就活魔法使い達と、滅びを誓うお姫様

 フォカレ王国第一王女エイリーは大役を任されがくがくと震えていた。と言っても王宮の人事担当者アイリーと一緒に、求人募集にやってきた魔法使い達に詳しい内情と企業説明もとい国の説明をするだけなのだが。


「でででではもうすぐお時間なので、姫様ご準備を」

「ははははいいい」


 アイリーは普段きりっとした女性なのだが、予想以上に集まった魔法使い達に対して緊張していた。彼女はこんなにたくさんの人の前に立ったことがなかった。

 名前の似ている二人が震えていると、見かねたのか、酒場を会場として貸してくれた店主が酒を出してくれた。二人は一気にあおる。


「ぷあは! な、なんだかやれそうな気がしてきましゅた!」

「そのいきです姫しゃま! わらしがついてましゅので! げっぷ!」


 フォカレ王国では、そもそも酒自体滅多に見ないので二人とも弱い。

 あ、まずいかも、と店主が思ったときにはべろべろに酔っ払いながら控え室ならぬ裏口から飛び出していた。不幸だったのは、口調以外はしゃっきりして見えること。会場の誰もが二人が酔っ払ってるとは思わなかった。


「お集まりの皆しゃん! 今日はお越しくださりありがとうございます。私はフォカレ王国第一王女エイリーと申します。皆様のよりよい就職活動のため、今日は我が国の現状についてお話しさせていただきます! まずはフォカレ王国とはどんな国か。一言で言うと田舎でしゅ!」


 テンション高く言い放った王女に、魔法使い達はちょっと動揺した。自分の国をこき下ろす王族を初めて見たからだ。しかも王女は全体的に王女らしく見えない。ただのほっぺたが赤い町娘のようだ。


「しかも土地は痩せてますし、慢性的な水不足で、今年なんて飢饉で身売りが出るんじゃないかって王宮内では頭を抱えていました! でしゅが! 最近魔法使いさんを一人収容したおかげで、お水の問題が解決しました!」


 収容、と聞いて全員が引き気味になった。


「魔法使いさんって凄いんでしゅね! 水泥棒を捕まえるための兵器を作ってくれたり、人攫いから国民を守ってくれるお人形を作ってくださったし! 水の精霊さんを呼ぶために森を作ってフォカレの乾いた土地をどうにかしようとしてくださってるし、整ったらお祭りを開催しましゅ!」


 数人が興味を示したように身を乗り出した。


「えへへー。それに、写本とかもいっぱいしてるんです。言えば貸してくれるんでしゅよ! この前は、えーと、えーとイーストイーグの精霊学の本を借りました! とっても物知りでいい人です。あ、労働条件なんですが、基本的に八時間労働でそのうちの一時間はお昼休憩でしゅ。固定で、契約期間は定めてないでしゅ」


 会場の半分以上が身を乗り出した。目が輝いている。


「ただぁ、今残業が多くって、いろんな部署がぁお家に帰れなくって大変でしゅ」


 輝いた目が虚ろに戻った。


「だからぁ、人をたくさん雇ってみんなお家に帰れるようにしたいな、と思って募集をかけていまっしゅ! そうでしゅねぇ、週一で帰れるのが最初で、次は毎日で、最終的には残業は三時間以内に抑えられたらなぁって父上がおっしゃってましたぁ」


 と思ったら再び生気が戻った。


「今、魔法使いさんにして欲しいことは、法律の整備をしてるので、魔法の知識を貸していただくのとぉ、魔法部隊を新設すりゅので、その初期メンバーを募集してます」

「あの! 魔法生物の開発はしてないんですか!」

「魔法生物ぅ? ぅ~ん? 魔法……生物ぅそうですねぇ! 森を復活させるために! 森にも! 生物が! 必要でしゅね!」

「おおおやった! 僕その森を復活させる活動で就職希望します! 凄く希望します!」

「わぁ! うれしいでしゅ! でも、雇用条件とかちゃんと聞いてください! あとあとぉ、魔法職に限りなんですけど、お家をプレゼントもします! 家賃はいらないです! これは職を辞めても持ってていいです! いきなり来てもらうのでいろいろ大変だろうと思って、国家予算で建てる予定です」

「そそその敷地面積はどれくらいなんでしょうか!」

「うーんとぉ、まちまちなんですが、もしご家族で来るならそれ用に建てましゅ! 城下町なので歩いて職場までこられましゅし。あ、学校とかもちゃんと近くにあるところがいいでしゅか?」

「きゃあああああ! お、お給料はっ」

「ええとぉ、今の雇用条件見せてくださったらそれを基準に考えて、保証とかもできたらなぁってお兄様がおっしゃってましたぁ」

「わぁあああん私希望します! 就職希望しますから雇ってくださいぁあああ!!」

「ね、姉ちゃん恥ずかしいから泣くなよっ」

「今フォカレは読み書きできる子が少なくってお仕事が大変でしゅ。将来的には一般の子達から頭のいい子を雇えたらなぁって法相様が法整備中でしゅ。お金の勘定とかで財務けいの職も募集してます! 学校の先生とか足りないかもぉ」

「姉ちゃん、俺移住希望するっ」

「でもぉ、魔法使いしゃんが来てくださって裕福になったら、ちょぉっと治安が悪くなっててぇ周辺諸国の動向が怪しいんでしゅ。戦争勃発?」


 ぽつり、とエイリーがいうと、会場が静まった。

 すっと遠くを見回すようにエイリーは会場中を見回す。そして酔いが回った頭が奇跡的に、事前に渡されていた原稿の内容を思い出した。半分だけ。


「皆様、フォカレは小さな国です。国力も軍事力も低く、王太子と騎士団が日夜神経をとがらせて動向をうかがっております。そして私は少しでも手助けができればと、皆様のお力を借りたくアルランドまで足を運びました。ここにお越しくださった皆様には本当に感謝しております。

 しかし、現状を踏まえよくお考えになられてください。フォカレ王国は、これから迎えるであろう変化の時代を生き抜くための人材を探しているのです。

 フォカレはアルランドとは何もかも違うでしょう。文化も流通も治安も何もかも劣ってると断言します。

 私達王族ができることは多くありません。民の生活を守るために尽力すること、平和を守るために交渉をすること、そして皆様を大切にし、貢ぐこと。この三つしか私達はできません。しかしお約束します。フォカレの王族は民を最後まで守ります。たとえ身銭を切って滅びようともです……!」


 それまで町のお嬢さんとあまり変わらないな、と思っていた魔法使い達は王族の威厳を放ち始めたエイリーに飲まれたように魅入った。そして最後に浮かべたアルカイックスマイルになんとなくどきどきする。


「皆さん、どうぞご質問を。その全てに私は答えましょう。そして是非フォカレに、フォカレに清き一票を! 皆様のお力で、共にフォカレを周辺諸国に負けない、ブラックではないホワイトな国へ導いてください!」

「わあああホワイト企業ばんざいいいい!」

「わ、私は、私はっ! 最低三時間は寝られる仕事に就きたい!」

「魔法生物うううう!」

「婚活したいぃぃい!!」

「ちくしょぅ転職だぁあー!」


 会場の端で滂沱の涙を流しながら「姫様、ご立派になられて!」と泣きに泣くアイリー。

 深刻な突っ込み不足。

 そして魔法使い達は魂の叫びを上げ、言動のおかしさは全て流された。

 ただ一人、酒場の店主だけが「とんでもないことしちまったな」と見なかったふりをする。

 魔法使い達は、皆疲れていた。



 それは早朝のことだった。

 ライフワークになりつつある魔除けの人形ならぬ、魔法人形を作り終わって早めに寝たリマスは、扉を激しく叩く音に飛び起きた。メティも同じように起き、二人は玄関に向かう。

 そこには汗をかきながら息を乱し、真っ青になっている第一王子ディエルがいた。


「メティ……エイリーに任せるんじゃなかった!」

「どうしたんですか? なにか緊急事態でもっ」

「王子様、姫様がどうかしたんですか? アルランド王国で何かありました?」


 心配そうな二人を見てたディエルは震える声で言う。


「魔法使いを、大量に雇ってしまったんだ……」

「え」

「は」

「二十五人も一気に! どうすればいいんだ!?」

「わ、わぁ二十五人も。それは凄いですね。アルランド王国側からなにか抗議がありましたか?」

「うっ。それはまだないが……父上が何とかがんばってくださるだろう」


 国王が聞いたら血管がぶちぎれそうな事を言いながらディエルは続ける。


「問題は、受け入れが間に合わないんだ。財相は戦争が近くなって物資の調達もしなければならないから、そんなに雇う余裕はないと言うんだ。だがエイリーが約束してしまってな……。二十五軒は家を建てないと。メティ、何かいい案はないか」

「え、はえっ!? すみません、いろいろ突っ込みどころが多いんですが……。え? フォカレって戦争するのですか?」

「ん? ああ、言ってなかったな。周辺諸国の動向がきな臭い。やつらは水や新しい流通ルートを狙っているんだ。戦争は避けられないだろう」

「……。もしかして、私のせいですか」

「気にしてるのか? だったらやめてくれ。君のおかげでフォカレは豊かになりつつあるし、水も森も戻ろうとしている。メティ、君はこの国を救ってくれたんだ」

「ディエルさん……」

「それに、心配することはない。メティが各国の相談をこなしてくれたおかげでだいぶ恩が売れた。方々から援軍を期待できそうなんだ」

「え?」


 ちょっと感動したメティは思考を止めた。

 そんなことしたっけ、と本人が考えていると、勝手に室内に入ったディエルは険しい顔をして言う。


「というわけで、メティ。いきなり黒字が赤字になって金がない。定期的に簡単に稼げるいい感じの商売を知らないか?」


 悪徳業者に騙される被害者みたいな事を言うディエルに、二人は一瞬で半目になった。


「自分で考えてください」

「ですです!」



 オルドは財相という地位に就いてから多くの困難と後悔をしてきたが、今日ほど深くいらだちを覚えたことはなかった。

 予算案は骨組みだけでしっかり考えていなかったのは認める。一国の財相を預かる身で恥ずべき行為であったことも認める。しかし、予想しなかったところで事後承諾の横殴りを食らわされるとは思ってもみなかった。


 不意打ちは卑怯すぎるぞ、と思ったが口には出さない。なぜならばこの国の姫君がやらかしたことだからだ。

 しかし、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、目の前で正座する年頃の姫君エイリーは小さい体をますます縮こまらせた。


「それで、アイリー。すまなかったがよく聞こえなかった。もう一度頼む」

「ひいいいすみませんん」


 エイリーの隣で同じように座っていたアイリーは素早く三つ指をついた。

 メティの魔法で送り迎えを含め、二人がアルランド王国にいたのはたったの三日程度。その間にフォカレに大量の魔法使いが来ることになってしまった。

 喜ばしいが人数が多すぎる。


「……。もういい。すぐに不採用通知を出して、彼らを止めろ」

「さ、採用通知出しちゃいました……」

「皆さんすぐに退職手続きを出して、出国手続きを済ませるとおっしゃっていて……あはは、もう終わってる頃ですね。魔法使いってお仕事速いんですね。あ、お越しになるのは先なのでまだ時間がありますよ!」

「クソ馬鹿がぁあああああああああ!!」

「きゃああああ!!」


 思わず魂の叫びを上げた財相は目頭を押さえた。部下達はそんな財相を気にせず黙々と書類仕事に追われている。みんな目が死んでいた。


「……姫様、とてもじゃないが全員を受け容れる金なんてありゃしませんぜ。国を潰すおつもりですか。そもそも採用人数枠は三人だったのに何をどうしたらこんな数になるんですか」

「そ、それが皆さんのお話を聞くと、過酷な環境に身を置いていたらしく、とても不憫に思ってしまって……」

「慈悲の心は尊いですが、それでこっちが倒れちゃ話にならん。いいかげん後先考えずに決める癖を直せと国王陛下もおっしゃっていたじゃないですか」

「す、すみません。……しかし、私は一度約束をしてしまいました! 覆すことは姫として許されない行為なのです」


 なんでここだけ気高く言うんだろう、とオルドは思ったが、口には出さなかった。

 とにかくここでわめいてもしかたがない。


「なるほど、では言葉通り身銭を切っていただきましょう。お前ら、調査は済んだか」

「はい、姫様の私物及びこれから当てられるであろうお小遣い――もとい王族の個人年金その他諸々の調査結果はこれです。あ、王妃様の形見は省いてあります」

「はへ!?」


 部下が差し出した書類に目を通したオルドは舌打ちする。


「ちっやっぱりしけてんな……。ごほん! というわけで姫様、向こう十年は小遣いなしですぜ。公務その他諸々にかかる費用は別途支給、あとで返してもらいます。もちろんおやつは抜き」

「ええっそんな!」

「どうにかしたけりゃ自分で稼いでください。これは借金にしときますよ。利子は慈悲でなしにしときます」

「いつから財相は金貸しになったのですか! これは横暴です!」

「身銭を切ってくださるんでしょう?」

「うぐっ」


 財相は血走った目のまま姫君を睨む。その圧力に屈した姫は「唯一の楽しみが」と嘆き悲しんだが誰も擁護しなかった。


「それで、魔法使いを二十五人も雇ってどうするんです? もちろん配置は決まってるんでしょうね」

「アイリー、説明して差し上げて」

「は、はいっ! もともと新設する魔法部隊は三名から五名に増員します。皆さん読み書き計算できますので、財務と法務に二人ずつ振り分けをしようと思っています。こちらの四名の方が該当者です」

「まぁ、そりゃ助かるな」

「それから、メティさんに依頼しているイレーヌ諸島との雨のやりとりですが、これを引き継いで別の方にやっていただく事になりました。こちらは魔法外遊隊という名で新しく部隊を作ります。今後、海外業務や陛下の外交には彼らを組み込みます。今のところ三名の予定です」

「メティ殿は了承してるのか?」

「はい。昨日の夕刻にお返事をいただきました。そして新しく開発部を新設しました。魔具の開発及び森林の復活を目的としています。こちらは四名で、陛下の承認は下りています」

「残りの九人はどうするんだ?」

「……え、えへ」

「決めてねぇのかよ!!」

「きゃあああ!」

「ごめんなさいいい」


 けっきょく、財務と法務に二人ずつと、外務の方にも一人引き取ってもらうこととなった。魔法部隊は増やされて二部隊となり、それぞれ五名。魔法外遊部隊も五名に増員。開発部は適正もあるし希望したのが四名だけだったのでそのままとなった。


 そして残りの一名は小さな子供連れの一家と言うこともあり、城下に一校だけある学校に魔法科を新設し、そこの教師に収まってもらうこととなった。

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