魔法使い達と世紀末雑用戦士
やめろ、動くな。激しい運動をするんじゃない……と怖がられながら王城に運ばれたメティは、その後自宅に帰って、せっせと写本にいそしんでいた。
話を聞いたイダから、水の精霊の契約が成功したお祝いと称して、大量の白紙の本が贈られた。禿げ山になった森は、再び魔法使いと魔法ミミズによって以前にも増して木々が生い茂っているらしい。
「はい、固定。はい、固定……ねぇ、写本って転写レベルでできるんだっけぇ?」
「できるからこんなに積み上がってるんでしょ。どうします? 王城には入りきらないわねぇ。困ったわぁ」
そういうのは、救援に呼ばれた法務所属の魔法使い。ルーとイミリアだ。
ルーはちまっこい女性で、栗毛に同じ色の瞳。イミリアは年配で色気の滴るような女性で、おっとりした口調だ。
「これってぇ、アルランド王国の書籍持ち出し禁止法に違反してますわよねぇ」
「ええ? でもこれ、頭の中の情報だし、覚えてたものをうつしたのは範囲外っしょ」
「あら、言われてみればそうねぇ」
イミリアがほっとしたように固定魔法をかける。こうすることで本は半永久に長持ちで綺麗なままになる。
「それにしても、装飾がされてない本がずらっと並ぶと……逆に圧迫感あるね」
「後で表紙は貼り直すみたい。これを頭の中に入れてたのかって思うと……」
はふう、と二人は同時にため息をつく。
完全に人知を超えた馬鹿である。
「メティさん、調子はどうなのかしら」
「五百冊目でちょっと軽くなったらしいよ。気がするって程度だからまだまだだろうけどね。やぁ、世紀末雑用戦士のあだ名は伊達じゃなかったねぇ」
ルーは思い出す。
アルランド王国で働いていた、あの腐った社畜人生を。
*
ルーが魔法省で働き始めて数年。毎日ばりばり仕事をさせられすぎて正確な日付もわからなくなっていた。
そんなときに、世紀末雑用戦士がとある部署にいると評判になっていた。なんでも、息を吸って吐くレベルで仕事を返してくるのだという。
改良に改良を重ねた魔法で伝達の効率化を推し量り、それまで連絡が行き届かずに徹夜続きの新人を救い、書き損じや誤字脱字チェック用の魔法人形を作った社畜の鏡。
魔法人形は箱形で、口に書類を入れるとがたがた動きながら、自動的にスキャンしてチェックしてくれるのだ。どこかに書き損じや定型文の間違えがあれば瞬時に直してくれる優れものである。ただ、目玉として付けられていた透明な樹脂に入れられた黒いビーズが、スキャンする度に四方に飛んで不気味だったが。
ルーの部署にその魔法人形が来たとき、彼女は神はここにいたのだと知った。九日目の徹夜明けだった。
とにかくその世紀末雑用戦士は魔法省内の全てを把握しているかのようにばりばり仕事をしていたのである。
そんな人ならすぐに出世するだろうと思っていたのだが、聞こえてくるのは業務の効率化の話だけで、世紀末雑用戦士が昇進したという話はついぞ聞かない。彼女の上司が彼女の手柄を横取りし、彼女の同僚が彼女に仕事を押しつけ、その成果を奪い取り……そんな話ばかり。
心ない人に食い物にされて平気なのだろうか。
そうルーが思ってちょっとだけ部署をのぞき込むと、大量の書類に埋もれた顔色の悪い
ルーは幽鬼のような彼女に近づくのが怖くて、逃げた。
*
「お師匠様、大丈夫ですか」
「ふぁい……」
一日中頭の中の情報を出しまくっていると、それまでの疲れが出たのか、メティは酷い高熱にうなされた。
リマスがベッドで臥せるメティの額に濡れタオルを置く。
「現象停止!」
むんっとかわいらしくいきんだリマスがそう言うと、濡れタオルはメティの額の上で固まった。
「結界魔法の構築が上手になりましたね」
「お師匠様のおかげです」
この分だと三年経たずに学校に行けそうだ。
弟子の成長具合にメティは微笑む。
普通、結界魔法は気軽にできる魔法ではなかったが、それを指摘する人は誰もいなかった。
*
メティがあの有名な世紀末雑用戦士だと知って戦慄した魔法部隊は、とりあえず通常業務に戻ることにした。
新たにできた湖には水の精霊が住み着き、水は流れて下流へ向かう。それを奪いに周辺が更に慌ただしくなっている。
「街の防衛は」
「魔法人形――じゃなかった魔除けの人形で十分でしょう」
「結界構築は?」
「二百八層に巡らしたわ」
「森はどうなってる?」
「僕は、魔法生物と! 共存してます!」
「国境警備は」
「既に三百種類の対人用センサーが起動中。登録のないものは自動的にモニター室へ情報が転送されます。ありんこ一匹通しませんよー」
「騎士の皆様は」
「センサーに反応した者を捕縛中です。順調にスパイを拘束しています」
では、とシャベルを持った魔法部隊員プラス開発部一名はきらりと目を光らせる。
「インフラ整備に行きましょうかー!」
「おー!」
それぞれメットをかぶり、ざっざと足音を立てながら歩き出す。
遠くで眺めていた農夫のアーキーは新開発の鍬――石をも砕く――を振りながら呟いた。
「平和になったなぁ」
「あんたぁー! お昼ご飯よー!」
「おーう!」
フォカレ王国だけ、なぜか凄まじく平和だった。
*
真っ昼間に国境を越えてそっと街に侵入した四人の賊は、最近裕福になったと噂のフォカレにやってきていた。
なんでも水の精霊との契約に成功し、砂漠では金塊に等しい価値の水を手に入れたという。少しでも盗み出せれば売って、女でも買おうと彼らは思っていた。
しかし、
「あああ隊長忙しいです!」
「黙れ! 俺も忙しい!!」
「ギャ!」
悲鳴を上げたのは賊。背後から突撃されて一瞬で意識を失った。
「連絡がスムーズってのも考え物だよな……」
「法相様と財相様んとこよりましだけどな」
あっちは増えすぎた移民の対応やら問題にてんてこ舞いになっているらしい。各省の人間は「まだまだ大丈夫だ」と言いながら気が狂ったように笑っていたので休ませているという。徹夜四日目の朝だったか。
手際よく賊をまとめた二人は引きずって牢屋に放り込む。すでに牢屋は満杯で、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「はいはーい、無防備な脳をちょっとスキャンして血液検査しますー」
開発部の一人、ハンニがゴーグルをかけながら謎の棒を賊に当てる。
「うーん、今回はただの賊ですね。強盗が目的だったようです」
「じゃあ縛り首だな」
「牢が空きますねー」
さらりと言いながら、三人は帰路についた。
*
フォカレ王国第一王子ディエルが夜遅くまで仕事をしていると、廊下を走る音が聞こえた。
「お、おおおにいさまあああ」
「エイリー、廊下は走るな。調度品割ったら小遣いが無くなるぞ」
そんな世知辛いことを言ったディエルは、立ち上がってエイリーを座らせた。落ち着き無く貧乏揺すりをしている。
「どうしたんだ?」
さすがに不審がって聞くと、エイリーは手紙を差し出した。
「これは?」
「お兄様、五年前に文通を始めたのご存じですか?」
「ああ。お前が宛先間違えて、南の国に送った奴だな?」
エイリーは頷く。
間違った手紙は、なんと返信がついて返ってきたのだ。ちなみに送ったのはエイリーの友達だった女の子だ。商人の娘で、西南の国に住んでいた彼女に初めて送った手紙だったので間違ってしまったのだ。
確か一度も会ったことはないが、なかなかしゃれた言い回しのできる賢い相手だったとディエルは思い出す。手紙をちょっとだけ見せてもらったが、相手はエイリーと同じ年頃らしかったことも。
商人の娘とも文通しているが、返事が返ってきてからはその子とも文通をしていると言っていた。
「何かあったんだな?」
「遊学に来るって書いてあったんです。どうしようっ」
「おまえ、まさか……嘘ついたな!」
「わーん! だって! まさか王女だなんて言えないし、最初に送ったのは商人の娘って設定だったんですぅううう」
そうなのだ。王女の手紙なので、一応伏せて送るように言っていた。
「なら、本当のことを言うしかないだろう。で、相手の子はいつ来るんだ」
「来月にはこちらにつくと……。どうしたらいいですか、兄様。あ、あ、相手は……」
ごくり、とエイリーが生唾を飲む。ディエルは最高に嫌な予感がした。
「南のスリッド王国、マレー子爵の二番目の男の子で女殺しってあだ名がついてるんですぅううう。あとお供が三十人」
全部面倒見てやると豪語してしまいました。
その言葉にディエルは、
「おばかー!!」
「キャァア!」
怒声は城中に轟いた。
王族は現在金欠中。三十一人も養える訳がないのだった。
*
財相は切れていた。
「で、この落とし前、どうやって付けてくださるんで? もう質に入れるもんはありませんよ」
「お、お金貸してください」
「ざけんな黙れ」
「ひゃいっ」
目が血走った財相は吐き捨てる。王族に対する礼儀ではなかったが、ディエルも国王も何も言わない。二人の目も血走って怖かった。エイリーは震えている。
「今の状況を説明しておきましょうか」
「まず、税収。今年は黒字でしょうが、税の徴収時期は先。よって城にある現金でまかなうことになる」
そして財相は紙を二枚テーブルへ置いた。それは支出。ここ数ヶ月でフォカレに起こった変革を示すジョーカー。
「俺の家からも出した、法相の家からも出した……だが足りねぇ。足りねぇんだよ! 三十一人も養えるか馬鹿がー!!」
すでに財相と法相の家からめぼしい金品は消えていた。
「父上、覚悟は決まりました……」
ディエルは国王を見た。その目は透き通って綺麗だった。
王もまたディエルを見て頷く。
「エイリー、すぐこの方達に帰るようにお手紙を出しなさい。手紙には“フォカレは戦争を始めるので危険です”と書くように」
「ええええ!? な、何でですか父上! 兄様も!」
「なんでって……エイリー。お前は魔法使い達に言っただろう。身銭を切って滅びようとも、給料は払うと。約束は守るべきだ」
「で、では……!」
「お前はだめだ。城に残れ」
王族が全員死んだら舵取りがいなくなるからな、と言われ雷に打たれたように固まったエイリーを残し、三人は部屋を出た。
「あんな嘘ついていいんですかい?」
「嘘じゃない。戦争はするさ。でもエイリーは反省しなきゃだろう? あの子だってそろそろ年頃だ。ですよね、父上」
「じゃのう。もうちょっと王族らしい責任を持ってもらわなくてはの。あと金がないのはホントじゃ。あちらは?」
「小競り合いを仕掛けてくるようです。今回は派手に負かして絞ってきますね。あと父上、例の件、お忘れなきよう」
「あまり土地を破壊せんように。……頭が痛いわい」
三人は知らなかった。
残されたエイリーは復活したとたん、ぼろぼろと泣きながら「メティざぁああんん」と叫んで城を出て行くのを。
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