アスモデウス


 「良かったよお前が無事で」


 「無事なものか……凄い怪我をしているじゃないか」


 「うっ……すまん」


 アスモデウスの言う通りアイナの肩からは血が滲み出ている。


 その傷は相当深い場所に達しているようで命に別状が無くとも酷い怪我であることは確かだった。


 正直、自分の力不足に情けなさを覚える。もう少し俺が速く駆けつけていればアイナに痛い思いをさせることも無かったろうに。


 「い、いえ……この程度の傷……全然痛くなんて…………」


 「何を言ってるんだキミは。肩を刃物で刺されたんだぞ! 痛いに決まってるだろう」


 アイナが無理をしていることは鈍感な俺でも分かる。肩が痛むのか表情は歪んでおり、大粒の汗を掻いている。


 「とりあえず、医療器具の類は本拠地にあるからそこまで歩けるかい?」


 「は、はい……問題ない……です」


 「何が問題ないだ。ふらふらじゃねーか! 俺が運んでやる」


 これ以上アイナの体力を消耗させるわけには行かないと彼女をおぶることにする。


 ずっしりとした重さと温かさが背中に伝わってくる。やっぱり苦しいのか呼吸は荒い……早めに本拠地とやらに連れていった方がよさそうだな。


 「アスモデウス……本拠地まではどのくらい掛かるんだ」


 「んーと……一時間くらいかな」


 「随分と近いんだな」


 アスモデウスが基地を構えているならブルスタンの近くだとは思っていた。


 アスモデウスーー彼女は奪われるのが嫌いな女だ。こうして接していれば優しい少女に見えるがそれはあくまで友人という関係であればこそだ。


 もし彼女の独占の対象となれば相手を束縛し、誘惑し、色欲の名を持って対象を逃がさないようにする。


 それは生き物に限らず物や領土にだって言えることだ。プルスタンは彼女のお気に入りの領地だった。


 怠惰のベルフェーゴールと色欲のアスモデウス。どちらの国が先に陥落したのかは分からないが往生際の悪さではアスモデウスの方が上だったろう。


 実際こうして魔族が滅びた後も基地を構えて様子を伺うくらいだし。


 「あくまで一時間っていうのは獣道を抜けたらという話さ。人間たちには到底越えられないような道を通るからね」


 「なるほど考えたな。確かにそこなら人の探索でも見つからないわけか」


 俺の村は誰も通らない程辺境に追いやることで安全を確保した。


 一方アスモデウスは誰も通れない道を通して安全を確保したのだろう。


 「ところで気になったんだが、どうして俺たちの居場所が分かったんだ」


 「それは簡単な話だよ。なにせ、キミはギルドの冒険者を四人も斬り殺したわけだ。その騒ぎで誰かがブルスタンに来るって事は用意に推測できるだろう」


 「やっぱアレはまずかったか」


 俺たちの仲間を物のように愚弄する人間どもを見て後先のことを考えず行動してしまった。


 おかげで騒ぎになり、転生者からもこちらがブルスタンに向かっているということがバレてしまったのだろう。


 「別に悪手って訳でもないさ。ルーシーが騒ぎを起こしてくれたおかげで私もこうして合流できたわけだしね」


 「だが同時にアイツに怪我をさせてしまった」


 「それこそ仕方のない話だよ。彼女ーーアイナだっけ? アイナちゃんも怪我を覚悟で旅に着いてきたんだろう」


 「覚悟がありゃ怪我して良いってわけじゃないだろう」


 「そこら辺は考えたって仕方ない。今は命が助かっただけでも良かったじゃないか。まあ、でも悩みがあるなら私に相談してくれよ。ちゃんと慰めてやるからさ」


 「やめておくお前の慰めは洒落にならねーからな」


 とはいえ……ここまでの道のりに多少の紆余曲折はあったものの何とか最初の目標であるアスモデウスとの合流に成功することが出来た。


 それに話によるとアスモデウスはその村に基地を構えているらしい。


 それならそこを拠点に構えることで反乱できる可能性だって十分にあるだろう。


 「……あと少しだ。二人とも大丈夫かい? 道は険しいから転ばないように」


 「魔王様……すみません。私、重たいですよね」


 「んなことねーよ。むしろ軽すぎる……ちゃんと栄養取ってんのか?」


 アイナの身体は華奢で軽い。特に背負っている状態だとより彼女の身体の軽さをより実感してしまう。


 「安心しなよ。ウチには沢山の食べ物があるからさ、肉でもチーズでも何でも言ってくれ」


 「あ、ありがとうございます。そのすみません。何もかもお世話になってしまって」


 「別に感謝されることじゃないさ。これからキミたちは私にとっての仲間であり共犯者(とも)だ。だったら仲間は助け合うのが当然だからね。……と、そろそろ着くよ」


 長い獣道に足を取られながらも短い時間で俺たちはアスモデウスの本拠地に着くことが出来たのだった。

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