アスモデウスとルシフェル


 「包帯を巻いて……これで十分かな。後は安静にしておけば二日、三日で治るだろう」


 アスモデウスの小屋の中の一室。そこで彼女はアイナの治療を行っていた。


 彼女の怪我はそこまで深刻なものではないらしく幸い神経にも傷はついていないらしい。


 そのおかげか大掛かりな治療ではなくアスモデウス特性の魔法の薬だけで傷の修復はあらかた完了したようだった。


 「ありがとうございます」


 「別に感謝されるほどのことはしていないよ。簡単に薬と包帯を巻いただけさ……それにここでルーシーに恩を売っておくのも悪くはない」


 そういってアスモデウスは意味深な笑みを浮かべた。何を考えているのか知らないがイヤな予感がする。


 「おいおい……俺に恩を売ったところで見返りなんてないぞ。食料も缶詰が数個だけで後は現地調達……お金だってねいんだからな」


 「別に求めてるのは金や食糧じゃないから問題ないよ。要は好感度アップって奴さ……こうした好感度が積み重なっていつか私の事をもっと愛してくれるだろう?」


 どこかからかう感じでそんなことを言うアスモデウス。それは彼女なりの冗談のつもりなのだろう。


 しかしアイナは俺たちのやり取りを聞くや否や顔を真っ赤にさせる。


 「フフ。アイナちゃんってば何を恥ずかしがってるんだい」


 「あ、いえ……アスモデウスさんの言葉が……その、まるで告白みたいだったので驚いたといいますか」


 「驚くもなにも実際告白だからね」


 「ええっ!?」


 アスモデウスの表情は真剣そのもの。もちろん口調こそ冗談っぽく言っているが、彼女の告白はいつだって本気そのものでだからこそ厄介だったりする。


 アイナもあまりにもハッキリ言う彼女に理解が追い付いていないという表情だ。


 「何も不思議がることはない。妻が夫に愛を囁くなど当たり前のことだろう?」


 「夫!? 妻!? えっとお二人は結婚していたのですか!?」


 「そうだ」


 「ちげーよ!」


 アイナの言葉に俺たちの意見が食い違う。こういう時、俺を信じてくれれば嬉しいのだが、完全にアイナは疑いの目で見ている。


 「まったくルーシーは相変わらずの照れ屋だね。昔はあんなにも愛し合ったじゃないか?」


 「あることないこと言うなよな?! そもそも俺たちは付き合ってすらいねーだろうが」


 「ま、魔王様……! 照れるのは分かりますが嘘はよくないと思います」


 アイナはアスモデウスのヤバイところを知らない。それに彼女はずっと俺に親しげでルーシー呼びまでしてるぐらいだ。


 そのせいでアイナもすっかりアスモデウスの言葉を信じ込んでしまっている。


 「いや、嘘じゃないからな? そりゃ確かに告白はされたが丁重に断っただろうが!?」


 「何を言うんだい? キミは私の告白を聞いて『今は考えられない』って言ってくれたじゃないか! それって後なら付き合ってくれるってことだろ?」


 「「え……?」」


 ようやくアイナも疑問に思ったらしく不思議そうに白髪の小悪魔の方を見やる。


 自分の失言に気づいていない……いや、そもそも失言とすら思ってないのか俺たちの反応に彼女もまたきょとんとした顔を浮かべている。


 「どうしたんだい? 怪訝そうな顔をして」


 「あの一つ質問なのですが告白した時、魔王様は何と言っていたのでしょうか」


 「だから言っただろう? 今は考えられないって言ってたんだよ。それってつまりは後なら付き合ってくれるってことだよな?」


 ここまで来てようやくアスモデウスが勘違いしているのだと理解したのかアイナが困った表情になる。


 「い、いえ……それはどちらかと言えば保留になるのかと? それとも悪魔同士ならそれでも了承になるのでしょうか?」


 「ならねぇよ! 今は戦いに身を置いている身だ。そんな中で恋人を作る気はないってことだ。一応それも言ったはずだけど?」


 「勿論、それも聞いたさ。でも戦争中は何かと心労が多い……だから恋人が必要だと思うんだけどなぁ」


 「俺は必要ないんだよ!」


 「ははは。また照れてるや」


 このやり取りも実のところ何度も繰り返したことだったりする。


 つまるところアスモデウスはヤンデレなのだ。いくら付き合う気がないと言ったところでそれを聞こうとはしない。


 あろうことか何度も監禁されかけたことだってある。それぐらいヤバイ奴だったりする。


 しかし彼女の知識は俺たちにとって大きな戦力になることは確か、だからこそ多少の性格の難は受け入れるしかない。


 「もうそのやり取りはいい。それより村を案内してくれないか……今戦力になる奴らの数を知っておきたい」


 「了解。それじゃあ着いてきて」


 「あ、でしたら私も……!」


 「何を言ってるんだいキミは……。三日は安静と言っただろう」


 多少愛が重いところはあるが彼女の医者としての腕前は確かなものだ。


 傷口だって今は塞がっているものの、動けば開くかも知れないしここは彼女の言う通り安静にしておくべきだろう。


 「村を見て回るだけだ。そんなに心配することなんてねーよ。お前はいいから休んでろ」


 「は、はい」


 「うん。いい子だ。夕飯にはガチョウの肉を上げよう。とても美味いんだこれが!」


 ポンポンと母親が娘にするように頭を撫でる。アイナもやや不満そうではあったが納得したのか大人しく布団を被る。


 「それじゃ二人でデートとしゃれ混もうじゃないか。さ、おいで……村を案内するからさ」


 アイナが納得したのを確認して俺たちは部屋を出る。そして部屋を出るなり何か思い出したようにくるっとこちらの方を向いた。


 「おっとその前に一つ用事を思い出した」


 「用事って」


 「キミの治療に決まっているじゃないか」


 アスモデウスに言われて目を反らす。実は転生者と戦闘中に刀で腹の辺りを斬られてしまっていた。


 斬られたといっても傷は浅く黙っていてもバレないと思っていたのだが……アスモデウスにはお見通しだったらしい。


 「アイナちゃんの前で格好つける気持ちは分かる。だが私の前でまで格好つける必要は無いんだよ。怪我をしたならちゃんと言うことだ」


 「別に格好をつけようとしたわけじゃねぇよ。これぐらいの傷なら一々言う必要ないと思っただけだ」


 「かすり傷だって破傷風の元になる。それにかすり傷って言うわりには結構深いと思うが……まあ、どちらにせよ薬で治る範囲だ。すぐに治そう」


 アスモデウスは慣れた手つきで薬を塗りたくる。薬が染みているのか多少の痛みは感じたがさすが元智天使の作った薬……傷は瞬く間に消えていった。


 「……あ、ありがとよ」


 「やだなぁ、礼なんていらないさ。なにせ私たちは夫婦なのだからね!」


 礼を言われたことが嬉しいのかルンルンと上機嫌で村を案内してくれるのだった。

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