それぞれの記憶
「お、終わった……」
ミノタウロスが倒れたのを確認して安心したのかへなへなと地面に腰を付ける。
俺とアスモデウスはすぐに駆け寄る。アイナは急に駆け寄った俺たちに驚いているみたいだった。
「魔王様……」
「よく頑張ったな」
「い、いえ……私も一杯一杯で……でも、はい。勝てて本当に良かったです」
喜びというよりは正に安堵の表情でアイナは呟く。きっと本当は怖かったんだろうな。
ミノタウロスの戦闘によって怪我だってしている。逃げたって良かったあの状況。
それでも彼女は逃げなかった。その勇気ーー心強さはさすがというべきだろう。
「ミノタウロス撃破お疲れ様。本来ならこのまま強行して行きたかったんだが人間やミノタウロスとの戦闘でみんな疲労困憊の状態だ。というわけで今日は野営地を設置して休みたいと思う」
途中からはアイナが時間を稼いでくれたがミノタウロスが来たことによる兵たちの消耗は大きかった。
戦闘に参加した兵士たちも闘気そのものは失っていないものの、肩まで息をしておりとても戦える状態じゃない。
それでも誰一人逃げようとしない辺りさすがにみんな度胸がある。
「そうだな。正直俺も疲れた……それにアイナの傷の手当てもしないといけねえからな」
「別にこの程度の怪我ーーぐっ」
問答無用で彼女の怪我を突っつく……すると何とも痛そうな声を上げる。
「こんな痛そうな声しやがって……いいからアスモデウスに治療してもらえ」
「はい。その……すみません」
「別に謝ることなんざねえ。むしろお前の活躍は称賛したいぐらいだ。だから堂々としてりゃいい……アイナは立派な俺の仲間だよ」
「魔王様、ありがとうございます!」
ペコリとアイナは頭を下げると怪我を治療するためにアスモデウスの元へと向かうのだった。
◇
目に写るのは遥かなる砂漠、聞こえるのは戦場を駆ける兵士たちの声。
戦場独特の雰囲気を感じながらクレイドはここが夢の世界なのだと理解する。
異世界転生によって甦ったその身体は肉体こそ生前のものと何ら変わりはないがその精神には大きな損傷を抱えていた。
それこそが死んだ瞬間の記憶の保持だ。それにより多くの転生者は発狂し戦場では使い物にならなくなったらしい。
次に召喚した代二世代の転生者たちには特殊な魔法が施されており、発狂しないよう死の記憶を抹消してある。
しかしそれはどうやらその魔法は完璧ではないらしい。なにせクレイドもタカハシもこうして死の直前までの出来事を夢に見てしまうのだから。
「クレイド殿! 反乱軍がこちらに迫っておりまする!」
「何……? 反乱軍が?」
自分の意思とは逆に口や体が勝手に動く、さながら操り人形にでもなった気分だった。
今でもクレイドは後悔する。なんであの戦……死んでやれなかったのだろうと。
やがて戦が始まり多くの人が死んだ。それは国防軍、反乱軍問わず両者ともに大きな被害が出た。
これ以上の戦闘は互いに兵力を消耗させるだけ、出来れば早期にこの反乱を治めたい。
だとすれば狙うのは反乱軍大将の首だ。それを落とせば反乱軍の士気も低下しこれ以上の内乱は起こらないはずだ。
そして今日がその運命の日、国中の策略家たちが集まり練りに練られた作戦をクレイドたちは実行に移す。
そもそも反乱など土台無理な話なのだ。武器の装備、兵の鍛練、将たちの戦略観……その全てが反乱軍には足りていない。
だからこそ作戦は驚くほどに上手くいった。反乱軍たちは他の兵士によって進行を妨害され、クレイドは単体で敵本陣へと向かう。
クレイドは転生前でも腕利きの兵であった。ゆえに敵将の守りを蹴散らしついには首謀者の元へとたどり着く。
「ついに追い詰めたぞ。貴殿が反乱軍の将だな」
クレイドの言葉に敵将は答えない。ただその男からは悲しげな雰囲気を纏わせているのだけは分かった。
彼の持つ雰囲気に自身も感傷的になりつつも刃を向けたその時ーー。
首脳者はゆっくりとこちらを振り返る。そこに写っていたのは……自分の息子の姿だった。
「…………」
太陽の日差しによって目が覚める。目に映るのは砂漠の光景などではなく高貴な部屋の一室。
しかしどちらにせよ戦場の最中という点は変わりなかった。
「大丈夫っすか? 何か魘されてたみたいっすけど」
タカハシの気の抜けた声でようやくここが現実世界であると実感をもつ。
「死ぬ前の夢を見ていた」
「あれ……やっぱ慣れないっすからね。ちなみにどんな夢はどんな内容で」
無神経に聞いてくるタカハシ。しかし不思議とクレイドに怒りの感情は沸いてこなかった。
むしろこの悪夢を自分の過去の惨劇を話すことによって幾ばくかの気分が晴れるのではないかと思ったのだ。
「俺は異世界に来る前も軍人をやっていてな……ある日、反乱軍と国防軍で戦争が起こったんだ」
言葉と共にあの頃の苦い思い出が鮮明となる。兵の悲鳴、刃の交わる音、戦場の独特の空気、それらの記憶を思い出しながらタカハシに話して語る。
「俺たちは国防軍に所属していてついに反乱軍討伐作戦が開始された。作戦は順調に進み、俺は敵将の元へと辿り着いたが……それが息子だったんだ」
「クレイドさんの息子が反乱軍を指揮してたって事っすか……最大の親子喧嘩ってわけっすね?」
「喧嘩なもんか殺し合いさ」
「なるほどねぇ……それで息子に殺されたってわけか」
そう本来なら軍人といえど自分の息子を殺すことなどできやしない。
だからタカハシのような考えこそが正常な反応だろう……しかし自分は……。
「いや……殺されてない。息子は俺が殺した」
「へぇ……さすがは軍人って奴ですかい? 息子の感傷すら捨てるなんてさすがっすね」
「……そうだな。確かに軍人を通したと言える。ここで反乱軍を止めなければ被害は更に拡大していただろう。……だが、俺が息子を殺したのは俺が軍人だからというわけではない」
さすがにその言葉を聞いてタカハシは怪訝な表情を浮かべる。
「俺は怖かったのだ。死ぬことが……」
反乱軍を指揮していた息子の腕は予想以上に上がっていた。
だからこそ相手を組伏せることもできず本当の殺し合いをせざるをえなかったのだ。
今でもあのとき負けていれば良かったと思う。でも殺し合いが始まった時には只、死にたくないという一心で息子を殺したのだ。
「ん……待ってくださいよ。だったらアンタはどうやって死んだんすか?」
「最後は妻に殺されたよ。アイツは妻ではなく母親として俺に敵討ちをしたのだろうな……アイツにも迷惑を掛けてしまったな」
その時の情景はまるで頭に靄が掛かったかのように曖昧だ。それでもあの時……妻が泣いていたということだけは覚えている。
「そんな人もいるんすね……息子のために誰かの仇を討つだなんて」
「母親は皆、自分の子供を大切に思っているさ」
「どうだか。それは個人によりけりっすよ。少なくとも俺の母親はそんな人じゃなかった」
タカハシは以前に母親と不仲であると話していた。何でも教育が厳しくそれは半ば管理に近い状況になっていたらしい。
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