水の精霊と怒り狂った魔法使い達+王子
新しく作られた森は百年続いているかのように豊かになった。
魔法ミミズが土を肥大にさせ、木々が促進魔法で成長し、イレーヌ諸島の雨が大地を潤した。
イレーヌ諸島とフォカレの友好は深く結ばれ、祭りの日を迎える。
森には魔法部隊が集まり、厳しい顔をして準備を整えている。
メティを見つけると、彼らは一様に頷いた。
「準備は終わっています」
「結界と衝撃吸収のもね」
「ボクは! 魔法生物を避難させ! 終わりました!!」
メティは目を向く。
「!? ちょ、ちょっと待ってください。なんでリマスがいるんですか! お祭りで屋台を巡っていたはずです」
驚いたメティに、二人はえへへと笑う。
「水の精霊様を一度見たかったんです。危ないのはわかってたんですが、こんなこと一生に一度有るか無いかと聞いたので……」
「確かにそうですが……」
「あ、遊んでるわけじゃないですよ! 僕らは魔法ミミズを逃がしがてら、かつてフォカレに流れていた川を掘り起こして水の流れを作ってもらっていたんです!」
「そうです! これで街にお水は行きませんから!」
ね、ね! という二人に嘆息して見せたメティは、仕方がないとリマスの手を握った。
「まったく……。仕方ないので一緒にいましょう。ほら、神輿が来ましたよ」
背後からやってくる神輿。ディエルの姿もある。
神輿が森にさしかかったとき、眠っていた精霊が目を覚ました。
――何故我が眠りを妨げるか
「お久しぶりです。魔法使い、メティと申します。今一度フォカレと契約を結んでいただきたく参上いたしました。私達は森を戻しました。あなた様が住むのにちょうど良い場所だと思います」
精霊は思案しているようだった。
――いいだろう。しかし我が領土を治めるに足る人間か、問う。
神輿の像が動き出し、精霊がそれに重なるように乗り移った。
石造りだった彫刻が関節を持ち、首を動かし、やがて精霊の体となる。
――その力、見せてみよ。
「総員、戦闘準備! 目標は水の精霊の像。あれを破壊しろ!」
ディエルの号令に魔法使い達は一斉に呪文を唱え始めた。
水の精霊は言った。
妾を崇め、妾を鎮めること。
それを人がしなくなったことを。
つまり祭りの儀式だ。
だが、過去の記録を見ると、祭りは一年続くこともあった。これは予定になかったことだ。つまり、祭りの後半には何かがある。
それが起こるのは、おそらく神輿が約束の地――森へ着いたときだ。
祭りには決まったルートがあった。
まず、水の精霊をかたどった像を王城で制作し、それを夜に森へと運ぶ。
運び手が元の像を持って帰り、それを王城で保管し、また次の年にも使うのだ。
メティは、水の精霊との戦闘を予想した。荒ぶる物を鎮めるのは、まず崇め、そして戦わなければならないからだ。これはどの精霊との契約時にも必要になる。
「マジできついんだけど!?」
「おい、そっち行ったぞ!」
「ぎゃー! 水なのに何でこんなに切れるの!?」
精霊は縦横無尽に飛び回り、陣形を崩し魔法を放つ。それは湖面を跳ねる水滴のように、けれど突風のようでもある。
「想像以上に強そうですよ。どうするんですかお師匠様ぁ」
「そ、うですね。思った以上に強い精霊でした……」
かつてのフォカレが祭りをできなくなった理由がわかろうというものだ。
普通の精霊よりも格段に強い者を相手取るには、おそらく兵力が足りなかったのだろう。破れたら水の精霊は暴走する。一帯を大洪水で攫ってしまうような危険なレベルだった。
と、
「メティ! 何か対策はないか!」
魔法使い達の中で、唯一の剣士であるディエルは、目を疑うような体捌きでそんなことをいう。向かってくる水のカマイタチを剣一本で切り捨て無効化していた。
見ている魔法使い達が「人外……!」とおののいている。噂では聞いたが、魔法をただの剣で切る人間なんて信じられない。魔王の手先といわれても納得だ。
「えーと、えーと、どこだったかな」
メティは慌てて頭の中を探る。
それを見た魔法使い達が一斉に目を疑って三度見したのに気付かない彼女は、あ、と一つの書籍を引き当てた。イーストイーグの著書。「精霊の無効化リスト」だ。
「リマス、今から魔法を使いますが、私は死なないので安心してくださいね」
「え!?」
びくつくリマスから離れ、メティは小さな魔法を展開する。
「亜空間、亜空間、亜空間、亜空間、亜空間、ハイライト、収縮、収納、集約、集約――第三級亜空間魔法構築」
「ええ!?」
誰かがそんなことを言う。
「亜空間、亜空間、第三級亜空間魔法、促進、魔力抑制、魔力抑制、収縮、収納、集約、集約――第二級亜空間魔法構築」
「だ、
「ちちちちちょっと待ってまさかまさか嘘ぉ!?」
「第三級亜空間魔法、第二級亜空間魔法、促進、抑制、抑制、抑制、収縮、集約、格納、封印、集約――構築」
メティはこめかみの痛みに知らないふりをする。鼻の下からたら……と血が垂れた。
「うっ。第一級亜空間魔法構築完了。――大地の精霊サテュルヌよ、荒ぶる水の友にしばしの急速を。
瞬間。
構築されていた第一級亜空間魔法がサイコロ状に目視できるようになった。茶色いそれは闇夜でもうっすらと光っている。
そして面の一つを開いたメティが行った精霊魔法で、大地から大量の蔓が伸び、飛び回っていた水の精霊を掴んだ。そしてその体を箱となった亜空間魔法に放り込む。
「精霊魔法コンボってえええええ」
「どうなってるんだ、ここは地上なのか!?」
「終焉が始まったの!? いつから!?」
しかし精霊もただではやられず、半分亜空間に飲み込まれたところで逃げ出した。
下半身は綺麗に亜空間へ飲み込まれ、蓋が閉まる。
――よき魔法使い。妾を鎮める術を知っている。しかし。
「み、皆さん……私が耐えられるのは、あと三十秒です。その間に……」
構築した亜空間魔法が内側からの攻撃に形をゆがめる。砕けるのは時間の問題だ。
メティは亜空間魔法が得意だ。
小さな魔法の集まりのそれは、メティの魔力でも十分高度な物を創れるし、使い勝手が良い。
それでも急場しのぎで作った物はもろかった。
魔力がどんどん体から抜け、めまいや鼻血が止まらない。
震えて冷たくなった体は膝をつき、リマスがかろうじて受け止めた。
「お師匠様!」
「は、はやく……」
「お、おおお!」
一瞬立ちすくんだディエルが声を上げて飛びかかる。
体が半分になった精霊は、攻撃も動きも威力が落ちていた。
十秒、二十秒経つごとに、腕は折られて残った体がさらに小さくなっていく。
後二十一秒。
未だ精霊は健在で、魔法部隊の放つ魔法をはじき、避け、喰らうがダメージは低い。
二十一位秒。
ディエルが飛び出し、その後ろから二人の魔法使いが続く。彼らはお互いの手のひらを合わせながら走った。
二十二秒。
精霊は、標的をメティに定める。
二十三秒。
二人の魔法使いが放った混合魔法が、その背中を打ち抜いた。
その背をディエルが捉え、しかし精霊は振り向き様、水のカマイタチを放つ。
そして、
――見定めた。妾とこの青年との間に契約を。
ディエルの剣が魔法を切り、とうとう体を真っ二つにした。隙のできた一瞬でさらに三度斬りかかり、精霊は粉々になっていく。
――血が続くかぎり、妾はここを治めよう。
塵のように砕けた像の代わりに、像から抜けた精霊がそこに立っていた。
体に欠けた部分はなく、青い肌の乙女が浮かんでいる。
――宣言す。約束は再び成った。
刹那、轟音と共に、地下水が噴き出した。
水の精霊が眠っていた場所にあったものが地上に溢れ、見る間に池を作り、川のように流れていく。
――約束の雨を。
空が曇り、空気が湿り、ぽつぽつと水が降ってきた。
イレーヌ諸島から借りた雨以外で、実に半年ぶりのフォカレの雨だった。
「お師匠様!」
三十秒経過。
メティは、亜空間魔法を解除した。目が回って頭は痛いし酔ったように気持ち悪い。
「メティ! 大丈夫か、メティ!」
「すぐに回復魔法を! それとMPポーションを持ってきて!」
「すまないメティ、体が弱いのにこんな……」
「体が弱い!? ばかね、弱かったらとっくに死んでるわよ! 思い出したわ。魔法省の下っ端にとんでもない雑用係がいるって! アンタだったのね、馬鹿じゃないの!! 馬鹿じゃないの!!!」
怒り狂った誰かにどなられ、メティはうなった。頭に響くからやめてほしい。
「頭の中に亜空間魔法なんて構築して! まともな魔法一つ使えないような状態でよくも! よくも魔法を使ったわね!!」
「うう、頭に響きます……」
けれど、触れた手のひらから放たれる光で、気持ち悪さが軽減していく。
「MPポーション持ってきたぞ」
「すぐ飲ませて!」
飲み口を突っ込まれて無理矢理嚥下させられたメティはむせる。
「変だ変だと思ってたけど、ここまで危険なことをしてたなんて……!」
「待ってくれ、どういうことだ?」
ディエルが聞けば、魔法使い達は口々に怒った。
「亜空間魔法は本来無い場所に四次元的な空間を創ります。だから中に物が入るんですよ」
「でもね、それを生身の人間の中に作るなんて! 自分で自分に使うのは確かに禁止されていなかったけど、馬鹿じゃないの!?」
「アルランド王国で他人に使えば、終身刑レベルの大罪だね」
「要の魔法使いだってそんなことしません」
「僕びっくりしちゃいました。よくそんな状態で生きてられましたね。魔法生物だって耐えられませんよ」
びきりと音がしそうな勢いで、ディエルのこめかみに青筋が浮く。
「メティ……!!」
「フギュ!?」
乱暴に頬を摘ままれて伸ばされたメティは半泣きでディエルを見た。
「どういうことだ。君は出会ったときからよく鼻血を出して倒れてた。病弱だと思ってたが違うんだな!?」
「うえぇ!?」
「答えろメティ!!!」
怒声が轟いた。
魔法部隊全員と、仁王立ちのディエルに囲われたメティは、東洋の拷問方法「正座」をさせられながら、ぽつぽつと白状する。摘ままれたほっぺが赤く腫れていた。
「いつか別の場所に行って、のんびりスローライフしたかったんです」
「やっべ、わかるわ」
ぼそっと魔法使い達が頷く。
「一人じゃ何もできないから、知識があれば何とかなると思ったんです。布団は最高です」
「ジャスティス」
「家に帰りたかったんですよ」
「まじでわかるわ」
「いちいち調べものを取りに行く余裕なんてなかったんです」
「わかる」
「上司は何もしないでお昼寝してるけど、私は寝ないで仕事なんです」
「凄いわか――」
「そんな上司は殺してしまえば良かったんだ」
思わず無罪判決を出しそうになった魔法使い達はピタ、と止まる。
般若顔のディエルは、腕を組んだ。
「戦場での無能な上官はうっかり殺すに限る。これは絶対の真理だぞ。メティ、もうこの国に来て君は落ち着いた。その上司はいない。いても俺が殺してやるから、だから頭の中の本を出すんだ」
「ええええええ」
いやそういうことじゃ無いと思う、と魔法使い達は思った。
「でも、これがないと不安なんです……」
「写本をしてたのはなんでだ? 本当はきついんだろう」
「…………」
「メティ、俺を信じて。大丈夫だから」
こくり、とメティは頷いた。
「でも、もったいないから紙に写したいです」
ぼそぼそと言うと、ディエルが嘆息して腕組みをとく。
「わかった。すぐに白紙の本を用意するから、出し切るまではずっとやるんだぞ」
「……はい。あの、でも」
「なんだ、怒らないから言ってみろ」
「実は、アルランド王国の図書館八割分くらいの量があるんです」
一瞬時が止まったような気がした。
おそるおそるディエルが聞く。
「……つまり?」
「六千六百五十七万冊あります」
収納場所はないし、どうしますか? というメティにあんぐり口を開けた魔法使い達は、瞬間的にメティを寝かせて担架を呼びに行った。
「う、動かすな! 爆発するぞ、爆発するぞ!」
「優しくするんだ!」
「誰か、誰かお医者様はいらっしゃいますか!?」
「ばか、こういうときは結界の構築士だろ!?」
「あのー。普段は封印してるので爆発とかしないんですが」
「お医者様ー!?」
「お、お師匠様、死なないでください!」
「結界の構築士はどこだ!? あ、俺だ!????」
「あのー」
「どうしたんだ。メティは爆発寸前なのか!?」
全員気が動転していた。
そして、担架の代わりになった神輿に乗せられたメティは、歓声をうけながら城に帰ったのである。
*
翌朝、祭りの成功が通知され、国が沸いた。
そして法相は“亜空間魔法をいかなる生物にもかけることを禁止する”法令を徹夜で施行した。
これがフォカレ初の魔法規制法であったが、法令はこの一行だったので国民はすぐに覚えた。
後に、大量に追加されることとなる。
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