ブルスタン奪還作戦Ⅰ
アスモデウスの本拠地に滞在してから五日後。アイナの傷の療養や兵士たちの鍛練、武器や防具の用意など諸々の準備を終えて俺たちはいよいよブルスタン奪還に向けて行動を開始する。
「みんな準備はいいね。今までの二年間、私たちはずっと屈辱を受け続けてきた。不当な暴力、不当な略奪、不当な殺戮……私たちはそれに耐えることしかできなかった」
突然の戦争。何の前触れもなく襲われ家族を友人を恋人を奪われた。
昔から戦争というのは勝った方の理屈を押し通すのが道理だ。それは今だって変わっていない。
だから例え卑怯な手段、残虐な行為を行ったところで勝者である人間どもはそれを正義の行為として装飾し自慢することだろう。
そんな行為は許されない。これ以上彼らの悪逆行為を放置してはならない。
そういった想いがアスモデウスの言葉には込められている。そしてそれらは他の兵士たちにも共鳴し士気の上昇へと繋がるのだ。
「しかし今は違う。私たちには反撃の力がある。どこかの言葉では右頬をぶたれたら左頬を差し出せなんて言葉もあるが……あえて言おう右頬をぶたれたら左頬を殴り飛ばせとね!」
「そうだ! 絶対に俺たちの土地を家を取り返してやる」
「もう怯えて暮らすなんてごめんだ! またあそこで俺は商売を始めてやるんだ!」
みんなそれぞれの想いを持って戦う。生まれ持っての故郷を取り戻す為なのかも知れないし、それこそ復讐のためなんてこともあるだろう。
只一つ言えることは抱える想いは違えど互いの目的は同じだってことだ。
つまりはブルスタンの奪還。その為に俺たちは今一緒になって戦おうとしている。
「うん。みんな良い表情になった。それじゃ始めようか私たちの抵抗をね!」
巨大な基地の門が開く、俺とアスモデウス……アイナを先頭にして俺たちはブルスタンへ向けて歩みを進めた。
「しかし指揮を任されながらに思うんだがルーシーは指揮をするつもりはないのかい」
ブルスタンを出発して数時間ぐらい経った頃、不意にアスモデウスがそんなことを尋ねてきた。
実は作戦が開始する前に一部の指揮を取ってみるかという話になり丁重にお断りしたのだ。
「俺は誰かに指図するよりは自分で動く方が好きなんでね。それに戦略や戦術そういったのは前々からお前の得意分野だろ」
「まったくルーシーは相変わらず魔王らしくないね。しかしキミのそういったところは嫌いじゃない。何だかんだで頼りにされるのも好きだからね」
俺はアスモデウスの指揮能力を信じている。だからこそ彼女の指揮の元でなら安心して戦える。
彼女もそれを分かっているのか仕方なさそうな口調をするわりにはどこか嬉しそうだった。
「それじゃ、私の指示に従っておくれ。まず手始めにこの婚約届にサインを」
「戦闘と関係ねぇじゃねーか!」
目の前に婚姻届を突きつけてくるアスモデウス。顔は笑っているけど冗談は言っていないそんな感じがひしひしと伝わってくる。
「そんなことはない。少なくとも私の士気は上がる」
「ちょ! だ、ダメだと思います。いくら士気が上がるからってそんな理由で結婚だなんて……!」
「はははっ、大丈夫。一割は冗談だとも……結婚は戦争が終わってからと決めているからね」
もう戦争が終われば結婚する気満々な様子。愛が重たすぎて胃もたれしそうだ。
「さてと……そろそろ獣道を抜けて城との距離も近くなってきた頃合いだ。ここからは人間の兵もーー」
アスモデウスが言い終わるより早く森の中で大勢の人の気配を察知する。
どうやら前回の騒ぎからずっと兵士たちは見回りを行っていたらしい。
特に獣道周辺は厳重に警戒されていたのだろう。獣道を抜けるや否やすぐに大勢の人間の気配が取り囲む。
「あれで隠れているつもりなんだね。気配もそうだけど敵意だってまるで隠そうとはしていない。あんなのじゃイヤだって気づく」
「いいじゃねぇか。おかげて敵側からの奇襲を受けずに済むわけだしよ」
「そうだね。しかもわざわざ隠れているってことは転生者もまだここには居ないんだろうね。転生者がいればこんなまどろっこしい真似しないだろうさ。なにせ直接戦えば有利なのはあちらなのだからね」
今こうして気配を消して俺たちの様子を伺っているのは少しでも戦闘を有利にしたいという心の現れからだ。
それは確かに常套手段。間違った作戦ではない。しかしそれは逆に言えばそういった手段を使わないと勝てないということでもある。
もしこの場に転生者がいるのなら彼らは奇襲なんて真似はせず、俺たちの姿を見つければすぐにでも攻撃を仕掛けていたことだろう。
隠れて隙を伺うよりも現れた瞬間に巨大なスキル攻撃を仕掛けた方が確実に仕留められるからだ。
しかしそれをしてこないということは……まだ転生者はここには来ていないということを表している。
「転生者が来ていないなら今のうちだ。彼らが来ないうちに倒してしまおう!」
アスモデウスの言葉を皮切りに俺たちは隠れていた兵士たちに攻撃を仕掛けるのだった。
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