再構築系魔法使いとケツバット系妖精ウサギその他もろもろ

夏白

第1話

 夜に飲むお酒は本当に美味しい。

 妖精兎のトニーと晩酌をしていたら、突然月が陰った。


「わぁ……百年に一度の月食だぁ」

「へぇ。見るの久しぶ――マジで!?」


 思わずトニーを見たら、ふくふくとした体がもふっと動いた。

 トニーはかわいらしい白兔なのだが、最近食べ過ぎでますます丸くなっている。もう贅肉に顔が埋まって飛ぶのも大変そうだ。背中に付いた虫のような羽が毎回来る度に羽ばたきの回数を増している。ついでに言うと、飛行距離も落ちている。


「そっか……。妖精の森って時間流れるのが速いんだね」


 自分の手の平を見ても、ぜんぜん年をとった感じがしない。

 ここは鏡が無いから顔はどうか知らないけど。


「ミシャ、何を言ってるの? ここと人の世の流れはいっしょだよー」

「えっ、じゃあなんで年取ってないの!? あの月食見るの三回目なんだけどっ」


 贅肉からにょきっと出た前足でおちょこを傾けたトニーははふーっとため息をつく。そしてだめな子を見る親のような生暖かい視線を寄越した。


「まぁったくミシャは自分の事もわかってないんだね。魔力量が多いとずーっと長生きするって前に話したでしょ」

「わかってないとか、その体型のお前に言われたくないよ」


 月のように丸いデブ妖精兎はむむっと顔を顰めた。


「ボクの事はどうでもいいの! ミシャはたぶん、あと千年くらい生きるんじゃないのー」

「……ねぇ、それドラゴンよりも長生きしないかな。やだよそれ」

「なんでぇ? 普通の人間は長生きしたいんじゃないのぉ」

「普通の人間でもそんなに生きたいと思わないよ。せいぜい百年くらいだよ。今だって暇で死にそうなのに」

「そうなんだぁ」


 日々の生活が安定して森に籠もってからすることがあんまりなくて、最近は地酒を作ってのんだくれている。おかげで百年……いやトニーが来る前に二回見たから、三百年くらい経ってたのに気付かなかった。

 この世界には魔法や幻獣と呼ばれる生物が居て、もちろんドワーフやエルフもいる。

 私がこの世界に来る羽目になったのは二十七歳の時だった。

 突然、地球から瘴気の森という魔境に落ちた私はそこで一度死んだのだけれど、異世界人だったせいか、そのまま再構成されて生きかえってしまったのだそうだ。

 異物を分解して世界が合うように改変させたのだろうと、瘴気の森にいたドラゴンに教えてもらった。体はこちらの物質で再構成されて、もう二度と元の世界には戻れないだろうことも。


「じゃあ、人間に魔力でも与えたらぁ? 全部使い切ったら普通に時間が流れるんじゃないかなー」

「それどんだけまき散らさなきゃいけなくなると……。人間界が全部魔境になっちゃうよ」

「だよねー」


 普通の人間の形をしているが、私は瘴気の森の物質で構築されているから、純粋な人間とは言いがたい。というか、外見は人に似てるけど、違うのだという。

 あえて名前を付けるなら、理性を持つ魔物。生き物の理から逸脱した者、だそうだ。

 そう言ったのは暇つぶしを求めていたドラゴンだ。私は彼女に世の理を教わったのだが、魔力は全ての生物にとって力の源で、多すぎても少なすぎても均衡が崩れるのだそうだ。

 私もいるだけで周囲に影響を及ぼしてしまうらしく、さんざんな目にあった。

 マッドサイエンティストに目をつけられたり、最終兵器にされそうになったり、魔物と間違われたり……いいことなかったな。あ、魔物は瘴気に犯された動物のことで、凄い凶暴なんだよね。黒いし、目が普通じゃないっていうか、とにかく死ぬまで暴れる。

 体の中に魔力が入りすぎておかしくなっちゃったのが原因だけど。だからぬいてやれば大人しくなる。


「じゃぁさー。紫の大陸に行ってみたらどうかなぁ」

「どこそこ?」


 トニーの白くて長い耳がピコピコ動いた。


「この緋色の大陸の南にもう一つ大陸が発見されたんだよー」

「へー!」

「そこはあんまり豊かじゃなくって、凄く荒れてるんだって。魔法嵐が凄いんだってぇ」

「魔力の均衡が崩れちゃった?」


 ちなみに、瘴気と魔力は似てそうだけど違うものだ。例えるなら水と石油くらい違う。でも、うまくすると瘴気は魔力に、魔力は瘴気に変換できたりする。

 魔力は太陽の光みたいなもので、それがないと植物や動物はうまく暮らしていけないのだ。


「うん。それで、嵐が魔力を取っていったりまき散らしていて、大陸の植物がまともに育たないんだってぇ」

「へぇー。ますます大変そうだねぇ」

「そういえば、今度ここに来たらミシャに直してほしいから、行ってくれないかなって伝えるように長が言ってたー」


 そうなんだ、と言いかけてふと気付く。トニーがここへ来てから出て行ったことが一回でもあったかな、と。


「ねぇそれトニーがここに来る前の話?」

「なんでわかるのぉ?」

「このデブ兎っ!! それ百年前じゃん!?」


 月食の翌日にこのデブ兎はやって来た。

 思わずデブ兎の耳を鷲頭噛んで振り回すと「いやぁー」といいながらシクシクしだすが許すまじ。

 私が人間の仕打ちに絶望していたとき、この妖精の森に滞在することを提案してくれた大恩人が、妖精王サラードだ。ちなみに亀の妖精で、甲羅が翡翠で出来ている。妖精達が長、と呼ぶのは妖精王サラードのことだ。

 というわけで、私はデブ兎を思う存分振り回した後、家の中を整理して翌日旅に出た。

 デブ兎には昨日事情を聞いたので向かう旨をしたためた手紙を持たせた。信用出来ないから道草喰ったら自動的に衝撃波で尻を叩くお仕置き魔道具を取り付けたのは、我ながら冴えたアイデアだと思うな。デブ兎はまた泣いたけど、そうでもしなきゃ戻るまでに十年はかかりそうだからね!

 私は久しぶりに妖精の森を出た。


「それにしても」


 故郷を離れ、思えば遠くへ来たものだ。



 旅立った私は、荷馬車に乗っていた。

 溝にはまっていた荷馬車の車輪を掘り起こす手伝いをしたら、後ろに乗せてもらえたんだよね。家畜のプーが乗ってるけれど、ちらっと私を見ただけでそのまま寝ちゃった。

 プーは白いもこもこの毛で、顔の黒い羊に似ている。山岳地帯に住んでいて、泣き声がプーだからそう名付けられた。

 御者のおじさんは麦藁帽子を被っていて、農村で暮らしているという。今日は知人から娘さんの誕生祝いでプーをもらってきた帰りらしい。


「紫の大陸か、お嬢さんずいぶん古い名前を知ってるんだな。今は魔大陸って呼ばれてるよ」

「へぇ。そうなんですか……」


 さすが百年前の情報……デブ兎、帰ったら百回兎鍋の刑だ。煮詰めてスリムにしてやる。


「その魔大陸にはどう行けばいいんでしょうか?」

「物好きだねぇ。あんな土地、今じゃ奴隷だって行きたがらないのになぁ。道なら魔族か奴隷にでも案内してもらえばいい」


 魔大陸の生き物は自ら魔族と名乗ってるらしい。


「魔族はわかるけど奴隷にですか?」

「魔大陸は貧しいから自分を売って出稼ぎに来る奴が多いんだよ。外見は怖いが力が強いからな。人間雇うより安上がりだ」


 日本にあったRPGゲームみたいに魔王が攻めてる様子はないらしい。

 というか魔族、凄い働き者そうなイメージが……。

 ごめん、魔族の皆さんマジでごめんね。あとでデブ兎に謝らせよう。


「まぁ、賃金分働いた後は給料になるか解放されるから、悲惨な生活してる奴は居ないさ」

「じゃあ、魔族と共存してるんですね。あれ、おじさんどうしたんですか。怖い顔してる」

「あいつらこっちの方が絶対豊かなのに居着かないんだよなぁ」

「え、なんで?」

「こっちじゃ魔素が薄いから長くいると死んじまうらしい。孫と所帯持ってくれりゃぁ万々歳なんだかなぁ。どうにかならねぇかな……」

「死んじゃうなら仕方ないですね」

「まぁな。俺だって嫌だからな。百年前は出稼ぎの魔族のせいでそこら中の国が混乱したが、今じゃ友好民族だよ。悪い奴らは皆やっつけてくれたしな!」


 拳を握ったおじさんはまるで英雄譚を読む少年のようだ。


「魔族は皆いいやつらだ。あいつらのおかげで荒くれ共は大人しくなった。どうやっても魔族には勝てないからなぁ」

「そですか」


 妖精の森に入ったときは人間の国は戦争をしていて、人々の目もおじさんほど光に満ちたものじゃなかった。体もガリガリで皆お腹が空いていたらしい。


「お、噂をすれば! 嬢ちゃん、あれが魔族の奴隷だ。道聞いて一緒に来てくれるか聞いてみろよ。今は門番の仕事してるみたいだな」

「時間で違うんですか?」

「おお。村には三人くらいいてな、女と子供と普通の奴には優しい。だが悪さするとぶん殴られる」

「……それ、凄い良い人だけど、なんかこう、とぐろ的な何かを巻いてる気がするんですが。凄い、なんかこう、とぐろ的な!」

「はは! 蛇族見るの初めてか? 俺も二十年前は驚いたもんだ」


 荒々しい感じの黒い光沢を持った何かが門の前にいる。隣にいる人間っぽい人の三倍くらいあるような……。


「二十年も居るの!? うわぁ……」

「おーい! お前にお客さん来てるぞー!」

「心の準備まだなんですけどっ」


 実はこのおじさんに話かけるのも凄い勇気がいったのだが、おじさんは私の事なんて考えずに、普通に魔族を呼びつけてしまった。

 黒い鱗の光沢が眩しい蛇族は、のそっと鎌首をもたげシューと鳴いた。赤い目がこっちを見ている。


「おじさん、おかえりなさい。美味しそうな物を積んでますね」

「それ私じゃないよねっ」

「おお、プーの乳はうまいぞ。クリームシチューにして、今夜は娘の誕生祝いだ」

「プー」


 プーはのんびりしている。動物さえも危機感を抱かないなんて、いろいろおかしいよ。


「それは良い。ところで、私にご用があるというそちらのご婦人は?」

「あ、初めまして。ミシャと言います。紫の大陸に行きたいんですけど、道を教えてほしいんですが」

「はて、我が故郷に人間が? ご用ならば我ら魔族がお受けしましょう」

「あ、いえ。用事があるのはあるんですけど、頼まれ事をしたんで出向かなきゃなんです」

「差し支えなければどなたからの依頼かお聞きしても? 我らを語る輩にお嬢さんが騙されていなければいいのですが」

「え、そんな危ない人もいるんですね……。妖精王サラード様の依頼です。いや、本当は百年前に妖精兎トニーに連絡するように言ってたらしいんですが、昨日聞いたんですよね。やぁ、あのデブ兎ほんと伝言すらまともに出来ないなんてアハハ困っちゃいますよね!! あはは、はは……どうしよう顔怖いです」


 見開かれた蛇の目が赤く爛々と輝き、ぱかっと開いた口からシュー!! という激し威嚇音と、鋭い牙がのぞく。

 と。


「我らの悲願!!」

「ぎゃー!」


 高周波のような声に耳がきーんとした。


「おおおおぉ……! 妖精王から伺っております、お待ち申し上げていた! 今から二百年前、我らが王、ハイロンド様が人間の大陸を発見し、魔法嵐の起きない平和で豊かな土地に驚愕いたしましたところ、人間の国を調べると仰られ、我ら魔族総動員で調べ上げました結果どなたかが調整を行っていると伺いなんとか突き止められないかあらゆる種族に聞き回り門前払いされ最後に取り次いだ妖精王サラード様という翡翠の甲羅を持った亀の妖精に平定者ミシャ様のことを伺いどうか我が大陸に来てくださらないか打診して使いを出していただいたのが百と九十九年前の事でございましたがその後連絡がなく我らの出した条件がだめだったのかと諦めかけたとき、まだご連絡していただいていないと言われホッとしたのも束の間、それから九十九年が経ちミシャ様の居場所に使いを出したと伺い更に待つ事百年既に使いは出したと伺いよもや勾引にあったのか何かの事件に巻き込まれてしまったのかと気を揉むあまりいてもたってもいられず大陸中を探し回るために奴隷を隠れ蓑にあらゆる場所に潜り込み不運な婦女子達を救いはしたもののしかし探せど見つからずもうだめかと思っておりましたなぜならば我が大陸は魔法嵐が日に日に凄まじく今や王都で魔王様が張られる結界のみが我らの命綱でありましたがまさか連絡を受けたのが昨日でご無事だったとはそしてたった一日でここまで来てくださるなんてうおおおおおお」

「いや、その、妖精ってのんびりなのが多いし、サラード様は亀だし、三口言うだけで一ヶ月とか普通にかかってたから、あの、その、とにかく急ぎましょうか!!」

「なんというぅぅううなんといいう暖かいお言葉あああ!!」


 滝のような涙を長す魔族の慟哭は、一日中続いた。

 デブ兎、極刑決定。

 絞る。


★★★


 おじさんに別れを告げ、滂沱の涙を流す蛇の魔族の背に乗せられて、私はしゅるしゅると大陸を横断していた。

 彼の名前はスーラと言って、二百五十歳の若輩者らしい。人間で言う十八歳頃なのだそうだ。外見が鱗で細長くて蛇顔なので全然分からなかった。

 ていうか言葉固いから十八歳とか言われてもぴんとこないよ。


「やぁ、すみません。ずっと乗せていただいて。お腹痛くないですか? 擦ったりしてません?」

「我が鱗は固いのでご心配召されるな。それよりもミシャ様のお体は大丈夫ですかな。婦女子を運ぶ際、最新の注意を払っているのですが、ときどき気持ち悪くなる方がいらっしゃるのです」

「乗物酔いはしないので」

「それはようございました」


 ちなみに、おじさんがお婿にもらいたがってたのは別の魔族で、背中にでっかい羽の生えたデーモンだった。凄いたくましい感じの。なんか、男は見た目じゃないよ! を地で行ってるね。

 彼は飛べるので一足先に魔王城に使いに出た。村娘総動員で引き止められていたのを「申し訳ございませぬ、我らの使命を果たさなければならぬゆえ」とかいって振り切っていた。なんか凄い武士っぽい。娘さん方ふらっとしてたよ。

 魔族って何か武士っぽい話かたするね。生き方も似てそう。

 ちなみにスーラさんの慟哭は周辺の村にまで轟いていたので、残ったもう一人の魔族は気づいたら周辺の魔族に伝えに行った後だった。こちらは小さな鼠の魔族だったので、子供達が最後まで尻尾を握って離さなかったのを、母親に引きはがされて泣いていたらしい。凄いふっくらしてていい感じの毛並みなんだそうだ。触りたいよぉ。


「大きな町には移転魔法の使える魔族がいますゆえ、そこからは直接魔大陸へお送りできるかと。陛下はとてもよいかたなのでご安心くだされ」

「あ、はい。それにしても、そんなに大変な事になってるなら、もっと催促すれば良かったのに」


 魔族、我慢強すぎる。


「は。それは多くの魔族が思うところではありました。しかし陛下はおっしゃったのです。相手の都合も考えなければならぬと。魔大陸側での受け入れ体制がまったく整っていないことを、強く申し上げられたのです」

「私の受け入れ体制? 食べ物とかですか?」

「とても荒れた世ですので、歓待が出来ませんでした」

「え、わざわざそこまでしなくてもよかったのに」

「しかしミシャ様は人間界の荒れようにお疲れになり、妖精の森で療養されている、と。人間界同様、我々はそれを正してからでないとなりませんでした。我々魔族は岐路に立たされました。自己革新をしなければ生き残れぬとなれば、自らを改変することに迷いはありませんでしたが。さぁ、つきましたよ」

「わぁ、でっかくなったなぁ」


 岐路、と言うのが気になったけど、スーラさんは言うつもりは無いようだ。

 凄まじい勢いで走り通して一日。中心都市へとやって来た。森に引きこもる時はこれより規模も小さかったけれど、今は大都市と言われても納得してしまうくらいの発展降りだ。二階建て以上の建物は貴族のお屋敷でも珍しかったのに、今は空を埋め尽くしそう。

 道も整備されて活気があるし、通りの端に死体が転がってる事もない。


「おお、魔族の旦那、今日はどんなご用でさ」


 入り口の役人が、愛想良く訪ねてくる。


「知人に逢いに参った。中へ入れていただいても?」

「背中に乗ってるお嬢さん、旅券はお持ちで?」

「それがもっておらぬ。しかし我が名に誓って悪党ではないと証言する。この方は魔王様、そして妖精王サラード様が身を保証する方であり、我らが捜し求めていた方でもある」

「へぇ! そりゃご大層な」


 驚いた役人は少し待っているように言うと、紙とインクを持ってやって来た。


「とにかく住所と保証人の名前を書いて出して。仮発行しますからね」

「……なんかすごい進歩してる」


 鱗の上で書かせてもらった。住所は妖精の森の真ん中辺りで、保証人は妖精王サラード様の名前を書いた。何かあったら頼るように言われてたから、御名前を使わせてもらおう。


★★★


 枯れ果てた大地は乾ききって植物が自生するのは無理そうだ。魔法嵐が全てを削り取って、埋めて、荒らしていく。空は紫色に変色し、落雷が近くに落ちた。


「全力で荒れてるわ」


 というわけで、魔大陸にきて一言。

 瘴気の森にいるドラゴンに魔法の使い方を教えてもらっていたので、その流れは何となくわかる。

 あそこは魔境だったけど、それはそれで完成されていた場所だったので、ずいぶんと乱れたのが分かっていた。

 地中の奥、たぶん百キロ近く深いところから大荒れの海みたいになっている。その更に奥にある何か壊れてるのかもしれない。


「じゃあ魔王様、ここら辺いったいを動かすけど、本当に残ってる人いない?」

「然」


 振り向けば山のように大きな姿。身をかがめているが、立ち上がれば空を覆うほど巨大な魔王様は、端的すぎる言葉しか話さない。通訳はスーラさんに任せてるけどね。

 多分魔王様はトロールとかの魔物だと思うけど、詳しくは聞いてない。


「それじゃあ動かすけど、相当根が深いよ。ここまで乱れてるのを触ったことないから、上の部分がめちゃくちゃ動くと思う。建物とかも崩れると思うから、本当に気を付けて。スーラさんも魔王様と一緒に緋色の大陸に避難しててね。海も荒れるからそのつもりで」

「是」

「では、我らはいったん避難いたします。十年後にお会いしましょう」

「うん」


 二人が移転で消えたのを見て、私は寝転がって目を瞑った。眼裏に魔力の流れが見える。

 体を一体化させるように中の魔力を解放して、ゆっくりと混じらせていった。


「そうえば、魔力が無くなれば人間と同じくらいの寿命になるんだっけ……」


 デブ兎の言葉を思い出しながら集中していった。

 そして魔力の流れに身を浸し、ゆっくりと移動させていく。



 というわけで、深層部に意識だけ飛ばしてみた。


「あちゃー。なんか呪術的な何かが……」


 一冊の冊子に信じられないほどの力が込められている。


「あー、そっか。これで……」


 開くまでもなく分かったんだけど、これは世界のずれた部分の中心をここに引き寄せる役割をしていた。と言うわけで、他の大陸の不味いところもここに集まってきたらしい。作ったのは誰か知らないけど、かなりの力の込めようだ。


「おっすおっす」

「うわっ!」


 とんとん、と背中を叩かれて振り返ったら、真っ暗な空間に白い骸骨が浮いている。


「びっくりした、あなたこれ作った人?」

「そうそう。話が早くて助かるよ」


 本を指して問えば、肯定が返ってくる。


「なんでこんな事になってるの?」

「あ、ボク三億年くらい前の魔王なんだけど、あんまりにも天変地異が酷いから一カ所に集めて調整したんだ。ずいぶん良くなってきたんだけど、ボクの意識体も限界が来て、調整がうまくいかなくなってきてね。君さ、手伝ってくれる系?」

「くれる系くれる系! けど、それって私の意識体がすり切れても終わらない感じかな」

「いや、8割方終わってるんだ。きちんと整えれば終焉まで大丈夫だと思うんだけど……」

「未来のことは分からないよね」


 思わず半目になってしまう。


「実は世界に穴が開いてて、それさえ塞げればパパっと行けるんだけど」

「どれ?」

「あれ」


 指さした先を見ると、確かに開いている。指が一本くらい通る感じの穴だけど、そこから凄まじい風が吹き上がっている。


「あれが魔法嵐の原因」

「マジか……。ちょっと押さえてみるね。えい」

「え!?」


 といって人差し指をつっこんでみた。風はすぐに止んで、煽られていた流れがゆるやかになる。


「今のうち! 今のうち!!」

「あ、もうやるなら言ってよ! それそれ~」


 わたわたと手を動かした骸骨は慌てて魔力の流れを整えて、近付いてきた。


「よく塞げたね。ボクが指入れても隙間風が凄かったのに」


 それは骨だけだから仕方ないというか……。


「それよりこの穴塞げる?」

「ちょっと魔力もらっていいならいける」


 全然問題なかったので頷けば、体からごっそり力が抜ける。


「指をゆっくりぬいてくれる? ちょっとずつ埋めてくから」

「はいはい」


 そおっとぬいていくと、一ミリ単位で少しずつふさがっていく。爪先をぬく頃には穴は完全にふさがっていた。


「それにしても、あんな小さい穴で、こんな大変な事になるなんてね」

「神様が塞ぎ忘れちゃったやつなんだよ。最初は針穴くらいの大きさだったけれど、大きくなって魔法嵐を起こし始めてね」

「大変だったんだね」

「ん。でも全部繋がったから大丈夫。君、魔大陸を直しに来てくれたんでしょう? 助かったよ。上はもうずいぶん落ち着いたから帰りなよ」

「あなたはどうするの?」

「ボクはここで融けるのを待つよ。もともと死んでるから戻る肉体はないしね。あの魔術書も三十年くらいで消えるからほっといて大丈夫」

「そう? じゃあ戻るね」

「うん、ありがとうねー」


 魔王のくせになんだか妖精にちょっと似てたな。

 私は意識体を深層部から押し上げた。

 目を開けると、いやに眩しい。


「お目覚めですか?」


 けれどすぐに大きな影が目元に影を作る。


「スーラさん? うん、終わったというか、下の人のお手伝いをしたというか……」


 自分でした事は殆どない。

 あったことを話すと、蛇頭がこっくりと頷く。


「そうでしたか、前魔王様が……」

「ところでなんでいるの?」

「約束の十年はとうに経ちましたし、なにより大地がこんなにも豊かになりました。ありがとうございます」


 そういえばと周囲を見回すと、私は草原の上に眠っていた。


「ずいぶん変わったね」

「五百年経ちましたので」

「マジで!? 最近時間の流れが速すぎるんじゃない? 歳かな……」


 シュルシュルとスーラさんが笑った。

 そう言えば彼も二回りくらい大きくなっているような気がする。


「さぁ、宴を始めましょう。あなたの目覚めと大地の安定を祝って、魔王様があちらでお待ちです」

「あ、凄い分かる。……魔王様もでっかくなったねえ」

「魔王様も成人を迎えたので」

「え!? 前成人してなかったの!?」


 山のようだと思ってたのだが、もっとでかくなった魔王様が小さく手を振っている。その魔王様に見合うような、大きな城が建っていた。これは以前にはなかった物だ。


「こつこつ作りました。窓は私の脱皮した皮が使われているので丈夫ですよ」

「う、うん……なんか生々しいね」

「匂いはしません。さぁ、背中に乗ってください」

「そうじゃないんだけど……。ま、お世話になります」


 よいしょと乗り込むと、スーラさんはしゅるしゅると進んでいった。



 ちょっと時間がかかったけれど、私は精霊王サラード様のお使いを無事に終わらせた。

 そういえばデブ兎に報復しようと思ったのだけれど、既にサラード様と他の妖精が私の手紙を見て兎を煮詰めたらしい。

 贅肉がそぎ落とされてスリムになった兎に会ったけど、のんびりした口調は変わらないのに、お使いを任せたら確実にこなすようになっていた。

 ……お尻につけてお仕置き用魔道具外してなかったな。


「酷いよぉ、取ってよぉ」

「誰も取ってくれなかったのも凄いけど、よく我慢したね。これに懲りたら大切なお願いは早くしてあげるんだよ。忘れないようにね」

「わかったからぁ!」


 耐えかねて会いに来たトニーの頭を撫でてやりながら、お尻に付いた魔道具をとってやった。



 その後なんだけど、私は妖精の森を出て、魔王様のお城でご厄介になることにした。

 千年以上を生きる事になったけど、魔族は長生きでちっとも寂しくなかった。

 毎日お酒を飲んでつまみを作って、良さそうな植物を育ててみては皆で食べた。

 たまに他国のお偉いさんが来たけど、そういうときは魔王様が全部対応する。私も力を貸したけどね。

 地中にあった冊子は言葉通り三十年でなくなって、世界は完全に安定を取り戻した。

 トリップして色々あったけど、まぁまぁ楽しくやれたと思ってる。

 嘘。

 凄く楽しかった。


 このお話はこれでお終い。

 めでたしめでたし。

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