弟子の初仕事に魔法使いは張り切ってしまう

 フォカレ王国の王子ディエルは悶々と考えていた。

 どうやったら戦争が回避できるだろうか。

 まず周辺諸国で動向が怪しいのは、隣接しているアイルオーン国と少数民族達だ。アイルオーンは騎馬民族の集まりで三つの部族がまとまって国となった。昔はフォカレと戦争が絶えなかったが、水不足で戦争どころではなくなり休戦が続いていた。

 あちらの作物も水が足りずに涸れかけているだろう。いっそメティに頼んであちらに雨を、と思ったディエルだが却下する。そんなことをすればメティに害が及ぶだろうし、雨を巡った争いが確実に起こる。恩を売る形で水を分けてやる、といっても最終的に奪いに来るだろう。ディエルはそう確信していた。

 まず、部族をまとめる王が信用ならない男だ。他部族の王を暗殺して一つにまとめた。寝首を掻かれかねない。もちろん簡単にくれてやる気もないが。

 そして周辺にいる少数民族だ。国を追われた部族か、遊牧民の集まりが砂漠を転々としている。彼らは独自ルートでオアシスを転々としているらしく、全体的に謎だ。ただ、戦闘力が無駄に高いのだ。周りが戦闘民族だらけで辟易してしまう。もっと大人しい集まりだったら良かったのに。

 自分のことを棚上げした王子は寝転がるのをやめた。


「よし!」

「待ちなさい。今何を考えた」


 メティに相談しよう、と思って立ち上がったディエルはぎくりと入り口を見た。父王が険しい顔で立っていた。


「父上、いつからそこに」

「さっきからだ。お前、余計なことを考えただろう」

「とんでもない。メティに戦争を回避する方法を知らないか聞いてこようと思ったまでです」

「それが余計なことなのだ! なぜ儂に言わない」


 腕力に物を言わせるしか思いつかなかったディエルは、父親に頼るということも忘れていた。


「あ、そうでした。父上がいましたね」

「お前というやつは……。もういい。魔法使い殿に頼り切りになるのはよくない。あちらも生活を立てるので忙しいのだ」

「しかし国がなくなってからでは遅いのでは?」

「そんなにせっぱつまっとらん。お前がアルランド王国に喧嘩を仕掛けたときのほうが肝が冷えたわい」

「も、もうしわけありません」


 三発ほど殴られたディエルは思い出して後頭部をさすった。父親の杖は堅かった。


「お前が帰ってきてうれしいが、ここはフォカレ。留学先ではないのだから家族に頼りなさい」

「……はい」

「そしていずれはお前がこの国を継ぐのだから、他人に頼るばかりではいけない。王子として自覚を持ちなさい」

「はい」

「だが、魔法使い殿をつれてきてくれたのは感謝しておる。水が確保できたおかげで、皆の顔が明るくなった。流通経路の確立もよくやった。これで身売りをする者がでなくてすむ」

「父上!」

「だが、お前は短絡的なところがあるから、それを直せ」

「……申し訳なく思っています」

「とにかく周辺の状況は調べさせている。あちらに戦争するのは得策ではない、と思わせる方法を探す。それに急に人が増えたせいか対応が追いついていないのじゃ。町の住人にも被害が出ている。この間なんぞ村娘が攫われそうになっての。お前は起こした行動の結果、どうなるかを事前に考えてから行動するべきだ。死人こそ出なかったが怪我人もでているのじゃぞ。そういった迂闊な行動がだな――」


 下げて上げて下げるという高等技術を駆使され、ディエルはしゅんとした。



 次の日の朝、メティは農夫のアーキーに指導されて土を耕すことから始めていた。メティはアーキーのことを覚えていて、水の精霊の元へ行ったときに出会った人だとすぐにわかった。


「魔法使い様は世間知らずだなぁ」

「や、面目ないです……」


 地面を掘り返したはいいものの、整えていなかったメティは暗く笑った。リマスがびくっとなる。

 盛り土を作って整えたメティは、肥料をまいて、一定になるよう指で穴を作ると、種を植えた。限りがあるので、一粒だけだ。これの栽培が成功したら種を増やして本格的に栽培する。

 今回は魔法を使わず様子見だ。

 植物もどのくらいで枯れるかで問題の解決方法が違ってくるからだ。

 最初に与える水はたっぷりと。しかし、ここからは芽がでても、根がしっかりと土に張るまで我慢だ――と教わった。


「ところで魔法使い様、あんた魔除けの人形は作れるか?」

「魔除けですか?」


 顔をしかめたアーキーはぽつぽつと話す。


「最近他国からの出入りが多くなったせいか、村の若い娘が危ない目に遭うことが多くなった。魔法使い様なら何かできねぇか? あんまり金は出せないんだが」

「女性が危ない目にですか? どんなです?」

「もしかして人さらいですか?」


 びっくりして思わずリマスを見ると「ぼくも詳しいわけじゃないです」と慌てて首を振る。アーキーは「そんな感じだ」と言って続けた。


「治安維持隊や騎士様が巡回を強化してくださってるんだが、こんなに賑わったことがなくってなぁ。横道なんかにたむろするような連中が多くなって困ってる。中には店で暴れる連中も出てきて、対応が追いつかないみたいなんだ」

「大変ですね……。わかりました。いらない木材や人形があったらいただけませんか? 魔法をかけます。希望があれば添いますよ。どんな物が欲しいですか?」

「俺には魔法の事なんてわかんねぇよ。考えてくれねぇか? あ、あと安くすむならそれにこしたことはねぇんだ。みんなそんなに蓄えがあるわけじゃないからよ」

「うーん、となるとどんな事件が起こってるか教えてもらった方が作りやすいです。詳しい人を紹介してくれますか?」

「おお、それなら治安維持隊に聞くのが一番だ。それでいいか?」

「はい。リマス、ちょうどいいですから、あなたも作り方を覚えましょうか」

「え、ぼくも作るんですか! が、がんばります」

「んじゃ、これからつきあってくれ」

「あれ、今からですか?」

「頼むぜ。みんな怖がって家から出られねぇのもいるんだからよ」


 事態は思ったより深刻だったようだ。



 三人は治安維持隊の詰め所に向かった。中は慌ただしくて忙しそうだ。受付カウンターには誰もおらず、通りかかった隊員が足を止めて近づいてくる。


「アーキーさんか、何かあったか?」

「大丈夫なんだが、最近起こってる事件を教えちゃくれねぇか。魔法使い様、こいつはアスト。治安維持隊の副隊長だ」

「どうも」

「メティと言います。こっちは弟子のリマスです」

「こんにちは。よろしくお願いします!」


 アストは頷くと、アーキーを見た。


「アーキーさん、具体的に何を言えばいいんだろうか? もしかして魔具を頼むのか? 金はどうする」

「作ってもらうのは魔除けの人形だ」

「ああ!」


 魔除けの人形はそれほど高い物ではないが、種類は多岐にわたる。

 基本的にお守りなのだが、悪い運気を払うと言われていた。


「そうだったのか。今起こってる事件は女性の被害が多い。夜、道を歩いていたら襲われかけただとか、子供だと人さらいにあいかけたり。店で暴れたりする者もいるな」

「お店で暴れたり、というのは具体的にどんな感じですか? お酒に酔って殴り合いだとか、お店の店主を脅したりだとか」

「そうだな、酔って暴れるやつは前からいたが、脅すやつも多い。勘定を払わないで逃げたりな」

「刃物を持って脅す人はいましたか?」

「そうだな。後は輸入を禁止している物を町に持ってきたり、井戸を勝手に使ったりが多いな。魔法使い殿、どうにかできる方法を知らないか? できるなら、自警団からも依頼したいのだが」

「井戸ですか……ああ、水は貴重ですもんね。うーん、あると言えばあるんですが」


 水を汲む量も人数によって決められているのだ。


「問題があるのか?」

「ちょっと材料調達が難しいかもしれません。あの、形見の剣とか盾とかってありますか? 折れてたり壊れてたりしてもいいんですが」

「それで何か作るのか? いや、探してはみるが……」

「お願いします。……アーキーさん、依頼される方の大切にしている道具や私物をお借りできるか聞いてもらえますか? 個人を守るならその方が効果が上がるので」

「お、魔除けの人形より出来がいいのか?」

「ええ、魔法使いの製作物です。保証します」

「おし、わかった」

「あと、値段なのですが弟子が作るものはお安くします。もちろん作り方は私が指導しますし、最後まで責任をもちますから。品質は私が作った物と遜色ないと確約します」

「大丈夫なのか?」


 リマスは視線をよこされて、慌てて頷いた。一回も作ったことがないが、メティが一緒にやってくれるなら、きっとどうにかなると思った。


「そうか、ならお願いするか。みんなに伝えてみる」

「なら、こっちは在庫を見てみよう。廃棄処分品があればなるべく集める。夕方には一度連絡しよう」

「はい、お二人ともよろしくお願いします。あ、値段は銀貨一枚です」

「そんなに安いのか!?」

「練習も兼ねているので」


 銀貨一枚は、一人分の食費で数えると半月分だ。安いとはいえない額だが、高すぎることもない。魔法使いが作る魔除けの人形ならもっと高くても仕方ないくらいだ。

 こうして仕事を取り付けて帰ってきたメティは、準備を始める。


「リマス、あなたの初仕事ですから、張り切ってやりましょう。これは時間がかかってもだめ、効果がなくてもだめ、すぐ切れてもだめです。皆さんが安心できる生活を取り戻すための物ですからね」

「はい師匠! でも、そんなことができるのでしょうか? 魔除けの人形にそんな力がありますか?」

「実は私、今まで一回も魔除けの人形を作るとは言ってないのです。でも、内緒ですよ? 皆さんに贈るのは魔除けの人形ですから。これは門外不出の魔法ですので、心してかかるように。いいですね?」

「師匠、すごいです」


 目を光らせたリマスは元気よく返事をした。


「まずは材料を調達しましょう。工具は持っているので、布屋さんに行って針と糸を買って、魔法液につけます。魔法液の作り方を教えますから、よく覚えておくように。これはなんでも応用が利きますから」


 ふふふ! とメティは笑う。

 門外不出とは真っ赤な嘘だが、弟子に褒められて鼻高々になっていた。



 夕方、治安維持隊の副隊長がやってきた。その後ろには部下らしき人が二人並んでいて、木箱を持っていた。


「夜分遅くにすまない」

「こんばんは。……わぁ、凄い数ですね」


 アストはそう言って木箱を下ろした。心なしかげっそりしている。


「アーキーさんに頼まれた分も入っている。品は小分けにして要望を入れてもらったが、これで良かったか?」

「あ、そうやったほうが良かったですね。ありがとうございます、助かります。それにしても、明日でも良かったのに速かったですね」

「女房に尻を叩かれた。銀貨一枚でどうにかなるならさっさとやれと」


 後ろの二人も既婚者なのか嘆息している。


「じゃあ、中にお願いします。リマス、依頼が来たので準備を始めましょうか」

「魔除けの人形だが、どんなのができるんだ? 一般的な人形は不幸にあいにくくなると聞くが」

「そうですね。でも、私達は魔法使いですから、魔法使い流の魔除けの人形です。つまり、物理的です」

「物理的?」

「大船に乗った気持ちでいてくださいね。納品は三日後でも?」

「ああ、頼む」


 生返事を返したアストはちょっと早まったかもしれない、でも王子の覚もめでたいし大丈夫か、と楽天的に思って帰って行った。


「お師匠様、たくさんありますね。全部できるでしょうか」

「一緒に作るから大丈夫ですよ。今日は依頼品を整理して分別しましょう。作業は明日からですよ。終わったらお店に行ってご飯を食べに行きましょうね。リマスの食べたいものでいいですよ」

「やった! ぼくがんばります!」


 魔法使いの家はとても平和だった。



 最近フォカレにやってきた男は、夜中こっそりと井戸水を盗みにやってきた。朝、わざわざ並んで水をもらうのはばからしい。何より国民でない場合は買わなければならない。貴重な水はどこへ行っても高かった。

 井戸の蓋を開けて男が桶を下ろしたとき、ふと視界の端に何かが映った。思わずそっちを見て、男は自分の血が凍り付くのを感じだ。

 見慣れない盾を持った男がいた。暗くて全貌はわからないが松明の光で剣を持っているのは見えた。

 逃げようとした男はしかし、振り向きざまに何かに当たる。


「な、何だ!?」


 それは大きな盾だった。しかし、持ち主はなく宙に浮いている。

 はっとして振り返ると、後ろの男が大きく剣を振り上げていた。松明の火に近づき、その顔が明らかになる――


「ぎゃああああ」


 顔が無い。

 真っ黒なドクロだけが見え、頭に衝撃を感じた男はそのまま昏倒した。



「おいアスト、俺達の仕事ってなんだろうな。いや、お前が依頼してくれたことはホント英断だと思ってるよ? 仕事減ったし、犯人も捕まるしでさ。でもこれ見ると何ともいえないよな」

「なら言わないでください」


 昏倒している水泥棒を簀巻きにしていると、治安維持隊長が半目になりながら言ってくる。横にはドクロの騎士ががしゃがしゃ言いながら立っていた。足には子供達がまとわりついてよじ登っている。最初見たときは泣き出して怖がっていたのだが、安全だとわかると遊び相手として大人気だ。


「ていうかこれ魔除けの人形なのか? 俺が知ってるのとなんか違うんだけど」


 治安維持隊長の言うとおりだった。普通の魔除けの人形は動かないし物理攻撃もしない。

 たんこぶを作っている水泥棒は気絶したままだったので引きずって帰ることにする。


「魔法使い殿の魔除けの人形は物理的なんだそうで」


 聞けば店の安全のために作られた魔除けの人形は、店の一番安い値段以上の金額を持っていない客は店に入れないし、暴れたら自動的に外に転送するという高機能なものだった。

 町を歩く娘のために作られた人形は、持ち歩かなくても当人が危険を感じた瞬間に駆け寄ってきて相手を殴り飛ばす、恐怖仕様になっている。

 ペンダントや髪飾りだったら雄鳥の鳴き声が響き渡ったり、なにやらよくわからない人影が出現して助けてくれるらしい。評判が評判を呼んで、三ヶ月先まで予約がいっぱいになっていた。無論、商人が見逃すはずも無く注文が殺到したのだが、メティは「この国の人に限るので」と断って悔しがらせていた。


「しかし、どうなってるんだろうなぁこれ」

「わかりません」


 納品されたときにどうやって作ったか、どういう効果があるのか聞いたが、作り方はちんぷんかんぷんだ。わかったのは魔法使いって凄いんだな、ということだけだ。


「まぁ、今日も安心して帰れるって言うのはいいことだ。俺達の仕事も減ったし、新婚連中がかみさんにどやされねぇって言うのもいいもんだ」


 隊長の懐の深さを知って、入隊して良かったな、とアストは水泥棒を引きずりながら思った。

 そして王宮では「やっぱりメティに聞いた方が良かったですね、父上」と息子に言われ、父王が「ぐぬぬ……」となっていたことも、彼らは知らなかった。

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