覚醒する血塗られたホワイト戦士

「うっう。しくしくしくしくしくしく」

「大変でしたね。ごほっ」

「お師匠様、お水です」


 高熱にうなされていたメティは少しやつれていた。まだ本調子じゃないのでベッドに横になりながらリマスに世話をされている。他人が家にいるありがたみをメティはかみしめていた。


「それで、どうするのですか?」

「お兄様をお助けしたいです。でも何もできないんです……ぐすっ」

「そうでなく、お友達のことです」

「ヘスティ君ですか?」


 南のスリッド王国、マレー子爵の二番目の男の子の名前だ。

 ピンク色に頬を染めたメティは額に置かれた濡れタオルをどかしながら、半身を起こす。


「どうやらエイリーさんが好きみたいですよ」

「ええ?」


 ほら、と文章の一部分を指さす。


「遊学という名のお忍びで、お見合いをしませんかと言ってます。エイリーさんが好きですって」

「どこにも書いてないですよ? もー! こんな時にからかわないでください」

「いえ……。南のスリッド王国では、便箋のインクを青にするのは“あなたと結婚を考えています”という意味です。それからここの文章――夏の終わりに二十人の部下と二人のそば仕え、八人の召使いを伴って参ります――これは、婚約の許しをもらいに行く定説分です。ですが、ええ……そうですね。そのご様子だと相手の方もわかってやってるかもしれないですね」


 ぽかんと目を丸くしているエイリーは慌てて口を閉じた。


「ま、待ってください。どういうことですか? ヘスティ君はそんな風に思ってないです。それに、私の事を商人の娘だと思っているはずです!」

「それはあり得ませんよ。エイリーさん、一介の商人が、とくにお嬢さんがここまでの文章を読んで返事を書けると思いますか」

「え、でも……。そういえば、お友達には難しい文章を返してませんでした……」

「教養はその人の背景を投影します。意図せず彼におおよそのことを伝えてしまっていますね。エイリーさん、彼は全てを承知でこちらに来ようとしています」


 そして、王族としての判断は決められている。戦争を理由に会うことを避けようとしている時点で、この見合いに未来はない。

 エイリーから断りをいれれば、彼らは婚約の許しが出なかったとして帰国するだろう。つまり、三十一人も面倒を見なくて済むのである。


 エイリーは完全にショックを受けている。

 ちょっとだけ不憫に思ったメティはごほごほと咳き込みながら、ベッドの隣にあるチェストを開けた。中から便箋を取りだしてサラサラと魔方陣を書く。最後にヘスティの名前を入れてエイリーに渡す。


「これは吹き込んだ声を相手に伝えるものです。二つに折って投げれば彼の元へ飛びますから、すぐに届きますよ。だからぎりぎりまで考えられます。ふう……すみません、少し疲れました」


 横になったメティはとろとろと瞼を落とした。心なしか耳の羽も力なく垂れている。


「エイリーさん、戦争のことなら心配しないでください。誰も死なずに終わるよう、魔法使いはしつけられています。だから……すぅ」

「お師匠様、眠ってしまわれましたね」


 せっせと額に濡れた布を置いたリマスは「現象停止!」と言いながら、乱れた毛布を直す。


「……。メティさん、具合が悪いのにありがとうございました。リマス君、メティさんは地獄に落ちたりしませんか?」

「それは死んじゃわないかって意味ですよね? 大丈夫ですよ。ずっと頭が緊張してたのだそうです。熱も下がってきてますから。王女様はどうされるんですか?」

「……急にいろいろ言われて、正直混乱です」


 メティの口に体温計を突っ込みながら、リマスはうーん、と悩む。


「ぼくの意見を言って良いですか?」

「おねがいします」

「戦争は本当に大丈夫だと思います。だってあの水の精霊と戦った人達がそう簡単に負けるとは思えません」

「確かに」


 エイリーはしばらく迷って、戦争があるので帰るように吹き込むと、手紙を二つ折りにして投げた。窓の隙間から出て行って、あっという間に見えなくなる。


 帰ったエイリーを見送ったリマスは、畑へ向かうことにした。メティはぐっすり眠っている。最近は顔色も戻ってきている。やっぱり頭の中の本が悪いことをしているのだ。


「それじゃ、お師匠様、念願の!」


 鍬を握ったリマスは振り下ろす。


「スローライフへ向けて、薬草栽培です」


 がすっと鍬の先は地面に食い込んだ。



「僕は! 魔法生物を守ってる! 共存している!」

「あーはいはい、わかってますわよ。泣かないで。わかったからっ!」


 滂沱の涙を流すエルルをうざったそうに見たダーリーンは嘆息する。その横で学校の先生をしているリーシャはポップコーンをもそもそ食べる。

 彼らは休日を合わせて情報交換をしていた。

 その背後にはきゃーきゃー喜ぶ子供達の声が。


「それにしても、動物園だったのに規模が大きくなりましたね」

「遊園地ですわね、もう」


 半目になったダーリーンは周囲を見回す。エルルが創りたいと五月蠅いので人に無害な魔法生物の制作許可を出したら、信じられない量を創り出した。運用方法と収容場所、ついでに餌に困った財相が鬼の形相で編み出したのは、とりあえず魔法生物自身で餌代を稼がせる方法だった。


 つまり、動物園である。

 魔法生物たちの無駄にあるスペックでアトラクション並みに楽しめる動物園は、すでに遊園地と言ってもいいだろう。


 空飛ぶ犬、模様が「Tm」という文字にしか見えない筋肉もりもりの赤ブーメランパンツを穿いた、二足歩行のマッチョな牛。金の鱗粉をまき散らす蝶、真珠のように光沢を持つ羊たちと戯れる幼少組はとても楽しそうだ。ちなみに、その種類は既に百種類を超えていて、法相は法整備が追いつかないと泣きながら倒れた。徹夜五日目だったので、魔法使い達はちょっとばつの悪そうな顔をして自粛することにした。


 つまりは、しばらく仕事をストップしたのである。

 魔法使いが働けば働くだけ、宮勤めの職場環境がブラックへ変貌する。馬鹿でなくても気づく流れに、魔法使い達が気付かないわけがなかった。


 というわけで、動物園に来てみた。

 入場料だけで魔法生物たちは、自分の餌代どころか施設の初期投資分を回収する勢いである。ちなみに気に入ったら料金を払えば持って帰れる仕組みになっていた。今のところ蝶と羊が大人気である。牛は新しく食用にしようと考えていたが、二足歩行でマッチョなので気兼ねして動物園の警備に回されている。まさに社畜なり。


「モフモフときらきらは鉄板ね」

「僕はっ魔法生物とっ」

「はいはい。それで、リーシャはどうなのかしら? 子供の面倒なんて大変でしょ?」

「いえ、それが……」


 リーシャは思い出す。

 教室の子供達は皆熱心に魔法を憶えようとしている。なにしろ魔法が使えれば、どんなことができるかの見本メティがいるのだから。


 薪だってたくさん運べるし、土だって耕せるし、何より魔法が使えたら楽しそうだ。子供達は競い合って励んでいる。おかげで畑仕事が楽になった、と評判だ。


「やっぱり初等教育をきちんとするって良いですね。アルランド王国では各地から魔法使いが来ますが、年齢が上の方が多いです。なので、どうしても感性の部分で優劣がつきやすくなってます」


 学費も高いので裕福な者か、貯めてから来る大人の二択である。


「初等教育に入れるのは画期的だと思います。フォカレ王は英断をなさいました」

「本もこれから揃うしねぇ」

「……メティさん」


 三人は世紀末雑用戦士を思い、ほろりと泣いてしまう。


「王子、なんで過保護なんだろうと思ってたんですが、あれはなりますよね。僕だって友達があんな状態なら、心配しちゃいます」

「ていうかありえないですわ。あの発想は……よほど追い詰められない限りは無理です。ね、リーシャ」

「ええ……ところで聞きましたか? 王子が、その……報復活動をするとかゴニョゴニョ」

「え!?」

「そ、そこ詳しく……」


 語尾を濁しながらエイリーはすーっと目をそらす。


「ほら、私達労働条件悪かったじゃないですか」

「そうですわね。店の売り子より時給低かったわですわよね……あ・あ・あ・ああああ残業がぁぁぁああっ婚活ぁああああ――!!!!」

「わっ、発作起こってますよ! どうどう。で、それがどうしたんですか、リーシャさん」

「あまりにも人道に反するって、国際魔法連盟に手紙を送ったんだそうです」

「えー! あの馬鹿みたいな組織に! 効果あるのかしら?」

「いえ、それが……やっぱりなくて。王子、とても怒ってらっしゃって……」


 もにょもにょと言っているのを聞くと、どうやら王子はアルランド王国に嫌がらせをすることにしたらしい。


「どんなことかわからないけど……平和になると良いですわね」


 何を、とはいわないダーリーン。

 きゃあきゃあと子供達が楽しむ朗らかな声と、ぽかぽか陽気が三人を包んでいるが、そこだけどんよりとなってしまう。


「まぁ、アルランド王国よりも周辺国家ですよね」

「そ、そうですね! ダーリーンさん、その辺どうなんでしょうか? 戦争前にしてはとっても落ち着いています」

「ええ。結界は十分に構築したし、相手側には魔法使いがいないみたいだから。王子みたいに魔法を切れる奴がいなきゃ大丈夫ですわね」

「王子人外でっふぐ」

「ちょ、やめなさい! と、とにかく結界の中から適当に魔法連発してれば撤退しますわ」


 後は敗走したら追いかけて将軍を捕えれば良いのだ。

 リーシャは感心した声を上げた。


「なんというか、そうしたら僕達がやること、殆ど無くなりますね。周辺は様子見で大人しくなるでしょうし。畑も水も何とかなりましたし」

「あとはメティさんですわよね」

「それですよね」

「あとは……休日って何したら良いんでしょう」


 仕事ばっかりで今まで何もできなかった三人は、はふう、と息を吐いた。

 何もしないと落ち着かない、休日って何したら良いんだろう。

 社畜根性は抜けきっていなかった。



 もうすぐ薬草ができる。そうしたら魔法薬を作って、細々と暮らす。

 お金も貯まったから、しばらくは好きな時間に店を開けばいい。日がな一日ぼーっとしながら好きな本を読んだり、行ってみたかった国にも行けるかもしれない。


 最近来た魔法使い達のおかげで、フォカレのインフラも整いつつあった。空いていた土地に広大な図書館や講堂を作る計画も出ている。

 財相や法相が悲鳴を上げている事など知らず、メティはただ平和だった。


「ゆっくりできて、うれしいなぁ」


 メティはお布団のぬくぬくに包まれながら笑った。



 そして国境付近では、魔法を切る人外レベルの王子が敵将を捕縛し、高らかに叫んでいた。


「ブラック企業は殺す!!」


 血塗られたホワイト戦士が誕生した瞬間だった。

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