チート殺しの魔王。魔族を滅ぼされた魔王は復讐を誓う

老紳士

プロローグ

旅の始まり


 人間は力を持つと醜くなる。只ひたすらに暴力に訴え自分の気に入らなかったものを力で排除しようとする。


 抗争、略奪、虐殺、人間の本性は汚く無害な我々を人ではないという理由だけで徹底的に残虐を貫いた。


 「ルシフェル様っ! 多数の軍勢が……我が城に攻めいっております。このままでは!」


 「騒ぐな。裏道は用意してある! 子供や老人、女を先に避難させろ」


 「は、はい! ですが敵が!」


 「んなことは分かってる! 敵は俺が何とかするからお前らはさっさと避難しろ」


 城の中、窓越しからこちらを攻め入ろうとする人間どもを見下ろす。既に城兵たちは敗れ、人間の足元には俺たち同族の死体が転がっている。


 本来なら城を任されるだけあって彼らは選りすぐりの精鋭たちばかりだ。


 たとえ人間が何人集まろうともこんなあっさりやられる兵たちではないのだが。


 「チッ……この様子じゃ転生者が来てるみたいだな」


 突如、人間どもが召喚した異世界の住民。彼らは人並み外れた身体能力と魔法を使い俺たちを殺し尽くしてきた。


 アイツらがいるとなるとこの城も長くはもたないか……


 ここが魔族軍の最重要拠点、なるべくこの領土を取られたくはなかったのだが。


 願望と現実は異なるもの。城の陥落まではもはや時間の問題だろう。


 どうせ……どうせ勝てぬ戦ならせめて他のみんなが長く生きられるように戦うのが魔王の役目だ。


 俺は腰に携えた剣を強く握ると悪逆の限りを尽くす人間ばけものの元へと駆け出した。



 「……魔王様起きてください! 魔王様!」


 「ん……」


 凛とした声に起こされて俺は目を覚ます。どうにも寝起きが悪いらしく頭が痛い。


 この調子だと覚えてはいないがまたあの時の夢を見ていたのだろう。


 今回飛び起きなかったのは飛び起きるより前に彼女が起こしてくれたからか。


 「大丈夫ですか……その凄く魘されていたみたいですけど」


 心配そうにこちらを見る金髪の少女。彼女の名前はアイナ・パトプリカ。人間軍によって滅ぼされた魔族の生き残りだ。


 金色の髪に整頓な顔立ち、藍色の瞳、その姿は一見すると人間と何ら変わりはない。


 しかし彼女には人間にはない獣の耳がありそれが彼女の魔族であるという証だった。


 只、人間とは違う。それだけの理由で彼女もまた討伐の対象となった。


 結果、村が襲われ、家族が死に、友が殺された。今でこそこうして人並み程度の表情を浮かべるようになっているが昔は酷い有り様だった。


 「別にいつものことだ……問題ない」


 いつもの悪夢。死にきれなかった俺の罪、もはや何度も見た情景。最初こそは精神的に堪えてはいたが、今ではその夢にも慣れた。


 だからこそ今ではそこまで嫌な表情を出すことはない。


 「それより……例の件は?」


 「人間たちの様子ですか……相変わらずですね。戦争が終わって二年も経ちますが未だに残党探しは終わってないようです」


 「敵もしつこいもんだな。一体俺たちに何の怨みがあるんだか……そんなに魔族が嫌いなのかねぇ」


 戦争で魔族のほとんどが殺された。俺たちは領土を奪われ事実上俺たち魔王軍の敗北となっている。


 しかしどうやら人間の方は俺たちを根絶やしにしたいらしい。戦争が終わった今でも人間たちは魔族を探しては狩りをして楽しんでいる。


 何でも最近はギルドという組織まで作り、魔物狩りを遊び感覚で行っているとか。


 「正直、私は悔しいです。只、人間ではないという理由だけでこんな不当な暴力を受けるなんて」


 「辛いだろうが耐えてくれ……どっち道 今の戦力じゃ勝てない。でも戦力さえ揃えば勝機はまだある」


 「魔王様の能力……スキル殺しですよね。それを使えば転生者のスキルと呼ばれる能力を封じることができるんでしたっけ」


 「そうだ。これで何とか転生者とは互角に渡り合える。でも問題なのはそもそも戦える戦力がないって事だろうな」


 戦争で領地をおわれてからは俺たちは辺境の地で身を潜めている。現在そこには子供や女性などがほとんどで戦える兵士は数えるほどしかいない。


 それこそギルドと戦う程度なら何とかなるかも知れないが大規模な戦闘となれば全く歯が立たないという現状だ。


 「やっぱりこの土地を離れる必要があるかもな」


 「前に話していた他の戦力を見つけるという話ですか……ですがその可能性はあまり高くないと思います」


 「低い高いの話じゃねぇ。これ以上、ここにいたら可能性そのものが無くなる。それに大罪の七騎士なら生きてるかも知れないからな」


 大罪の七騎士とは魔王軍が誇る選ばれた魔族のことをさす。魔王である俺を含めて七人、そのどれもが皆魔界では随一の強さを誇っている。


 俺だって自分でも驚くほどに意地汚く生きている。ならば他の騎士にも生き残りがいたっておかしくない。


 幸い魔王城が陥落するまでに六騎士の誰かが敗れたという話は聞かない。


 ならば生き残っている可能性は十分に有り得る。


 「この二年間で部下にもそれなりに剣の稽古を付けてきたしな、防衛結界もそれなりに強固なものにしてある。俺が離れても問題ないだろう」


 俺が旅をしている間にこの土地に何かあっては意味がない。だからこそこの二年間という月日は防衛対策を施すのに必要な期間だった。


 しかしその準備も終わった。今日の昼頃にはもう出発することができるはずだ。


 「分かりました。魔王様では魔王様不在の間はキマリス様に土地を任せるということでいいですか?」


 「ああ、ゲリラ戦といえばキマリスだからな。アイツなら例え人間軍がこちらに攻めてきたとしても二ヶ月ぐらいは時間を稼いでくれる」


 「分かりました。では後でキマリス様にそう伝えておきます。出発の準備が整いましたら教えてください」


 「おう」


 アイナの言葉に返事を返すと俺は旅の準備を始めるのだった。

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