第6話はかり知れない
(あれは……藤原先生!)
藤原は初めて美弥子の作品について触れた。
「どうして主人公はスカート好きなんだ?」
美弥子は答えられない。
「あれはただ、面白いと思ったから書いただけです。差別とか、全然考えてませんでした」
「ならそれでいい」
藤原はあっさり引き下がる。スカート姿でどうどうとして、いっそ清々しい姿に拍子抜けする。今度は別の質問。
「なんで、主人公は踊ったんだろうな」
(決して「私が家に帰らない理由」「どうして友達を作らないのか」聞いてこない先生はあくまで先生なんだな)
ぎこちない標準語で美弥子、
「きっと生きることから逃げ出したかった。逃避というわけですよ」
藤原は答えを得て納得のいった顔で、心から楽しむように、
「それで、いいんだな?」
美弥子、不思議。
「なんでそれでいいって聞くのです」
「だって主人公はつらいんだろう? 逃げたいほど生きることが苦しいってことだろう」
「逃げてるだけなんて、女々しいと思います」
「生きることに苦しんでる主人公を見下しちゃだめだ」
「見下してなんか……」
「だってお前自身が選んで書いた主人公なんだから! 応援してやんなきゃ!」
ふっと彼女が向き直ったのはなんでなんだろうか?
「おまえの話はなあ、主人公が何か壁に体当たりして、それでもだめで、うまくいかなくて苦しんで、だからこそ『生きている』」
「先生わかるんですか」
(私の苦しみが?)
「わからないよ。だから、わかりたい。オレはおまえの話、好きだよ」
(……き、スキ?)
顔を紅潮させる美弥子にかまわず、また踊り始める藤原。はっはっと呼吸を乱している。
美弥子、持っていた缶コーヒーを差し出して。
「きっとたいした理由じゃないと思います」
目に光る涙。
「そんなことはない。彼はどういう気持ちだったんだろうって。どういう気持ちでこの空を見上げたんだろうって思わされた」
藤原は、両腕を天に掲げて白い息を吐く。
「妄想にできることで実現化しないことあるか? 人を傷つけたい奴は人を傷つける妄想をするし、実際に傷つけることも可能だ」
それはあるかもしれない。
「太陽系を飛び出すことだって人類は可能にしたんだ。それは誰かの『空の向こうへ行きたい』それだけの妄想だったかもしれない」
妄想を愛する藤原らしい考えだった。
「彼は踊ったんだ。これははかりしれない謎だ。誰もいない公園で、独りぼっちのまま。彼はどんな気持ちだったんだ?」
藤原は浅く息を吐きながら、美弥子に問いかけた。物語の作者に。
「オレはわかりたい。だから踊るぞ」
またジャンプして、今度はしりもちをついた。
「いてて」
力尽きたのか。
「大丈夫なのですか?」
「いや、もう、おまえは帰れ、なんなら送っていってもいい」
わずかな星を見上げ、息を切らす藤原を見て美弥子は、精一杯の背伸びをする。
「――きっと彼は気持ちよかったと思います。こんな静かな夜にのびのびと自由にできて」
涙はもう乾いたのか。
「そうか? じゃあちょっとはストレスが晴れたんだなきっと」
「はい!」
元気に答えた。藤原に背を向けた帰り道。
美弥子、独りでたくさんたくさん、泣いた。
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