第2話オタクは変化する
包帯で頭をクルクルまかれた午前。月曜日の選択授業は眠たいがそうも言ってられない。
「こないだは国語表現で物語を書いてもらったな」
生徒提出作品に藤原、いちいち病的にツッコむスタイル。
「これなんだ? 山本ォ」
「オタクが犯人の話です」
「幼女誘拐な。おまえのは社会的差別だろう」
「だって実際あったって親が言ってました。オレは裏とったんです」
「なんの裏だ。昔のニュースだろ」
「認めます」
「考えたことはないか? 右螺子の法則は右螺子が存在するから成り立つ」
「何の話?」
山本少年は周囲を見渡す。わかってないのはおまえだけという雰囲気にはまだなってない。
「何の話ですか、だ。や・ま・も・と・だ・い・す・け!」
「や、なんの話っすか?」
「右螺子は右に回せば進む、必ずそうなるから法則が成り立つ。だがな、この世には左螺子だってあるしそもそも螺子が存在しなければ右螺子の法則は成り立たないんだよ」
「知らねーよ、そんなこと」
作品に自信があったのだろう、つまらなげにうつむいて呟いている。
「つまり、おまえの論だと『オタク』は必ず幼女好きでいつも暗いところでフィギュアをもってはあはあしてなきゃいけない」
「それのどこがいけないんだ……」
苦い顔をして黙り、唇を突き出している男子生徒。
「様々な時代とコンテンツが存在する以上、現代におけるオタクはこう、というおまえの論理は破綻する」
「そんな……」
「螺子の原理は変化しない。オタクは変化する。全ての幼女誘拐犯がオタクでニートか? 後ろ暗い過去を持っているのか?」
「……」
「だいたいオタクってくくりはなんだ? 言葉を安易に扱うな。人生を深く生きるんだ。おまえのは底が浅いんだよ」
実に論理的に叱られた。これでは批判された方も言い返す方法はない。
しかし少年少女は権力に無関心だ。果敢と言ってもいい。
「えー!? でもオタクはみんな嫌いでしょー」
ミノリが言った。
「相馬、おまえはいつからみんなを代表するようになったんだ? みんなっていうのは誰と誰と誰だ? 言ってみろ」
「先生がおかしいよ。オタクは人間だし、人間は罪を犯すものだし、ネジは無機物でしょ? 比べるほうがおかしくない?」
ミノリは譲らなかった。妙な姿勢で椅子に寄りかかっている。
山本少年が救われたような顔をして言う。
「そうだよ、有機物と無機物を一緒に考えるべきじゃないんだよ」
(おう、そうかそうか。それは格ゲーオタのオレへの挑戦か。人間は罪を犯すもの、その挑戦受けて立つぜ)
藤原は横を向いて咳払い。黒いインクペンでホワイトボードに文字を書く。
「それについての返答は、『概念』という文字を辞書で読め。じゃあ聞くが、おまえら外国のオタクを知ってるか? 超クールなんだぞ。ちなみにフランス語でもオタクはオタクだ」
「え」
それで全員黙った。
「ようつべくらい、見るだろ。ありゃ一部の悪ふざけ以外、オタクの独壇場だ」
ガンとして譲らない。それは彼がオタクだから。
ミノリがせせら笑う。
「じゃー、概念で言うなら、過去は変えられない。オタクは過去に犯罪犯した。ネジは幼女誘拐したためし、ないでしょー」
ぐぬぬ、と藤原は右中指で眼鏡に触った。
「明らかに先生の言うことおかしいでしょー?」
「すべてのオタクが幼女誘拐するのか?」
「オタクはともかく、すべてのネジは過去、現在、未来において、幼女誘拐しないし、可能性の欠片すらないでしょー」
なんだか授業がこんがらがった。
(相馬ミノリ……あなどれないやつ)
藤原はホワイトボードに赤インクのペンで、さっきより大きな音で文字を書く。
「その返答については『普遍性』という単語を辞書で読め。以上だ」
「センセーが逃げた……」
「逃げてない!」
(授業のレベルを下げるな、このあげあし取りめ)
「相馬、成績がいいからって、いい気になるなよ。来るなら来い!」
「はあ? べっつに、行かないし……この程度で論破されるセンセーも珍しいでしょー」
屁理屈を言っているのはわかる。だが、当の藤原が屁理屈で生きているような人間なので、あえてそこには触れない。
「以上だ! 次!」
「逃げた……」
ミノリのくすくす笑いが耳につく。
「逃げてない! おまえの詭弁につきあってたら時間の無駄だ。次!」
「センセーが単純すぎでしょー」
「次!」
作家志望の同級生、ペンネーム『桃子』の作品もたたかれた。
「どうして照明が消えると男はヒロインに襲いかかるんだ?」
「そういう系の恋愛ものだから?」
「修行しなおせ」
『桃子』、とりまきと一緒にブーイング。
「だって、男ってそういうもんでしょ?」
「ラブシーンが強姦シーンになってるじゃねーか。それでどうして女が男に惚れるんだ。犯罪だろ」
「そうだ、男はそうじゃねえよ」
拍手する男子たち。
「先生って熱いんですねー」
男子生徒から見直されてる藤原。なにを気にしたふうでもない。彼はいつもの自然体だ。『彼なりの』自然体。
まずい……私のもたたかれる。
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