リスクと器用貧乏と要の魔法使い
「会った……ような気がします」
驚愕から立ち直ったメティは必死で記憶を探った後、なんとなく思い出した。
メティがまだ学生だった頃の話だ。
魔法を暴発しかけていた同級生がいて、慌てて助けたことがある。魔力の流し方がむちゃくちゃだったので一から教えたのだが、その後再び会うことはなかったはず。今まで忘れていたが、名前はマルギリスと言っていたような。
リマスがここに来た理由も納得した。マルギリスはお世辞にも魔力操作が得意とはいえなかったからだ。
「よくここに私がいるとわかりましたね……」
「お師匠様の動向は常に監視しているのだそうです。……あ! 見つめているのだそうです。……あ、いえそうではなくて、ええと」
言い直しても怖さは軽減されなかった。
微妙な顔になって、ついでに蒼白となったメティに慌てたリマスは失言を繰り返し、最終的に話をそらす。
「マルギリス様はお師匠様ほど魔力操作に秀でた方を知らないとおっしゃっていました」
「そ、そうですか……。まぁ、私は魔力が少ないですから」
魔力は多いより少ない方が扱いやすい。彼らに比べたら魔力操作は簡単だ。
「リマス様は魔力操作に問題を抱えているのですね」
「はい。それとお師匠様。ぼくのことはリマスとお呼びください」
半笑いで頷く。
マルギリスから頼まれた子供を放りだしたなんて知られたら、どんな目にあうか。メティにはリマスを弟子に取る道しかなかった。
「ディエルさん、この家に人を住まわせても大丈夫でしょうか?」
「君の家だからかまわないが、大丈夫か?」
「ええ、三年あずかります。こちらから連絡する手段は――無いみたいですし」
視線を受けて首を振ったリマスはしょぼんとした。
いろんな意味で心配したディエルは、ちら、とリマスを見る。
「すみません、実はマルギリス様の経歴に傷をつけると言われ、帰ってくるなと兄上に実家を追い出されたのです。三年修行して魔法が使えるようになれば家にも戻れるのですが……」
「そういうことでしたか」
アーレグラウ家は魔法使いを排出している家系で有名だ。
魔法使いが師事して三年経過する、と言うことは“この子は魔法を使える素質がある”と保証されること。そして魔法学校への推薦入学が可能になる。
マルギリスという後ろ盾は失うが、家を追い出される理由は無くなるのだろう。
「話が決まったなら俺は城に戻るが……」
「あ、ラルフさんに頼まれた物を持って行ってくださいますか?」
三冊の白紙の本を渡すと、ディエルの顔が引きつった。
「……まさか本当に一晩でか。くっ、予算が」
「え、何ですか?」
「いや、いい。――お二人とも、くれぐれも我が国の相談役に無体を働かないように」
「もちろんです。王太子殿下」
「メティ、困ったことがあれば城に連絡を」
「ええ、ありがとうございました」
ディエルが出て行くと、メティは彼らに向かい直る。
「ではリマス、少し質問をさせてください。どの程度魔法が使えますか?」
「それが、全然だめなのです。火も水も不発に終わるのです」
「ちょっと手を握って……はい、魔力を動かしてみてください。原因がわかればすぐに癖を直せますから」
「はい!」
「でも、焦らずに。頭がトマトみたいに真っ赤に破裂してしまいますからね」
「は、はい……」
ちょっとびびった様子でリマスは魔力を流し始めた。
メティはおや、と首をかしげた。
「失礼、少し魔法をかけます。内臓の位置を調べますね」
「お待ちください、リマス様に重大な疾患でもあると?」
フィーリアが怪訝そうに聞くのに首を振る。
「疾患ではないですが、人と体の中身の位置が違うかもしれません。魔力回路から魔力が生成されて体に流れているのは知っていますか?」
「はい。ぼくはおかしいのですか? だから魔法が使えないのですか?」
リマスは不安そうだ。
「魔法を使えない人なんていませんよ。ただ、人とあまりに違うと、別の方法を探さなければなりません。マルギリス様も人と魔力回路の位置が違っていたので、魔力の流し方を変えたのです」
「そんなこと、ありえるのですか?」
「今から調べます。見ても?」
「あ、はい! お願いします」
メティは探索魔法を発動した。
それでわかったのは、やはりリマスの魔力回路は人と違う位置にあるということだ。普通は心臓と合体しているのだが、リマスの場合は臍の少し上辺りに独立して存在している。これは百年に一人いるかいないかの割合だと、どこかの本に書いてあった。
普通、魔法使いが弟子に初歩を教えるとき「心臓から指先を流れ、足を巡り元に戻るのを想像しろ」と教える。リマスの場合はこれでは無理だ。
「リマス、あなたの魔力回路は人と違う様子です。でも、だから魔力が多いんですね。独立した魔力回路を持つ人は、豊富な魔力を持っているので」
「ぼくは魔法が使えるようになりますか?」
「ええ。リマスに合った魔力の流し方を探しましょう。他のことは邪魔になるので、見つけるまでしてはいけませんよ」
でないと頭がトマトになってしまう。
「わ、わかりました!」
「しばらく様子を見て、予定を立てようと思います。私も心当たりのある書籍を当たってみましょう。西の国に専門で研究している施設がありますから、リマスの症状についても聞いてみますね。返事が来たら教えますから」
「ありがとうございます」
じわっと涙を盛り上げたリマスは慌ててぬぐった。
「すみません。お見苦しいところを。でも、どの魔法使いに師事しても、ぼくはできそこないでした。十年前からがんばってたたけれど、もうだめだと……」
「珍しいですし、医療系の書物を読む魔法使いはあまりいませんものね。空いてる部屋に案内します。ええと、護衛の方は……」
「私は国に帰って報告をしなければなりません」
聞けば、フィーリアは帰ってこないようだ。
リマスは本当に一人きりで置いて行かれるらしい。
「そうですか。では荷物を下ろしたらお送りしますよ」
「は? いえ、けっこうですので」
「そうですか」
ささっと荷物を下ろすとフィーリアは帰って行った。
「それじゃ、部屋に案内しますね」
使おうと思っていた部屋だが、今の部屋でも十分やっていける。
荷物をすっかり運び込んだ二人は昼食を取った。
それからリマスの布団を買いに行ったら、すっかり夜になってしまった。
*
「様子はどうでしたか?」
心配そうに聞く法相にディエルは大丈夫だと返す。メティは戸惑っていたが、迷惑がってはいない。おそらく。
「そうですか、突然シンガーリからやってきたと聞いてどうなるかと思いましたが」
「それを見越して話を先にこちらに持ってきたんだろう。魔法使いマルギリスに貸しができるとなれば、どんな国でも喜んで手伝う」
「そういうディエル様は浮かない顔をしていらっしゃいますね」
「当たり前だ。引き抜かれたらどうする」
メティほど扱いやすくて欲の無い魔法使いが他にいるだろうか。いや、たくさんいるのはわかっているが、今のフォカレに来てくれるような魔法使いはいないだろう。
アルランド王国の宮廷魔法使いは世界でも最高峰の集団だ。当然気位の高い連中は多いし、国からの拘束もきつい。そもそもメティが辞められたのが不思議なくらいだ。
「メティ様はそれほどまでに優秀ですか。確かに法律の本を全部覚えているというのは凄まじいですが」
「それだけじゃない。頼めば何でも魔法具を作ってくれるだろう」
二人は、唸るような声を上げた。
「おかげで業務効率が上がりましたし、書き損じの紙がでなくなって助かっています。イレーヌ諸島からの品も入って来るようになったせいか、商人の往来も増えましたし」
「だな。宿を増やす計画を出している」
そして森を作る計画のために、苗木の準備も進んでいる。イレーヌ諸島から転送される雨水も大地を潤し始め、乾いた大地が湿り始めた。雨の後は小さな草の芽が出始めたところもある。
国が急速に潤い始め、魔法使いの偉大さを伝えてくる。
だが、二人の顔は浮かない。
発展したしだフォカレに、周辺諸国の動向が変わった。今は伺っているようだが、近いうちに小競り合いが始まるだろう。何しろここは乾いた土地なのだ。水をもたらす魔法使いの存在は、どの国だってほしがるはずだ。
「将軍はどこにいるんだ?」
「国境沿いに出られています。明日には帰られると思いますよ」
「わかった。ちょっと父上に相談があるんだが、法相は財相のところに行ってきてくれないか。今年の予算がどうなってるか知りたいんだ」
「わかりました」
ということで、
*
財相ことオルドは米神に青筋を浮かべて答えた。
「はぁ!? このクソ忙しいときに予算案出せってか! まだできてねぇよそんなもん。そう伝えろ!」
「周辺諸国の様子がおかしいんです。戦争が始まるかもしれないので、王子は心配なんですよ」
「へっ! 貧乏国は金の臭いに敏感だなぁおい」
「金以上に価値のあるものがこの国にありますからね」
「水か。……はぁわかったよ。今日の夜に出すから、それまで待ってろ」
オルドは諦めたように手を振って法相を追っ払った。
*
「師匠、お皿を洗いました!」
「リマスは男の子なのに家事もできて偉いですね」
手を止めて確認したメティは、ぴかぴかに磨かれているお皿を見て微笑んだ。リマスは頬を赤らめて胸を張る。
「前のお師匠様は、魔法使いは何でも一人でできるようになっておかないといけない、とおっしゃっていました。だから料理もできます」
偉い偉いとメティに褒められてリマスはますます胸を張った。最初はしょんぼりしていたが、数日経つとすっかり元気な様子だ。
「それじゃ、家のことが終わったので魔力運用をしてみましょう」
メティはリマスの手を取り、向かい側の椅子に座らせた。
「気分が悪かったり、違和感を感じたら言ってください。では始めます」
メティは指先から魔力を流し、リマスの体内の魔力に干渉する。
「動いているのがわかりますか」
「はい。今、お腹の辺りに違和感があります」
「右に流しますよ」
「あ、少し痛いです」
「なら左に。痛くないですか」
「はい」
通常魔力は左から右に流れるのが普通だが、リマスは逆だ。本格的に人とは違う方法をとらないと魔力を流せない。痛みを伴うというのは体が危険信号を出している証だからだ。
それからも血流の流れで普通は行くところを変なところで湾曲させたりと、なかなかやっかいな道を通らなければ一周しないことがわかった。しかも、魔力量を多く流すと裂けるように痛むと言う。
「うーん。リマス、もう一つ課題が出てきました。あなたの道は細く、流れる量は一定にしなければなりません。これは難しい……」
魔法は使えるが、一流になるためには普通の魔法使いよりも多く修行しなければならない。それも、誰も知らない方法でだ。
「リマス、あなたは将来どんな魔法使いになりたいですか? たとえば攻撃魔法が得意な魔法使い。物を作るのが上手な魔法使い。人を癒やすのが得意な魔法使い。それとも、精霊と仲良くなったり、召喚魔法が使いたいですか?」
「ぼくは……マルギリス様のような人々を守れる魔法使いになりたいと思っていました。盾となり、矛となれるような」
「
一国を守れるような魔法使いは要の魔法使いと呼ばれる事がある。崩されず巨大な力をもった大魔法使いの事だ。
「はい。でも、それがどういった魔法を習得すればなれるかなんて考えたこともありませんでした。魔法を使えるようになりたいと、そればかり考えていて」
「そうですか……。リマス、あなたには二つの道があります。遅いけれど確実に力を発揮できる魔法使いへの道。これはあなたに大きなリスクと強い力を与えます。もう一つは速くて正確な魔法使い。でもこれは、器用貧乏で要となるほど強大な力をもたらしません。しかし極めるならそれは力をも凌駕するでしょう。けれど道のりは険しく、一人前になる頃にはおじいさんになっているかもしれません」
「メティ様はどちらの魔法使いですか?」
リマスの問いかけはメティを悩ませた。
「私は器用貧乏です。魔法使い達にとっては顔をしかめるような小さい魔法の積み重ねでしか、大きな物を作れないので。リマス、この道を通る魔法使いの多くは……いいえ、殆どの魔法使いは頂点へ上れません。私を含めてです。それでも言ったのは、あなたに別の道もあることを知って欲しかったからです。さぁリマス、どうしますか。すぐに決めなくてもかまいませんよ」
そう言って寂しそうにうつむくメティを見て、リマスは考えた。
「師匠、ぼくはマルギリス様ほど凄い魔法使いを知りません。あの方のような大きな魔法が使いたいとずっと思っていました」
「ではリスクを取るのですね」
「いいえ、ぼくは速くて正確な魔法使いになります」
首をかしげるメティに、リマスは続けた。
「ぼくはもう一人偉大な魔法使いの存在を知りました。マルギリス様のようにもなりたいですが、ぼくはその方のような魔法使いにもなりたいです。おじいさんになっても極めたら、要の魔法使いも夢じゃありませんよね」
メティはびっくりして目を丸くした。そんな彼女の手を引いてリマスは額を当てる。
「どうか偉大なる魔法使い様、ぼくに魔法を教えてください」
「……。はい、わかりました。私の知っていることと全て、リマスに教えます」
たくさん勉強しないといけませんね、と言うとリマスはもちろんだというように頷いた。
「道のりは険しいですが、一緒にがんばりましょう。まずは魔力運用を完璧にすること。リマスの体について詳しく知ることが先決です。その後小さな魔法を使うことから始めましょう。魔法学校に行くまで、みっちり時間割を決めますから、そのつもりで」
「はい!」
「それと、入学資金と生活費を貯めなければいけないので、リマスも私と一緒に働きましょう。お金を稼ぐ方法は、学校に行ってからも役立ちますから。魔具はもちろん、土いじりも一緒にですよ」
「土いじりですか……。それは明日来る先生と一緒に勉強するのでしょうか?」
「ええ。知識だけではどうにもできないことが、世の中にはたくさんありました……」
メティは遠い目をする。
薬草栽培はまだ成功していない。
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