招かれざる存在
「ひ、ひぃ……化け物ーーっ!」
「ぐあぁぁああぁあッ」
戦闘が始まってから数時間。人間、魔物両者の叫び声が森の中を埋め尽くす。
しかし悲鳴の数はこちらより人間たちの方が多い。それはもちろん人間の兵士の数が魔物たちより遥かに多いのもあるだろうが。
やはり大きな違いは向こうには転生者がおらず、こちらには悪魔が存在するという点だった。
俺は勿論のことアスモデウスも悪魔の中では弱い部類といえど大罪の七騎士の一つを司る者。
彼女の槍は数多もの兵を無条件で貫き殺す。背を向ける者、勇敢に立ち向かう者、どちらの道を選択しようと彼女に狙われれば最後、その命を槍で砕かれるしか運命はないのだ。
「はははっ! さぁ! もっと聞かせておくれ! みっともない悲鳴をさぁ!」
アスモデウスも悪魔の一人。味方であるときは非常に慈愛に満ちた存在だが敵に回ると恐ろしい存在へと変わる。
彼女だって人間相手に頑張っている。俺だって負けられねぇよな。
「何をよそ見している!」
俺がアスモデウスに視線を移しているのを隙と捉えたのか横から攻撃を仕掛けてくる兵士たち。
すぐに兵士たちの方へと向き直ると攻撃を避けて剣をもって敵の命を経つ。
「雑兵がでしゃばるんじゃねーよ」
彼らは腕こそは経つが所詮は人間レベル。身体能力という点では俺たちの方が圧倒的に上だ。
故に不意討ちや遠距離からの攻撃、どのような手段を講じようとさしたる問題ではない。
「矢だ! この悪魔に矢を放つんだ!」
「標準確保、斉射開始!」
どうやら厄介そうな俺とアスモデウスが標的にされたようでこちらに向かって矢が雨のように降り注ぐ。
これはこれで好都合。もしこの矢が他の魔族に向けられていれば避けられなかった者もいるかも知れない。
しかし俺たち悪魔ならこの程度の攻撃を防ぐのは動作もないことだった。
「そらよっ!」
数十、数百もの矢。悪魔を仕留める為に放たれた矢に対して俺は大振りに剣を振るう。
すると剣を振るった時に生じる風の影響で矢は一本もこちらに届くことなく地面へと次々に落ちた。
それはアスモデウスも同様。アスモデウスは槍を上手に使いこなして次々に矢を防いでいく。
「遠距離が好きなんだろ? だったら遠慮なくいかせてもらうぜ!」
手のひらに魔方陣を展開、弓兵に向けて魔力の光弾を撃ち放つ。
響き渡るは激しい爆発音。兵たちは魔法の攻撃によって悲鳴も上げられぬままに絶命する。
もはや体勢は決した。転生者の来ていない現状では彼らに勝ち目はない。
後はこの勢いのまま……敵の本拠地まで攻め込むだけだ。しかしその考えは甘かった。
「ぐあぁぁああぁあッ!」
「あ……がっ…………」
俺やアスモデウスから少し離れた場所で連続的な魔族の悲鳴が聞こえる。
あそこには確かアイナもいたはず、ここはもう既に敵兵の数も少なくなったことだし、悲鳴の響く方へと移動すべきだろう。
俺たちは未だに悲鳴が止まない方向へと駆けるとそこでは見たこともない化け物とアイナが戦闘を繰り広げていた。
「こいつは何者だ」
「牛の頭に屈強な肉体……これはミノタウロスか!」
「ミノタウロスだぁ? そんな名前聞いたことねぇが……」
「ミノタウロスといえば神話に出てくる怪物だね。もともとは牛と人間が交わって出来たものとされているが、そもそも神話なんてものは人間が作り出した創作物語さ。実際にミノタウロスなんて化け物は存在しないはずなんだが」
「敵は創作を現実化させたってことか? 悪趣味も大概にしやがれって話だ。しかもこいつらの身体……」
俺の言葉にアスモデウスは押し黙る。それはミノタウロスから発せられる微弱な魔力から分かることだった。
ーー間違いなくあのミノタウロスの身体には我々魔族の死体が混ざっている。
「死者を侮辱するような真似しやがって……! 死んだ奴ぐらいゆっくり眠らせてやれってんだ!」
「まったく人間の悪趣味さにはもはや称賛すら覚えるくらいだよ。私たち悪魔よりも残酷なんじゃないか?」
「さあな。どちらにせよ。これ以上仲間の死体を弄ばれるのは気分が良くねぇ……一気に片付けさせてもらうぜ!」
ミノタウロスは全部で三体ほど。そのうち一体はアイナが食い止めていた。
彼女の迅速な判断のおかげだろう。アイナが時間稼ぎをしてくれたおかげで仲間たちは安全な場所まで後退してくれている。
しかしそれはさっきまでアイナが一人でミノタウロス三体相手に戦っていたということ。
実際彼女は致命傷こそ負っていないものの傷だらけで戦闘を続けるのは辛そうだった。
「アイナ! 良く守ってくれたな」
「ま、魔王様!」
「後は俺たちの戦いだ。お前は後ろで身体を……」
これ以上の戦闘は危険だと思い安全な場所まで下がらせようとするがアイナは首を振るう。
「私も戦わせて下さい!」
「お前なぁ……」
「別にいいじゃないか。お互い一体ずつ倒したとしても一体は余るだろう……それにこれは彼女にとって良い経験になるだろうしね」
「いい経験ってお前なぁ」
「それに前々からルーシーは彼女に過保護すぎるんだ。キミが思うほど彼女は弱くないさ」
アイナだけではなくアスモデウスにまで言われた以上、ここで否定するのもあまり良くない。
それに実際アイナは今の今まで戦い続けてきた。……彼女を信じるか。
「分かったよ。三人で戦えばいいんだろ」
「魔王様! ありがとうございます!」
「その代わり危なくなったらすぐに撤退するんだ。分かったな?」
アイナは嬉しそうに頷き、俺たちはミノタウロスに挑みかかるのだった。
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