魔法使い達はブラック企業から抜け出したい
そしてとうの魔法使い達は、約束通り弟子の食べたいものを注文して、飯屋でゆっくりくつろいでいた。
「師匠! ぼく、このサボテンのソテー好きです」
ハグハグと一生懸命食べているリマスは、顔の周りにソースをつけながら幸せそうだった。
「今回はよく頑張りましたね。出来がいいと評判ですよ。魔法の構成はわかりましたか?」
「はい! 魔力運用の方も、師匠に手伝っていただかなくてもゆっくりならできるようになってきました。もっとうまくなったら初級魔法を使ってもいいですか?」
「そうですね。ちょうど魔除けの人形の注文もたくさん入りましたから、段階を踏んで変えていきましょう。リマス、魔除けの人形――じゃなくて魔法人形を一人で作れるようになったら注文はどうしますか?」
二人が作った魔除けの人形には使用者、または対象者に合わせた魔法を組み込んでいる。木製の物は魔方陣を掘り、布製の物は魔法液につけた糸で刺繍をして魔方陣を縫い付けた。魔方陣に魔力を流せば立派な魔道具となる。魔力さえ流せば半永久的に使える。
メティは要望が書かれたものはその通りに動く魔具を、騎士からの依頼にはそれ用の魔方陣を組み込んだ。ドクロの騎士が現れたのは、夜、悪いことをすれば怖いお化けに捕まるというのが目に見えてわかるようにするためだ。
そのせいか、最近では水泥棒はめっきり減っているし、人さらいや食い逃げはできなくなった。殆どの女性は魔除けの人形をそろえたし、事件が減った治安維持隊が街道の警備を強化したためだ。もちろん騎士達も出て、出入りが厳重になったのもあるが。
「うーん、他のことで手一杯になるなら、止めてもいいでしょうか……。でも、皆さん喜んでくださってますし」
「なら、おいおい考えましょうか。いい収入になりますし、学費も稼がないといけないですしね。あ、リマスのお金をしまうのに金庫を一つ作ろうと思います。小箱なんですが、中に亜空間魔法を入れましたからいくらでも入りますよ。あとで解除キーを教えますね。お金の管理は私と一緒に覚えていきましょう」
「はい!」
「それにしても、ちょうどいい依頼がきてよかったです。魔法人形は魔法使いが一番最初に練習で作るのに最適でした。予定よりも早く魔力運用がマスターできそうですね。あ、そうそう、手紙を出していた機関から返事があったんですよ。あとでリマスも読んでください。体のことについてちょっとおもしろいことが書かれていました」
「はい師匠!」
「それにしても、法律がないっていうの、凄く楽でした。申請は紙一枚ですむし、鑑定も検証もいらないし、規制も厳しくないですし。リマス、他の国に行ったらこうはできませんから注意ですよ」
「はーい!」
そして今日も魔法使い達は平和だった。
*
「あああ仕事が、仕事が終わらないぃぃいい」
法相ことラルフは書類の山に追われていた。
「商業申請! 納税についての質問! どうして来て欲しいときには来ないで来ないで欲しいときに来るんでしょうか」
「仕事っていうのはそういうもんですよ」
死んだ顔で言ったのは部下のマルヒトだった。ここ数日、家に帰ってない。それは宮勤めをしている全員にいえることだった。騎士隊長なんて一ヶ月は帰ってないらしい。
「人事に掛け合って人数増やしてくれないか聞いてください」
「だめですよ、どこも似たようなもんで取り合いです」
「はぁ、読み書き計算ができれば、もうそれだけでかまいません。判子だけ押してくれるのでもいいんですけどね」
「魔法使い殿に作ってもらえばいいんじゃ?」
「それ考えたんですよ!」
でもだめでした、とラルフは落ち込んだ。
「三ヶ月先まで仕事でいっぱいだそうです」
「あー、凄い評判ですしね、魔除けの人形。あれぜったい別物ですよ」
ですよね、と相づちをうったラルフは黙々と手を動かす。腱鞘炎になりそうだ。
こうまで忙しくなったのは、魔法に対する法整備を進める作業と、突然流通が多くなり、それに付随する犯罪の増加で法律改定が必要になったからだ。
「国が豊かになるのはいいんですが、受け容れ体制が……こうなるとわかってたら」
「そんなの相手は待ってくれませんよ。あ、ペンが折れた……うわあああもういやだ! 手が痛ぇ」
「黙ってください、私だって同じですからぁあああ!」
*
「うおおおおお税収が! 税収が! 予算額が変動するあああ……」
法相が発狂したのと同時刻、財相ことオルドも発狂していた。
周囲にいた部下は慣れたもので「またか」と一瞥して仕事に戻る。彼らも泊まり込み業務が続いていた。
例年に無いレベルでの発展で、先が読めない。なにより戦争の気配に新しく魔法使いに関する事項が増えた。しかもそれが斜め上の展開だった。陛下からも税金に対しての免除事項がどうのこうのと言われているのでそこらへんも悩みの種だった。
「来年からの予想が全くつかんぞ!」
「もうだいたいで見積もって、余った分は蓄えときましょうよ。貯金、いい言葉です。凄くいい言葉です」
毎年財政難に陥っていた財務にとって、黒字が明らかなのは嬉しい悲鳴だ。
「お前天才だな」
財相は部下の提案に乗ることにした。これが悲劇の始まりとも知らずに。
*
「父上、求人を出そうと思うのですが」
息子の言葉に顔を上げた王は首をかしげた。叱ったおかげか、きちんと相談することを思い出した王子は、紙束を差し出してくる。
見れば求人票のサンプルだ。
「魔法使いを募集するのか? しかし、メティ殿はどうする?」
「いえ、今度は正式に宮勤めの者をと思いまして。法相のところに魔法を知っている者が必要でしょう。魔法使いに対抗できるのがメティしかいないのも問題かと思いまして」
「ああ。彼女は相談役じゃしなぁ」
納得した王は紙をめくり、顔をしかめる。
「これで来るのか? 国風と仕事内容しか書いてないぞ」
「メティはこれで釣れました!」
あの変な魔法使いは連れるだろうな、と王は思ったが口に出さなかった。息子は純朴そうな外見だが、脳筋なところがある。素で鬼畜なところもあって、王は少し心配していた。
「宮勤めなのだから同じなのはおかしいと思うがの。待遇をもう少しよく考えなさい。反感を買うようなことがないようにするんじゃぞ」
「わかりました」
「それで、どこに出すんだ?」
「とりあえずアルランド王国に出します。あそこの魔法省、ブラックなので」
「ぐふっ」
王は茶をこぼしそうになった。
*
森を作ろう、と計画を立ててから、あっという間に三ヶ月が過ぎた。
雨の転送は回数を減らし三分の一になっている。しかし例年にはない雨量は、確かにフォカレの大地を潤しつつあった。
苗木を植え、それが根付き始めていた。メティは頻繁に苗木に魔法をかけ成長を促進させている。その甲斐あって、木は見上げるほど大きくなっていた。
実を成す木もあれば、かつてフォカレに多く生息していたという樫の木などを中心に小さな林ができた。
周辺の住民も珍しがって遠くから眺めている。
「メティ、また無理をしたのか……」
「あ、ディエルさん。どれくらい寝てました?」
鼻血をだして気絶していたメティは、頬を叩かれて目を覚ました。手渡されたハンカチで鼻の下をぬぐう。
「気絶してたんだろう。お願いだから失神するまで魔法を使わないでくれないか。ここは君以外の魔法使いがいない。もし何かあったら、何もできないんだぞ」
「いや、大丈夫ですって。今まで魔法的な処置はしてませんし」
「魔法使うと鼻血出すのに、何を言ってるんだ。普通の医者じゃ手に負えないぞ」
鼻血をだしたのは頭の中の図書館を探ったせいだが、メティは笑って誤魔化す。
「それでディエルさん、小さな林はできたんですが、この調子でいくと森ができるまで数年くらいかかりそうなんです」
「数年で森ができるなら凄いじゃないか」
「いや、ちょっと待ってられないというか……。問題がありまして。動物がいないんです。いや、動物なら連れてきてもらえればいいんですが、虫が必要なんです。草木が育ちません」
「そんなの自然と集まるだろう?」
「乾燥した土地を乗り越えて? せめてミツバチだけはどうにかしないと蜂蜜がとれません……」
「ほう!」
蜂蜜、と聞いてディエルの目が光った。甘い物は古来より高級品である。今の時代も高級品であった。そして美味しい。
「魔法薬って苦いから蜂蜜でまろやかにすることが多いんです。必需品なんですよ」
「買うと輸送費で高いし……まぁ、蜂蜜無しでも効果は一緒だから、いいかなぁ。飲めたものじゃないですが」
「いや、入れよう。そうしよう。考えようか」
ディエルは考える。
森を作ってもらえればその分の労働は対価を渡すが、権利は全て王家の物だ。蜂蜜をメティに売りつけて、ついでに金を吐き出してもらおう。今、フォカレのお金はメティに集中している。本人はあまり金を使わないので、循環してもらわないと困るのだ。
「ただ、ミツバチってけっこう繊細で。気温とかもそうですが、どこかに行ってしまわないようにするために専門の人を雇ったりしなくちゃいけないですし。なにより、そうするとつきっきりでしょう? 魔法熊もよってくるから治安が悪くなるでしょうし……」
「魔法熊?」
「蜂蜜が大好きな熊で、三千キロ離れた場所からでも蜂蜜の匂いをかぎ分けるんです。風の魔法が得意で、時速三百キロ出すんですよ。もう災害指定レベルです。私が宮廷魔法使いの頃は、月四で見回りさせられてました」
アレさえなければもう少し家に帰れたはずだ。
当時を思い出し、メティはげっそりとした顔をする。意味がわからない王子は顔をしかめた。
「熊が蜂蜜好きなのは知ってるが、魔法熊? は初めて聞いたな」
「アルトリット・ゲヘナーという魔法生物学者の権威が作り出した魔法生物なんですが、檻を脱走して野生化してしまったんです。最悪なことに自然繁殖してしまって……」
「ん? いやちょっとまて……。つまりなんだ? 作るのは普通の蜂蜜じゃないのか?」
「そりゃ魔法薬に使いますから。あ、普通の蜂蜜として食べても美味しいですよ」
「そ、そうか……魔法使いが育てないと作れないのか?」
「というか、蜂自体が魔法生物なんです。世話は普通の蜂と同じなんですが」
「う、うむ。よくわからないな。まぁ、普通の蜂と同じ育て方ならいい」
つてがないか探してみようとディエルは約束をした。ついでに、蜂に詳しい人も雇おう。最近はお金の余裕があったので、人材強化と一緒にやってしまおう。
財相が聞いたら失神しそうな事を考えつつ、ディエルは微笑む。
「とりあえず今日はこのくらいにして、帰って休みなさい」
「え、ですがまだ終わってなくて……」
「弟子が町中を駆け回って探していたんだぞ。……見ていて哀れだった」
「あ、連絡忘れてました!」
師匠が突然失踪しておいて行かれた事のあるリマスは、まさかと泣きじゃくりながら城下中を駆け回っていたらしい。
さっと青ざめたメティは早足で家へ戻っていった。
「速めに、別の魔法使いを雇わないとだな。いかんな……」
鼻血で汚れたハンカチをしまいながら、ディエルは嘆息する。
*
フォカレの人工は約六万人。環境は砂漠に近く、乾いて痩せた土地が広がっている。
しかし今、急速に潤い活気づいていた。
その始まりは魔法使いがどこからか引っ越してきた事から始まったらしい。その魔法使いは城下町に店を出して暮らしているという。店の品を求めた商人が断られて悔しがっていたと証言があった。
リーシャが集められた情報はここまでだ。なにしろフォカレという国なんて、小さすぎて聞いたことが無いようなマイナーな国である。知ってる人も少ないし、距離があるため情報が来るのに時間がかかる。
リーシャは若いながらアルランド宮廷魔法使いとして働いて三年になる。
両親はリーシャが学校を卒業すると同時に他界し、幼い妹と弟たちを一人で養っている。
「どうしよう、どうしよう……下の子はまだ学校に行ってる途中だし学費だって払ってる。フォカレの貨幣がどのくらいの価値があるって言うの、そうよ、だめよ揺れちゃだめ。血反吐を吐きながら学校を卒業したのよ。その努力を無駄にするって言うのだめだわそんなのできないわ。それに生活がかかってるのよリーシャ。大黒柱なのよ、ここで道を誤ったら弟や妹達はどうなるの。お人形も誕生日プレゼントだって買ってあげられなくなるだろうし、何より税金とかなにか落とし穴があるわ絶対きっとあるわよ。今みたいに労働時間が同じくらいだったりするかもしれないし、これが嘘だったら、ううん、もう募集が決まってたらどうするのそれに書いてあるじゃない給料は経験者は要相談って。今より低くなったらどうするのもし養えなかったらどうするの。でも家と土地がもらえたら貸家から出られるしここより広くなるし庭があるから野菜だって育てられるし土魔法得意じゃない食費が浮くわ。でも学校はどうするの、下の子の将来が狭まるわよね環境が変わったら今の友達と別れることになるし、かわいそうじゃない。そうよ、だめよ引っ越しならまだしも移住だなんてそんなそんなできないわ手続きだって……私の立場なら簡単に降りそうだけどでもこれが詐欺だっていう可能性だってあるし、紙一枚だけでそんな冒険できないわだって私は家族を守らなきゃいけないのよいくら仕事がつらいからって、月に一回帰れればいいほうだからって、睡眠時間が一日二時間ちょいだからって大丈夫よがんばれるわ回復魔法の精度上がってきたしいけるいける大丈夫よ、耐えるのよリーシャ、あの子達の将来は私にかかってるの、できるわ、私ならちゃんと家族を守――」
「姉ちゃん……」
はっとしたリーシャは振り返った。
後ろには二人の妹と三人の弟が並んでいた。みんな真剣な顔をしてる。
「み、みんな聞いてたの? 今のはななななんでもないのよ」
動揺しすぎて声がうわずった。
「引っ越そうよ、姉ちゃん」
「……。えっ」
一瞬止まったリーシャに、たたみかけるように六つ下の長男は言った。
「今より悪くなんてならねぇよ。俺もがんばって働くから」
「お姉ちゃん、おめめの下真っ黒よ」
「このままじゃ死んじゃうよぉ」
下の子供達二人も口々に言う。
「で、でもだめよ。フォカレに行っても土地が合わなくてとかあるかもしれないし危ないわ危険だわ無謀すぎるの!」
「でも、ねぇちゃんは楽になるんだろ? とうちゃんやかあちゃんみたいに死んじゃったら、俺達どうしたらいいんだよ」
リーシャは雷に打たれたように目を見開いて固まった。
「俺、いい生活より姉ちゃんが生きてる方が大事だよ」
「あ、あたしも! ここに住めなくたっていいわ」
「うん。親戚だって助けてくれないし」
「僕、勉強なら一人でがんばるから」
「なぁ、話だけでも聞いてみようぜ。俺にもできることがあるかもしれねぇし」
リーシャは号泣しながら『魔法使い募集中! フォカレ王国で自由気ままに暮らしてみませんか?』の用紙を握りしめた。
*
「どうしてわからないんだ! 魔法生物は魔法使いのロマン! 夢! 希望! なのに!」
酒場でくだを巻きながらわめき散らしていた魔法使いエルルは、酒を思いっきりあおった。荒れ果てた様子に周囲の客は遠巻きだ。
「うう、予算は下りないしくだらないものは作らされるし、なのに成績が上がらないし給料が上がらないし魔法生物は作れないし! 魔法生物は作れないしぃ!」
酒臭い息を吐き出した彼は、ふと酒場の壁に貼ってある求人に目をとめた。
『魔法使い募集中! フォカレ王国で自由気ままに暮らしてみませんか?』
「……自由、気まま」
そんな怪しい見出しの求人にふらふらと吸い寄せられた彼は、募集用紙の最後の文言に釘付けになった。
『フォカレ王国では現在森林を取り戻すため、育成魔法、土魔法に精通した魔法使いを求めています』
育成魔法。
エルルは酒が回り切った頭でしっかりと考え結論を出す。
つまり、魔法生物を求めている、と。
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