新生
私は生まれ変わるのです!
〈暗闇に突如スポットライトの円が現れ、一人ステージ上で照らされる。上を見上げ拳を握り、少しの間を開ける。〉
そのために、これまでの稚拙で愚かしい十八年という、短いようで長い人生を恥ずかしながら振り返らせてもらいたいと思います。
〈胸を押さえて動き回りながら台詞を言う。しっかりと抑揚をつけて。〉
〈舞台暗転の後、木椅子に座った状態で現れる。〉
1999年の夏、私はこの世に生を受けました。母の腹から出てきた時のことは、今でも鮮明に覚えています。その瞬間はまだ世界が真っ白で、誰かの泣き声と燃えるような人肌の温かさだけを感じ取ることができました。
その時の私といえばもう、この世の何よりも純粋で、再び相まみえることはないだろうという程美しかったのです。その後の人生で何度その日に戻りたいと思ったことか。
〈顔で感情を表現しながら喋り、ここでコミカルな溜息。〉
それからの記憶は永い間ありません。誕生日やクリスマスなど、断片的には残っているのですが、まぁ物心がついていないってやつですかね。なので小学生まで割愛させていただきますが、どうかご容赦ください。
〈椅子から立ち、ペコリと頭を下げる。舌をペロッと出しても良し。椅子を持って消えていき暗転。〉
〈ステージ全体が明るくなり、教室を模したセットが現れる。周りで教師や生徒達が授業を進めている。〉
私は小学生の時、ある意味で自己中心な生き方をしていたと思います。基本的に深いことは考えず、自分の感情といった類のものを最優先させて日々を送っていました。それゆえ、あまり人の目は気にしたりはしませんでした。憧れた漫画の登場人物の格好の真似をしてみたり、独自の設定を考えて変なキャラを演じてみたり、もう少し年齢が上でしたら厨二病と言われていたかもしれません。危ない危ない。
〈先生役の人から当てられて問題を答えさせられる。元気に答えて得意げな表情。〉
それでも人並みに恋をしました。相手は(おそらく)高嶺の花で、私は好きな子にちょっかいを出してしまうパターンでしたから、その恋は散る、いや、爆散して終わりました。
〈周りの人間たちが床に飛ぶ。〉
六年という永い月日が流れ、私も立派に中学生。
〈倒れていた人たちが起き上がり机や椅子を動かし回る。その間に早着替えをして制服に。〉
特に理由もないけれど、漠然とした希望を抱いて私は入学したのです。
〈椅子に座ってペンを構える。〉
中学生の私は特に勉強に精を出していたというわけではありません。家に帰ったら宿題だけは終わらせて後は好きに過ごしていました。ノートを執りながら、鉛筆と消しゴム、黒煙とゴムの組み合わせで字を書いたり消したりできることを発見した人は凄いな、よくこの組み合わせを見つけたものだ、なんて考える時もありました。
〈この台詞の間ずっと字を書いている演技。言い終わるとペンを置いて勢いよく立ち上がる。周りは撤収。サッカーボールが転がってきてリフティングやドリブルを始める。〉
特にやる気を出したのは部活でしたが、これには良い思い出がありません。何の因果か、二年になると私が部長を務めることになったのですが、これがまた酷かったのです。私のやる気は天下を取らんと言わんばかり、他の部員達は楽しくできたらいいなという程度のもので、練習の質が定まらないのです。そのせいで何度かもめることもありました。誰が悪かったなんてものはないと思います。
〈大きな音を立ててボールを床に止める。〉
ただ、それ程のやる気があったのなら私がクラブに行けばよかった気もして、部員らの青春を無駄にしてしまった思いに駆られて、今でも悔やんでいるのです。
〈うつむいてボールをステージ脇に蹴る。〉
他にも私は罪を犯してしまいました。恋愛面におけることです。
二年生になった私には思いを寄せる相手がおりました。その子とは一年時から仲良くしていたのですが、いつしか想いは恋情へと変わり、ついには告白するに至ったのでした。
〈ここまでは非常に明るく。わざとらしい演技で。〉
実を言いますと相手もこちらに気があるのだろうなとうすうす思っていた状態での告白でした。こんなことを言うとナルシストか何かのように思われがちですが、相思相愛の仲である男女の間には何となくそのようなムードが流れるものだろうと思っております。
〈客席とは反対の方を向く。パッと振り返って次の台詞を。〉
結果は予想通りで、相思相愛というのが妄想でなかったことが証明されました。お互い手紙(ほとんど紙切れのような物でした)を使うという今どきにしては古典的な方法だったのですが、相手の文字を読んだ時には舞い上がりそうになりました。いえ、舞い上がりました。
〈舞い上がる、という言葉が似あうようなジャンプ。舞台袖から紙吹雪が飛ぶ。〉
この話の展開で罪というと付き合ってすぐに別れでも告げたのだろうと想像なさるかもしれません。しかし、そんな話ではないのです。私に言わせればまだその方が良心的だと思います。
では一体何をしたのか、ええ、正直に申しましょう。何もしなかったのです。デートもお付き合いもしませんでした。
まったくひどい話です。十四歳の少女の気持ちを想像してみてください。思いを寄せる男の子から好きだと言われた(実際には声に出して言ってはいません)。もちろん私もと返事をし、これからの楽しいデートなどを想像し、どこに連れて行ってくれるのかしら、なんて思っていたかもしれません。ウキウキして夜も眠れなかったかもしれません。それなのに私ときたら。
第一に、付き合おうとしなかった理由が酷いのです。私が好きになった子はスクールカーストで考えると少し下の方でした。私が告白したことが同級生に知られると、お前あんな奴が好きなのかよ、と軽くからかわれてしまい、私はそれが嫌になったのです。その子とデートするのを誰かに見られ、学内に言いふらされやしないかと怖くなって、しまいにはその子とは同じ学び舎に居たにも関わらず疎遠になってしまったのです。本当に申し訳ない。
〈土下座。〉
私のしたことは彼女の心を弄んだと言っても過言ではありません。七つの大罪に加えられ、八つの大罪と言われても決して文句は言いません。神が、仏が、たとえ彼女が気にしてないと言おうと、これは罪なのです。申し訳ない!
〈再び土下座。ゆっくりと舞台が暗くなる。〉
そんな大罪人の私でも入学試験に通り、無事高校生になることができました。少し不思議なことだと思っています。
〈高校の制服を着て登場。ボタン、ホックともに閉めている。眼鏡着用。〉
高校生になってもサッカーは続けましたが、自分には向いていないと知ることになっただけでした。恋愛面でも特に何もなし。はたから見ればつまらない高校生活。
しかし!私から見れば充実した、最も濃い三年間でした。
何よりも私は気づいてしまったのです!考えるという事に!
〈上からボタンなどを外しながら次の台詞を言っていく。〉
周りの物事をただ「当たり前」として過ごしていく日々。常に、そしてあらゆる事を深く考えることを考えていなかった日々。そこから抜け出すことができたのです!
考えることはだんだん深くなっていきました。その過程で小説家という夢を見つけ、たくさんのことへ興味が湧いてきました。
そしてこの話から私は新生を始めるのです。遥かなる私への生まれ変わりです!
〈眼鏡をできるだけ遠くに投げる。〉
大学生となり、幸せを求めての自己管理、夢の欠片を拾う旅、異なるものへの接近、様々な経験にこの身を落とし入れ、愛を探し愛を知り、人を救える者へと、愛の付与者へと変わっていくのです!
〈滑り込むように座り、両手で自分の身体を抱く。上を見上げ、最高の笑み。暗転。〉
〈スーツを着て登場。〉
皆様、いかがでしたでしょうか。これで皆様は大きな者へ生まれ変わる人間の、その始まりを目撃したことになるのです。なんとも素晴らしい!
このような感じで自身と希望に満ち溢れている私なわけですが、誰にも未来など分かるはずがありません。それでも、いや、それだからこそ私は夢を見るのです。それに導かれるように謳うのです。
ただ一つだけ決まっていることがあるとすれば、私は常に幸せを感じられる環境に身を置くように努めて生きていくという事だけです。どうか皆様もお幸せに。
それでは!
〈会場中に大音量で流れる陽気で楽しげなメロディー。二度と消えることはない拍手喝采。一席も埋まっていない会場。打ち上げられる紙吹雪たちは一直線に地面へと落ちていく。どこかの誰かに愛想を振りまきながら、私の視界は白んで、身体は右へと倒れていく―――。〉
※この話は必ずしも作者、Lightのことを書いたものとは限りません。Lightの実体験もあれば完全な想像もございます。ご了承ください。
十八年 稲光颯太/ライト @Light_
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