旅の始まり2


 「旅の準備はこんなものでいいか」


 水や食料、その他必要な雑多品諸々を用意する。あらかた旅の準備が整ったところで俺はアイナを呼び出した。


 「準備はできたのですか」


 「ああ、後のことは任せたぜ」


 ここから先は安全地帯ではない。この結界が張られた村を一歩出れば血に飢えた人間たちが歩き回る地獄の世界へと変わる。


 そんな場所にいくのは俺一人で十分だ。だからアイナにはここで残って貰うつもりだったのだが。


 何故か俺の言葉に不思議そうなどこかキョトンとした表情を浮かべていた。


 「任せる……というのは護衛しろという意味でしょうか?」


 「いや、お前はここに残れよ!?」


 「残る? ですがここに残れば魔王様をお守り出来ません」


 どうやら初めから旅に同行するつもりだったようで俺の言葉を理解していないようだった。


 よくよく考えてみれば彼女が用意が出来たら伝えて欲しいと言ったのも、俺を見送るためではなく一緒に旅に出るためだったのだろう。


 勿論彼女にだって剣の心得ぐらいはあるし頼もしい部下であるということは間違いない。


 しかしさっきも言ったが旅は危険が多い。恐らく仲間を探す間に転生者と出会う可能性もあるだろう。


 転生者はスキルという特殊な能力を持ち、身体能力ですら俺たち魔族を上回る。


 もしソイツらとの戦闘になった時、アイナを守れる自信はない。だからこそ置いていこうと思っていたのだ。


 「あのな……旅は危険なんだよ。人間どもがうようよしてやがる。そんな場所に連れていけるわけないだろ」


 「私では足手まといでしょうか……」


 「足手まといまでは思ってねぇよ。でもな、人間たちは残酷な生き物だ……お前だって万が一って事がある。折角生き延びた命なんだ……少しは大切にしろ」


 戦争で多くの仲間が死んだ。この辺境の地にいるのはそんな中から何とか生き延びた連中ばかりだ。


 そしてそれはアイナだって例外ではない。家族を殺され、仲間を殺され、そんな中で唯一生き残ったのが彼女だ。


 それを俺の旅に付き合わせて死なせるわけにはいかない。そう思っての言葉だったのだが。


 「大切にしています。私が助かったのは魔王様のおかげです。その日以来、我が命は魔王様と共にあるのだと考えています。なのでどこまでも着いていきたいのです」


 「助けたって言っても怪我したところを安全な場所まで運んだだけだろ。些細なことだ……別に恩を感じることはねぇ」


 戦時中に人間に襲われボロボロになったアイナを自分の城へ連れ帰ったことがあったのだ。


 それ以来、何かと俺の手伝いをするようになり結界、秘書のような扱いになっている。


 「それでも私は感謝しています。だからこそ何かの役に立ちたい魔王様にどこまでも着いていきたい……そう思うのはダメなことなのでしょうか」


 躊躇いもせず話す彼女の言葉に俺は溜め息を漏らす。そうだった……こいつは一度決めたら折れない頑固なところがある。


 俺の手伝いをするようになったのも最初こそ断ったのだが何度も頼む彼女の姿に折れて雇うようになったのが始まりだった。


 今回も一緒に連れてって貰えるまで引き下がろうとはしないだろう。


 最悪、俺の後を追いかける可能性だって考えられる。それならいっそのこと一緒に行動させるべきか。


 「分かったよ。俺の負けだ」


 「負けですか? その……勝負した覚えはないのですが……」


 「要するに連れてってやるって言ってんだよ!」


 その言葉を聞いてアイナはパァーっと表情を明るくさせる。


 「ありがとうございます!」


 嬉しそうに礼をするアイナを見て連れていって良かったかもなと少しだけ思った。

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