!」
そう言って階段を降りていった。もう、速すぎるでしょ。
「あ、姉さん! って、しんしんって言うなぁァァァ!!!」
僕はそう言って、姉さんのあとを追った。
oh.マイゴー 采嶺 @TakahashiKun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。oh.マイゴーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます