転生者の情報
「さすがはアスモデウス……まさかここまでの戦力を抱えていたなんてな」
この数時間、俺はアスモデウスと一緒に村を廻っていた。いや、この場所を村と呼ぶにはあまりにも語弊がある。
至るところに屋台が建ち並び、屋台の種類も八百屋さんからパン屋さんといった多種多様な店が列を作っている。
住宅地だって石細工で出来た立派な家が多く、すくなくとも俺が暮らしていた木材で出来た柔な建物とは別格のものだった。
もはやこれは村というよりは都市に近い。
事実、木々に隠れて分かりにくいがこの町には高台のような物もいくつも設置されており侵入者が来ればすぐにでも追い出せる仕組みになっている。
そんな要塞みたいな設備をした村があってたまるかという話だ。
「元々私たちはすぐに撤退を決めたからね。……キミが死んだと聞いた時、その時点で戦争に勝ち目はないと考えていた。だからこそ私たちの城が攻められるまでの間に避難経路と身代わりの死体を用意しておいたのさ」
俺が治めていた拠点は重要な物質拠点だった。そこが抑えられた以上……戦争を続けていくのは厳しい。
彼女はそう判断し、敗色濃厚となる数ヵ月前から撤退の準備を始めていたのだ。
この町が立派なのも兵力がまだ多く残っているのもそういった彼女の事前準備の賜物だといえる。
「これだけの戦力があればブルスタンを奪還することも可能かも知れないな」
アスモデウスが用意している兵の数は一万相当。その中にはガーゴイルやドラゴンといった上位のモンスターも何人かいる。
彼らは空を飛ぶことが出来る故に空中からの遠距離攻撃をすることも出来る。
もちろん人間側も対抗手段として投石や魔法など様々な対処法があるが、空を駆け回る彼ら相手に狙いを定めるのは困難だ。
更に言えば地上のゴブリン兵やケンタウロス部隊もまた屈強な兵士たちだ。
ゴブリン兵は身体能力こそ低いものの、あらゆる武器を扱いに長けており戦況に応じて様々か対応が可能になっている。
ケンタウロス部隊は遊撃部隊だ。自身の持つ馬の脚を使い戦場を掛けて敵軍を翻弄させるのが目的だ。
しかしこれだけの戦力を持ってしてもアスモデウスはまだ納得はしていないようだった。
「私はそう簡単に物事が上手くいくとは思えないな。確かに純粋な兵力では私たちの方が有利だろう。しかしルーシーだって分かっていると思うが」
「転生者……か」
「そうだ。……向こうには転生者がいる。彼らがいる限りどんな兵を用いたとしてもスキル一つで覆してしまうだろうね」
個々での戦力では魔族が圧倒的に有利だった。先程もいったドラゴンやガーゴイル、ゴブリン兵にケンタウロス。
彼らの身体能力が人間より遥かに上なのは言うまでもない。しかしそれでも戦争に負けたのは転生者の存在に他ならない。
「この世界に転生された転生者は全部で二千人。たった二千人さ……だがその二千人によって私たちは全滅寸前にまで陥っている。どれだけ彼らが危険な存在か分かるだろう」
「勿論、それは分かってる。なにせ俺はそいつらと戦い命を落としかけたぐらいだ。だが、どうするんだ? 確かに奴等は強い……でもだからって手を混まねいていても意味がねぇだろ?」
「二年間音沙汰もないキミにそれを言われるとはね」
「うっ……それは」
「ふふふ。冗談さ、概ね傷の治療や結界の構成に時間が掛かっていたんだろうね」
傷の治療や結界の作成、その他もろもろの防衛手段の準備……それらを準備するのに二年という時間は最低限必要なものだった。
それを彼女も分かっているのか俺の困り顔を見て満足するだけでそれ以上責めたりはしない。
「分かってたならからかうなよ」
「悪かったね。とはいえ、ずっと心配してたんだ……意地悪の一つや二つ言ってみたくもなるさ」
俺は魔王城の陥落以降死亡扱いとなっている。他の魔王とも連絡が付かなかったことから俺が生きていたことを知っているのは村に住んでいる魔族たちだけ。
勿論それは仕方ないことなのだが、この数年間悲しい思いをさせてしまったのは事実だった。
「……すまねぇな」
「キミが謝ることなんて何もないさ。こうして私のところへ会いに来てくれたのだからね! っと話が逸れてしまった。今は転生者をどうするかという話だった」
久方ぶりの再会に積もる話はあるがそれはそれ。今は迫り来る転生者についてどう対応するか話し合うのが優先だろう。
「正直なところ転生者と戦えるのは我々魔王クラスの魔族だけだ。……他の兵士が数に物を言わせたって有象無象……彼らの刃は転生者には届かないだろう」
「つまり転生者は俺たちで何とかするしかないって事だな」
「幸い。ブルスタンを治めている転生者は二人と少ない。ここら辺は田舎だからね……そこまで兵を配置していないというのもある」
そもそも戦争が終わってからほとんどの転生者は帝都に集まっており、他の都市での転生者の数は極めて少ない。
ましてやここは帝都からかなり離れた場所に位置する田舎町だ。転生者の数が他より少ないことも十分あり得る。
「転生者と私たちの数は同じ……となればブルスタン奪還もそこまで夢物語って訳でもない」
「一人ずつ相手するってわけか」
「そういうことだ。見ていた限りではルーシーは転生者とそれなりに戦えていたようだしね、勝機は十分にあると思うんだけど」
確かにあの時、俺は善戦していた。しかしそれは一瞬の隙を突いたからであってまた同じように勝てるとは限らない。
いや、むしろあの時勝ってしまったからこそ。次は相手も油断せずに攻めてくるはず。
となれば簡単に勝たせてくれるとは思えなかった。
「不安そうな顔だね。よしよし、そんなキミにこれを上げよう」
そういって渡してきたのは一枚のバラ印の便箋だった。彼女の行動に困惑しながらも俺は便箋を受けとる。
「これは……」
「ラブレターだ。元気を出せるようにキミの思いを二万文字にしてーーって何だその呆れた顔は!」
「それで本当は何なんだ?」
「転生者の名前と能力、その他情報がずらりと並べてある」
「す、すげぇ……!」
アスモデウスの言葉に耳を疑う。転生者の情報はトップシークレットのはず……それを手に入れることが出来たなんて。
「言っておくけど随分苦労したんだからな。一年も掛かったんだ! 一年も!」
「これさえあれば敵の能力も分かるってもんだ。助かったぜ」
転生者の能力が分かるアドバンテージは大きい。転生者の持っているスキルは一人につき一つ、であればその能力さえ分かってしまえばある程度の対処は可能だということだ。
さっそく便箋を懐に仕舞うとアスモデウスはこちらに対してニマニマとした笑みを浮かべてきた。
「フフフ。受け取ったね……受け取ってしまったね!」
「なんだよ……」
「受け取ったからには交換条件を飲んでもらおう!」
さすがに無償でというわけにはいかないのか、そんなことを言ってくる。
向こうだって俺が銭無しなのは知っているはず。となれば要求するのは金以外の対価だろう。
「交換条件ってのは何だ?」
アイツのことだ。きっと録でもないことを言ってくるに違いないと身構えながら待っていると……。
「少し買い物に付き合っては貰えないかな!」
「……え?」
アスモデウスの予想外の条件に俺は言葉を失うのだった。
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